第7話 今からでも遅くないというフラグ

「――というわけでして」


 帰り道、俺は清香に昼休みでの一件をかいつまんで話した。

 愛想よく相槌を打ちながら聞いてくれていた数分前の清香が懐かしく思えてしまうほど、今は――、


「ほんと、もうッ! どうしていーくんはそう、――もうもうもうだよもうッ!」


 かなりご立腹の様子。


「ややこしくなっちゃうのが火を見るよりも明らかなのに、どうして断るって選択肢がでてこなかったのッ!」

「や、最初は断る方向で進めてたというか、実際、断ったんだけど……その、「ダイッキライ」って言われちゃって……それで……」

「断れなかった?」

「……うん」

「うんじゃないッ! なんで真に受けちゃうのッ! 凪ちゃんが感情的になりやすい子だって知ってたでしょ?」

「……なんとなく? うん、なんとなく」

「――いーくんッ!」


 足を速めて俺の前に立った清香。腰に手を当て顔をしかめている。


「もっと周りの人に目を向けてッ! あたしに二度も同じことを言わせないでッ!」

「……すいません」


 はぁと短い溜息をついた後、清香は子供を諭す母親のような口調で続けた。


「あのねいーくん、今回いーくんがしたことは単なる一時しのぎなんだよ? 問題を先送りにしただけ。後で絶対に後悔すると思うの」

「あぁ、だよな」

「うん。それにね? いーくんは嫌われたくないからって理由で手を貸しちゃったけどさ、それって凪ちゃんに対して凄く失礼だよ。真剣に悩んで、勇気を出して相談を持ちかけてきた人に対して失礼だよ」

「……そう、だよな」

「だからさ、ね? 明日二人に謝ろ? 謝って手伝えそうにないってちゃんと断ろ?」

「……………………」


 何も言えずにいる俺に、清香は柔和な笑みを浮かべる。


「大丈夫だよ! それくらいで、二人がいーくんを嫌いになったりなんてしない」

「そ、そうか?」

「うん! 絶対……だから、ね? あたしも一緒に付いて行くから、謝ろ?」

「…………わかった」

「よし! じゃぁこの話はこれで終わり!」


 パンッ! と手を叩いて明るく締めくくった清香。


 家族以外でもっとも身近な存在だからこそ気付けなかったのかもしれない。彼女がここまで人として成長していたなんて。比べて俺は…………あ?


 自己嫌悪に陥りそうになる俺を覚ましたのは、懐にあるスマホだ。


 …………速川か。


 俺はスマホを取り出し確認、ディスプレイに表示されていたのは速川の本名と、色分けされた二つの受話器マーク。


『もしもし』

『おっす伊代、いま平気?』

『おん、大丈夫だけど』

『さっきさ、駅前で二渡と会ってだべってたんだけどさ』

『うんうん』

『話してるうちに遊びに行く感じの流れになって、んで最終的に〝五人〟で遊びにいくことになったから!』

『…………え? 速川と二渡だけじゃなくて?』

『違う違う! 俺と二渡、それから伊代と秋水と…………一道でッ! つーわけで土曜日だからよろしくぅ!』


 ……………………。


「どうしたの?」

「それが――」


 小首を傾げる清香に伝えようとしたところでまたしても振動が――二渡だ。


『も、もしも――』

『あ、木塚? いま大丈夫?』

『あ、うん、大丈夫、なのかな?』

『ハハハッ! なんだよそれ!』


 そこから先は速川からほぼ一方的に伝えられた内容と全く同じだった。


 ……………………。


「ん?」


 首を反対側に傾げ、小動物のような目で俺を見つめる清香。


「えっと、非常に申し上げにくいんですけど、土曜日に〝五人〟で遊びに行くことになっちゃったみたい」

「…………へ?」


 誰が、とは口にせずとも清香には伝わったようで、唖然とした表情でフリーズしている。


「ど、どうする?」

「え、あ、うん…………取り敢えず、さっきのは、保留、にしよっか」

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