「ついて行ったら三食昼寝つき!? 犬とお呼び下さい!!」「チョロ過ぎるだろ」 街に出たアルゴは、ブラブラと歩き始めた。

 

 市場や表通りを歩いていると、ヒソヒソとそこかしこで囁かれるが、無視する。

 悪口を言われると稀に人は死ぬが、アルゴ自身は特に何も感じないからだ。


 アルゴは、人を探す時はカンに頼る。

 フィーリングと言ってもいい。


 何か自分の意識に良い意味で触れる奴がいれば、そいつが目を向けるに値する人材だと信じて来たし、実際その通りに生きてきた。


 もっとも、アルゴが常にツルむほどになったのはイーサだけだったが。


 徐々に裏路地や二番通りなど、人の少なくなって来る辺りをブラつき始めたところ。


「お、お金はないですー!」


 そんな声が聞こえてきて、アルゴはそちらに目を向けた。

 通りの隅で、そこそこ体格の良い数人が小さな誰かを囲んでいる。


「だから別にカツアゲじゃねーって」

「そろそろ暗くなってくるから、アブネーだろ?w」

「そーそー、だからオレらが家まで連れて帰ってやるって」

「けけけ、結構ですー! まだ私はお花とかマッチとかそういうの売らないといけないので!」


 ーーーそんなモノちまちま売ってても、儲けにならねーだろ。


 思わず心の中でツッコミを入れる。

 そしてなんとなく気になったので、腕組みしてその様子を眺めていると、話が妙な方向に進んだ。


「家に帰るのがイヤなら飯食いに行こうぜwww」

「金ないならオゴってやるからよwww」

「オゴり!? 行きます!」


 二つ返事だった。


 バカなのか、と思ったアルゴは、バッと顔を上げた小柄な少女の顔を見た。

 被っていた頭巾がズレて、くすんでいるが白銀に近い色の髪と、顔はかなり汚れているのに鮮やかな色をした碧(あお)い瞳。


 美貌というにはイモ臭さを感じるが……鼻筋とアゴの形が整っている。


 ーーーもう少し顔がじっくり見てーな。


 思った時には、アルゴは歩き出していた。

 気負いもなく近づいていくと、周りを囲んでいた連中がこちらに気づく。


「あ? なんだおま……」

「退け」


 アルゴはいきなり声をかけてきた奴の顎先に拳を叩き込むと、目の前に立つ邪魔な奴の背中を蹴り飛ばした。


「ぶべら!?」

「あべしっ!!」

「い、いきなり何しやがるテメ……アルゴ!?」


 残った一人が、こちらの顔を見て名前を呼んできたので軽く一瞥してやると、青ざめて竦み上がった。


「アルゴだと……!?」

「市場の仕切りやってた奴か!?」


 背中を蹴った奴は名前を呼んだ奴と同じ反応を見せる。

 だが、アゴを殴った奴はいきり立ち、こちらを睨みつけて来た。


「んだぁ、落ちぶれた奴が調子に乗ってんじゃ……」

「やめとけ! お前アルゴのこと知らねーのか!?」

「店に嫌がらせした奴が、名前聞いただけでパニックになるほど痛めつけられたんだぞ!? 何されるか分かったもんじゃねぇって!」

「ほぉ。分かってるなら話は早いな。同じ目に遭わせてやろうか?」


 鼻で笑ってやると、チンピラどもはアゴを殴った奴をなだめながら逃げていった。


「あー! 私の晩ご飯はー!?!?」


 絡まれていたわりに、元気よくその背中に声をかける少女に向かって、アルゴは身をかがめる。


「おい、お前」

「はわ!? な、なんか鋭い目つきをしたアブない系の色気があるイケメン!! そ、そんな見つめないで下さいっ! 輝かしさを浴びてイモい私は溶けてしまいます!」


 ーーーコイツは何を言っているんだ?


 アルゴは軽く首を傾げたが、そんな戯れ言に付き合うよりも重要なことに時間を割くことにした。


「何でもいい、とりあえず顔を見せろ」

「ふぐ!?」


 両手で顔を挟み、少女をこちらに向かせる。


 やはり顔立ちはかなり整っている。

 肌も強いのか、薄汚れているのに指先で汚れを擦るときめ細かな触り心地で、吹き出物などもない。


 さらに髪を一筋掴んで擦ると、おそらく汚れを落とした後の髪の色はプラチナブロンド。

 油でくしけずれば、星のようにきらめくはずだ。

 

 ーーー完璧な人材だ。


「あぁ……溶けるぅ……」


 なぜかこちらの顔を見つめて恍惚としている少女の頬から手を離すと、アルゴは告げた。


「よし、一緒に来い」

「はぇ!? むむむ、無理です! そんな顔をずっと見なきゃいけないなんて、拷問にも等しいです! 麗しき者は去れ!」

「さっきから意味の分からないことを。報酬は支払うぞ。夕食もつける」

「行きます!」


 あまりにも素早過ぎる手のひら返しに、アルゴはふと心配になった。


 コイツを雇い、着飾り、街中に立たせたとして。

 今の状況なら声をかける者も少ないだろうが、美しくなれば確実にそうした人間は増える。


 食事に誘う者程度ならまだいいが、貴族の目に止まって破格の金銭を提示されたら、そのまま連れ去られてもおかしくない。


 身も危険だし、着飾るコストを支払うアルゴとしてもそれは損害になる。


 なので、一つ手を打つことにした。


「俺はお前を雇う」

「はい!」

「三食昼寝つきだ」

「ほほう!」

「別途報酬も支払う」

「犬とお呼び下さい!」

「チョロ過ぎるだろ」


 コイツは今までどうやって生きてきたのか。

 騙すにしてももう少し騙しがいのある相手の方が、人攫いとしても手応えを覚えるのではなかろうか。


「いいか。雇う以上はルールを守ってもらう」

「なんなりとっ!」


 そもそも仕事内容も言っていないのに、ビシィ! となぜか憲兵の礼をする少女に、アルゴは目を細めながら続けた。


「誰かに食事に誘われても、決して行くな」

「ええ!?」

「そのかわり、俺が全て保証する。また、俺が支払う以上の報酬を別の誰かから提示された場合」

「場合?」

「その報酬を申告すれば、俺が1.5倍お前に支払ってやる。だから一度、俺のところに戻ってこい」

「どこまでもついて行きますご主人様!」

「ただし虚偽の申告をした場合、それがバレた時点で今まで支払った分の報酬は全て耳を揃えて返してもらおう」

「……しし、しませんとも!」

「よし。ではそれで契約を交わす。異論はないな?」

「ありません!」


 守銭奴なのか何なのか分からないが、扱いやすく危なっかしい人材だ。

 正直に言うと、バカ過ぎる。


 ーーーだが俺のカンが、コイツは拾い物だと告げている。


 そしてアルゴは、癖の強いバカが決して嫌いではない。

 くしゃりと、軽く崩したオールバックの髪に指を通しながら笑みを浮かべ、改めて少女に問いかけた。


「お前、名前は?」

「ウルズです! これからよろしくお願いします、ご主人様!」


 少女は元気よく声を上げると、顔の横で両手を揃えた。


「そのアブナイ雰囲気がするお顔を眺め過ぎて私が溶ける前に、晩ご飯食べさせて下さいっ!」

 

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