「そうしろ。で、売り込みのやり方は分かったか?」 「えっと……流石に一瞬で売り抜く方法は真似出来ないかなって……」

 

 エルフィリアとの破格の交渉を終えて、彼女が去った後。


 アルゴは片付けをしながら、イーサに声をかけた。


「ポーションが甘い、という話、どう思う?」

「全然分かんねっスwww」

「真面目に考えろ」


 正直魔術的な知識は、通り一遍しか持ち合わせがない。

 

 魔導具であれば、ある程度の効果と使い方は把握しているが、そっち方面の造詣ぞうけいはイーサの方が遥かに深いのである。


「んー……まぁ考えられるのは、効果がある時に味覚への影響がある、みたいなことスかねー」

「詳しく話せ」

「難しい話じゃないスよ。めちゃくちゃ喉が乾いてる時に飲む水はウマいっしょ?w 腹ぱんぱんの時にさらに詰め込むパンはマズいスよね。そーゆーことっス」

「えー、いくら食べてもご飯は美味しいですよう!」


 絨毯を丸める手を止めたウルズに、アルゴはズイッと顔を近づけた。


「お前は黙って片付けをしろ」

「はい! ご主人様! 片付けますからご尊顔を近づけないで下さい! イモい私が超溶けますぅ!!」

「意味が分からん」


 慌てて手を動かし始める彼女に呆れた目を向けてから、おかしそうに笑っているイーサに改めて問いかける。


「つまり、実際にエルフィリアが怪我をしていたから、ということか」

「そういう話ですね」

「ふむ。試してみよう。一本開けるぞ」

「いいスけど、それ売り物の中に入ってんじゃ?」

「どうせ在庫がなくなっただろう。今から店に戻ってもう一度作り始めろ。薬草はまだ余っている」

「人遣いメチャクチャ荒ぇwww いいスけどwww」

「追加で報酬は支払う」


 一日で、売り抜いて儲けようとした額が手に入ったのだ。

 残りは予定通りに噂を流して薬草やポーションの高騰を加速させて、それを換金すれば準備資金が揃う。


「その分、気張れ」

「俺は金に大して興味ないんスけどねー。まぁ、アルゴさんの快進撃見たいんで言われりゃやるスよw」

「それでいい」

「一発目から大口を呼び込んでるの、強運過ぎてヤベェっスよねー。大失敗の後だからスかねwww」

「知らん」


 小刀を胸ポケットから取り出したアルゴは、自分の指先を躊躇いもなくピッと刃先で裂く。

 かなり深めに裂いたので、痛みと同時にポタポタと地面に血が垂れ始めた。


「はわ!? ごご、ご主人様、何してるんですか!?!?」

「騒ぐな。効果を確かめると言っただろう」


 慌てるウルズに目を向けず、アルゴは服に血がつかないように傷口を眺めながら、ポーションを煽った。


 物凄い苦味が舌の上と鼻に広がるが、息を止めて耐えながら飲み下す。

 吐きそうになるのをグッと耐えていると、ふわりと甘い香りと味がじんわりと苦味の上に広がって、すぐに消えた。


 同時に、傷口が塞がって流れた血の跡だけが残った。


「……なるほど、確かに甘い」

「マジスかwww」

「何かに使えるかも知れんな。少し考察してみるか」


 怪我をしていたら甘い、ということは、体になんらかの不調や異常があると甘みを感じるようになる、ということかも知れない。


酩酊めいてい状態の時に、酒に入れて呑んでみるか。苦味を足して呑む酒もあるしな」

「それ、何の意味があるんスか?」

「『酔う』というのはある種の異常だろう。怪我をしたら血も止まりにくくなる。足したポーションが甘くなり、飲みやすくなるかもしれん」

「毒と合わせて呑むみたいなことスか。考えることおかしいスwww」


 イーサは笑うが、試さなければ分からない。

 疑問があればやってみるのが、一番手っ取り早いのだ。


 そこで値札などの片付けを終えたイーサは、よっこらせ、と纏めた天幕や絨毯、小物を背負う。


「じゃ、先に戻るスけど。俺いなくて本当にイケます?」

「紹介状をお前がまともに書いていればな」


 本当は、二人に店番を任せて赴こうとしていた交渉先に向かうのだ。


 交渉するのは『Sランクダンジョン踏破後の、ギルド設立への支援』である。


 名声はパトロンを得るためにやるので、先に根回しをしておくのはスムーズな立ち上げに重要なのだ。


 そうしたことに出資しそうな相手を知らないか、とイーサに尋ねたところ、何故かそれには気乗りしない様子ながら教えてくれた相手がいた。


 先日、王子の配偶者を出したという精霊使いの公爵家。

 その家の、先代公爵にあたる人物の未亡人である。


 ーーースオーチェラ・トレメンス元公爵夫人。


 その名は、アルゴも聞いたことがあった。

 現公爵を凌ぐ剣の腕と経営能力を備えていると囁かれる女傑であり、市場の仕切りを任されている時に幾度も彼女の立ち上げた事業の噂を聞いた。


 聞くだけで成功が約束されているような事業と、それを立ち上げる手腕。

 アルゴ自身も、一度会いたいと思っていた人物の一人でもあった。


「紹介状真面目に書いたスよ……あの人にふざけたモノ渡したら何言われるか分かったモンじゃないスし……」

「よくそんな人物と知り合いだったな」


 イーサが高位貴族の息子だというのは知っていたが、なぜかその家の名は語りたがらないのだ。

 だが、王家に通じるような相手とまで知り合えるほどだとすると、彼は予想を遥かに超えるボンボンなのかも知れない。


「いやまぁ、その話はいいスよwww じゃ!」


 逃げるようにそそくさと去るイーサを見送り、アルゴはウルズに目を向けた。


「行くか」

「はい! あのでも、このままですか!? 前髪下ろしたいんですけど! さっきのエルフィリアさんのご尊顔も尊すぎて溶けそうだったので!!」

「お前は女でもいいのか」


 ただの妙な面食いなのかと思いきや、節操までないらしい。


「そのケープだが」

「はい!」

「裏布を見てみろ」

「はい! ……おや? 何かヒモらしきモノが」

「脱いで解いてみろ」


 言われた通りにウルズがやると、ケープの内側で留めていた部分が外れ、アルゴたちが身につけているもの同様に膝丈の長さと頭巾を備えた外套に変わる。


「ほほう! 凄い!!」

「お前の容姿を晒したまま歩かせない、程度の配慮はしている」


 そもそもせっかく仕立てた服が汚れるのは、アルゴの本意でもない。

 いそいそとカチューシャを外して前髪を下ろしたウルズが頭巾を被ると、すっかり尾と顔、それに耳が隠れた。


「はふぅ〜……落ち着きます!」


 お腹が空きましたねぇ! と途端に生き生きとし始めるウルズに軽く頭を振りながら、アルゴは歩き始めた。


「交渉の前に飯にしよう。だが、お前は今日何も働いていないから食い過ぎるな」

「えええ……」


 不満そうだが、釘を刺しておかないと彼女は健啖家けんたんかである。

 毎食毎食、食の細いイーサの三倍は食う。


「じゃあ、腹八分目くらいで……」

「そうしろ。で、売り込みのやり方は分かったか?」


 彼女に知ってほしいことは一応提示して見せたが、と思ったら、ウルズはなぜかしょぼんと肩を落とす。


「えっと……流石に一瞬で売り抜く方法は真似出来ないかなって……」

「誰も、そこを参考にしろとは言っていない」

 

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