「でで、でも服とか高いじゃないですかー!」「服は俺が縫う」
「うおおおおおおおおッ!!!! 正統派の甘い顔系イケメェエエエエエンッ!!!」
「やかましい」
店に帰ってイーサの顔を見た途端に、くねくねと体をくねらせながらウルズが叫び出したので、アルゴはその頭を掴んだ。
「あー、溶けるぅ……! こんなSクラス顔面揃いの場にいては溶けてしまいますぅ……!!」
「俺は黙れと言ったのだが。夕飯を抜かれたいのか?」
「黙ります! 部屋の隅で待機しますッ!!」
するりと頭を掴んだ手を外して、ウルズが本当に部屋の隅に行くのを見て、アルゴは鼻から大きく息を吐いた。
「ちょ、アルゴさんw その面白過ぎるイキモノ何なんすかwww」
「従業員だ。お前と一緒にポーションを売る」
このほんの数度のやり取りで、イーサはウルズに興味を持ったようだ。
薬草の仕分けは終わっており、どうやら店の奥から道具を持ち出してポーションの準備に取り掛かっているらしい。
相変わらず、ノリの軽さに反して手が早い。
天性なのか誰かに仕込まれたのかは不明だが、そういうところもアルゴが気に入っているところだ。
「あー、だいぶイモいっすけど、お眼鏡に叶ったんスかね?」
「俺は眼鏡はかけていないが」
「そういう話をしてるんじゃねースよwww でも怖いくらい似合うと思うスよwww」
「何かの役に立つか?」
「そっスね〜、アルゴさんのツラなら、交渉の時に切れ味が増してハッタリが利くんじゃないスか?」
「コストに見合えば考慮しよう。とりあえず飯を食ってから、ウルズの見栄えを整える」
アルゴは言いながら棚に近づくと、【契約の腕輪】を二つ取り出した。
借金返済の際に、大方の金になる商品は手放してしまったが、大切に持っていた魔導具と呼ばれるものだ。
「こちらに来い、ウルズ」
「はい!」
ドビュン! と飛んできた彼女に、赤い腕輪とそこに嵌った美しく透き通った金の宝玉を見せる。
「はぁ〜、美しいですねぇ!」
「これは【契約の腕輪】と呼ばれるもので、全財産を掛けるような交渉の時に使用するモノだ。かなり高い」
「ほほう!」
「この腕輪を使って契約すると、契約違反をしようとした時に金の宝玉が震えて鈴のような音が鳴る。お前側と俺側でな」
「なんと! 賢い腕輪ですね!」
「そうだな。で、お前は危なかっしい。俺かお前が契約解除を申し出て双方の合意を得るまで、この腕輪をつけて生活する。分かったな?」
「分かりました!!」
ーーー自分から言いだしておいて何だが、初対面の相手にそれを言われて二つ返事をするな。
現状、都合が良いので口には出さないが、と思いつつ、アルゴはもう一度彼女との契約内容を確認して、腕輪を起動した。
が。
「……大きすぎて腕にハマらんな」
「ブカブカですねぇ」
【契約の腕輪】自体は一度留め金で止めてしまえば外れないが、腕から簡単に抜けるのでは意味がない。
「仕方がない。首に巻く」
「はわー!?」
しゅるりと彼女の首にかけて留め金をかけると、自分の腕にもつける。
それでも契約は成立した。
「よし」
「ヨシじゃねースよwww 首輪って、どう見ても飼い犬じゃねースかwww」
両手を叩きながら爆笑するイーサに、ウルズがキッと目を向ける。
「なんて失礼なことを言うんですか、甘い顔イケメンさん!」
「アイツの名前はイーサだ」
「イーサさん! 飼い犬じゃありません! 忠犬です!!」
「知り合ったばっかなのに!?www」
「関係ありません! アブナイ系イケメンに飼われて三食昼寝に報酬付きですよ!?!? ご尊顔に慣れるまでが大変ですが、忠義を誓うくらいは安いです!」
言ってることがおかしい。
「まぁ待て。確かに首に巻いたのは俺だが、犬扱いでいいのか? 人間だろう?」
「え?」
ウルズはキョトンと顔を上げて、首を傾げた。
「犬でいいですよ? だって私、狼獣人ですから!」
「あ?」
彼女がパサリと頭巾を落とすと、確かに頭の上にピンと立つ立派な白銀のケモノ耳があった。
「……尻尾と爪はどうした?」
「丸めて仕舞ってます! 爪は長いと街の生活で不便なので、ちゃんとお手入れしてます!」
彼女が着ている腰まであるブカブカのケープは、どうやらただの古着ではなく尻尾を隠すためのものだったらしい。
裾をまくり上げると、ご丁寧に腰の後ろにつけるポーチがあり、体がわに穴を開けて収納しているのだそうだ。
「なるほどな」
獣人族はこの辺りでは珍しい。
そもそも集団で住んでいる地域がだいぶ離れていたり、山に住むことを好むからだ。
「襲われなかった理由はそれか」
人里に住む獣人は、傭兵や魔獣狩りであることが多い。
ただの人間より力がはるかに強いからだ。
力づくで手込めにしようとしても、振り払われたり投げ飛ばされるのがオチで、食欲に忠実な理由も納得した。
「獣人スか〜。大丈夫スか?」
イーサの質問に、アルゴは片眉を上げた。
獣人族は、人間よりも本能が強い傾向にあってその分感情的でもある。
差別的な意識をアルゴ自身は持っていないが、外見が獣に近い者もいるし、気性の荒さからトラブルを起こすことも多いので、何となく敬遠されていたりもするのだ。
だが。
「特に問題はないだろう。ウルズの素材が良いことに変わりはない。原石としての価値は落ちん」
「ほぇ!?」
「モノみたいに言うのやめてあげましょうよwww」
「そんなつもりはない。それより、仕事の話に入ろう。お前には、人族的に美しいと感じる装いをしてもらう。身だしなみから服装まで、最終的に自分で整えられるようになれ」
「あ、は、はい!」
「化粧の仕方も、髪の手入れも教えてやる」
「……でも私、化粧品とかないし、服はこれしか持ってないんですが」
返事をした後、恐る恐るこちらを見上げてくるので、アルゴは淡々と答えた。
「化粧品やクシや油の類いは揃える必要があるが、仕事上必要なものなので初期投資かつ経費だ。負担させるつもりはない」
「でで、でも服とか高いじゃないですかー!」
「服は俺が縫う」
「縫うんですか!?!?!?」
「裁縫は趣味だからな」
なぜか絶句するウルズに、アルゴは問いかけた。
「何かおかしいか?」
「い、いえ! 意外に感じただけであります!」
「どんな口調だ」
服……特にドレスや礼装の類いは、ただ手順に従って美しく縫うだけで、ただの布切れが実用性のあるものになる。
部屋着と違って装飾品の側面もあり、結果として高く売れるのである。
染めも飾りもお手の物だ。
金持ちに気に入られれば、これほど実用的かつ金になる趣味もそうそうないのである。
「てゆーかアルゴさん、借金あるのにそんな大金かけて雇って大丈夫なんスか?www」
「問題ない。別に食うに困るほど全てを投げ打った訳ではないからな」
借金の支払いが滞ればその限りではないが、店の差し押さえもまだだ。
余裕がある訳ではないが、今からポーションで稼ぐし、残った取引先とのやり取りで多少の収入はある。
投資した分は取り戻せば良い。
「ご主人様、借金があるのですか!?」
「金貨で百万枚ほどな」
「ひゃっ……!?」
「驚くスよねwww」
ウルズの反応を見て、アルゴはトン、と指先で机を叩いた。
「良いか、ウルズ。よく聞け」
「は、はい!」
「現状が借金まみれなのは事実だ。だが俺は、いずれこの世界を牛耳るほどの組織を必ず作り上げる」
「世界を!?」
「そうだ。その為の第一歩として、お前の手を借りる必要がある。そして俺がデカくなればなるほど、お前に支払われる報酬も跳ね上がる。どんな高価な食い物も、美味い食べ物も、いくらでも食い放題になるほどにな」
「いくらでもたべほーだい……」
ポォ、と妄想を膨らませるような顔をするウルズに、アルゴは片頬を上げる笑みを浮かべて、彼女の目を覗き込んだ。
「だから、ついて来い。決して損はさせんし、俺についてきて良かったと思わせてやる」
「わ、分かりましたぁ……」
夢見心地の顔でうなずいたウルズは、すぐに顔を伏せてもじもじし始める。
「どうした?」
「あのぉ……できればそろそろ離れていただけると……」
「なぜだ?」
「イケメンは遠くから眺めるモノなんですっ!」
アルゴの疑問に、頬に両手を当てたウルズが、言葉を重ねた。
「あまり近くで、カッコいいこと言われると、イモい私は溶けるのです……!!」
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