第2話 I can fly(ガチ)

 空を飛ぶというのは楽しいものだ。

 雲を突っ切り、制服を水でビッシャビシャにして、風のせいで凍える思いをする。

 次第に制服が凍り、指先がかじかむ。

 鳥は空を飛び、龍は火を吐く。

 俺の巻き添えで炎を食らい、振ってきた焼き鳥をプレーンで喰らいながら龍にフレンドリーを心掛けて手を振る。

 メラッ、と口の中で前震のように小さな火が揺らめき、直後に俺に向かって炎が吐き出された。

 予兆があったから避けようとしたものの、間に合わずに上半身に炎のブレスを直撃。

 見事に制服が燃えてしまった。

 だが俺は気にしない。

 笑顔を絶やさず、素早く龍に近付き、首に跨る。

 青筋を浮かべながらゆっくり、ゆっくりと脚を挟み込むように内側に引き寄せた。

 ミシミシと音を立てて鱗が軋む。


「どうしてくれてんだこん畜生!! 上裸じゃ街に入れねーだろうが!!」


 満面の笑み(獰猛な)で龍の首を脚で絞めると、龍は苦しそうに炎を口から漏らしながらジタバタと身体を忙しなく動かし続ける。


「全部燃えたらどうすんだよ!? 全裸じゃアウトだよ!!」


 服を作る技術はない。

 うろ覚えで布を織る知識とタオルを織る知識はある。

 だが街で違和感なく歩けるような服を作れるだけの技術はない。

 だからこれからしばらく俺は街に入れないのだ。


『ちょッ、マジ勘弁してください……』

「あン?」


 龍の鱗で服は作れるのだろうかと考えていると突然頭に直接声が響く。


(コイツ、直接脳内に……)


 だがテンプレのように周囲を見渡したりはしない。

 ここは上空であり、この場にいるのは俺と龍だけ。

 勘弁してくれというのは下にいるコイツしかいない。


「アアン? 殺す気で来て勘弁しろだと? テメェ玉ついてんのか!?」

『あ、自分雌なんで。じゃ、じゃあ……』

「ンなこと言ってねぇ」

『自分で言ったのに……もうヤダこの人。人かすら分かんないし……』


 負けた分際で生意気な龍がこの辺にいるらしい。

 やっちまうか。


『痛い、痛い痛い痛い! ふ、服なら新しいのあげるんで、それで許してください!』

「ん? 今何でもって……言ってねえな。つまらん」

『ふ、服だけじゃダメっすか? なら知ってることなんでも言うっすよ!』

「ん? 今何でもって……言ってねえな。……今なんでも言うって言った?」

『し、知ってることなら?』

「よし、今すぐだ。とりあえず新しい服を先にだ」

『う、うっす!』


 実に便利な情報源をゲッツした。

 本当は街に行って魔王の話を聞こうと思っていたのだが、モンスターから直接聞けるというのならそっちの方が手っ取り早い。

 魔王の裏切りだろうとなんだろうと、何でも言うと言ったのだから聞き出すだけである。


「ほら、さっさとしろ」

『あ、この下っす』

「アッソ」


 別に龍の背中に乗って空の旅を楽しみたかったとかそう言うのはない。


「よっ、と」

『オニーサン、何者なにもんすか?』


 龍の背から飛び降りた俺は龍にそんなことを訊ねられた。


「……重見、重見片栗しけみかたくりだ」

『へー』


 別に言っても問題ないだろうと判断して言ったもののここまで露骨に適当な反応をされると服を燃やされたこともあって腹が立つ。


「殴るのと蹴るの、あと斬るのと突くの、どれがいい?」

『服上下あげるんで、マジ勘弁してください』

「ならさっさとしろ」


 ワリとマジでヤバい状態だ。

 上半身を燃やされた時、ついでにズボンの上の部分を一部燃やされていたらしく、手で押さえていないとズボンが落ちてしまう。

 流石にないとは思うがこんなところで他の人間に全裸姿を見られるのは露出狂のレッテルを貼られてしまうから勘弁だ。


『こ、コレとかどうすか? 昔滅ぼした国の王が来てた服っす』

「動きにくそう、サイズがあってない、派手。以上三点から却下だ」


 誰が国王の服を持ってこいと言ったのだろう。

 明らかにそういう身分じゃないこともそういう服を望んでいるんじゃないことも明白だろうに。


『な、なら今度はコレっす。昔殺した泉の聖女の来てた服』

「ふんッ」

『痛い!? なんでっすか!』

「俺は男た、見りゃ分かるだろうが!」


 この状態で女装という選択肢を出せる神経が不思議でならない。

 一度解剖して神経を取り出してみたら分かるだろうか。


『じゃあ、コレは? 男物すよ』

「サイズが違う。もっと細身のヤツ寄越せ」

『オニーサン弱そうっスもんね~』

「龍の肉って美味いのか?」

『ま、マズいんじゃないっすかね~』


 会話出来る程度には知能があるくせに馬鹿なのだろう。

 次変な服を出したら鱗を綺麗に半分だけ剥いでやろうか。


『じゃあ、コレはどうっすか? 昔焼いたエルフの里の服っす』

「まあ、これで良いか」


 色んなのを滅ぼし過ぎなのは少し気になるが終わったことに興味はない。

 若干サイズに余裕がある気がするが、問題はないから構わない。


「さて、単刀直入に聞こう。……魔王に関する全ての情報を寄越せ」

『ッ!?』


 やはりコイツは魔王の手下か。

 魔族の王のしもべがモンスター設定に捻りがなさ過ぎて笑えて来る。


「俺は……勇者だ」

『さ、流石に勘弁してくれっす……』

「じゃあ……死ぬ?」

『ふ、服をもっとあげるっすよ?』

「おいおい、何の取引にもなってないだろぉ? 俺は……お前を今この場で殺して全てを奪うことだって出来るんだからよぉ」


 上空でのやり取りを憶えていないのだろうか。

 服は燃えても肉体は無事だった。

 コイツが俺に勝てる道理など一切合切存在しない。


『わ、分かったっす』

「おう、それで良いんだよ」

『魔王様はここから北へ、ずっと真っ直ぐ進んだところに城を構えてるっす』

「それで?」

『そ、そこで魔王様は部下と待ち構えてるっす』

「それで?」

『部下は四人。それぞれ火、風、水、土の魔法に特化した魔族っす』

「それで?」

『ほ、他にも治療の魔法を使う魔族も一緒なんで一気に攻めないと大変っす』

「それで?」

『し、城には色んな罠が仕掛けられてるっす』

「それで?」

『ええと……罠の解除には一度地下に潜る必要があるっす』

「それで?」

『地下は二〇階層まであるっす』

「それで?」

『そ、そこの工事に自分も少し関わったっす』

「それで?」

『た、楽しかったっす』

「アホか」


 肝心の魔王の話を一切しないとは中々見上げた根性だ。

 よほどその魔王が大好きらしい。


「魔王の話は?」

『ま、魔王様は……強いっす』

「うんうん」

『め、めちゃつよっす』

「うんうん」

『か、カッコいいっす』

「うんうん」

『か、可愛いっす』

「うんうん。……マジで?!」

『め、めちゃかわっす』

「へ~。……次」

『ま、魔王様は……一番上にいるっす』

「ほう」

『あ、ありとあらゆる攻撃への耐性があるっす』

「他」

『か、勘弁っす。もう知らないっす。自分直接見たことほとんどないっす』

「ちッ。……魔王の手下でもコレってことは街行ってもこれ以下か」


 本当に役に立たない駄龍だ。

 人の服を燃やした挙句クソみたいなセンスで人の服を選び、出す情報は大したことない。

 嫌がらせかってくらい役に立たない駄龍だ。

 興味の湧いた話なんて魔王が可愛いってことくらいのもの。

 所詮は龍畜生か。


「は~。……どうしたもんか」

『あ、あのぉ……。もういいっすか?』

「ああ、俺に手を出さなきゃ好きにしろ。ここから出て行く必要もない、このまま巣は使っていいから……」

『りょ、リョーカイっす』


 本当にどうしたものか。

 勇者の特殊能力の一つに姿をある程度までなら変えられるというものがあるからそれを使って潜入するか?

 いや、面倒だ。

 呪いのせいで『魔王を倒す』以外の選択肢がない。

 もしかしたらその姿を見た瞬間、呪いの強制力で戦うことになるかもしれないのだ。


「クソッタレめ」

『……シーラネ、っす』


 忌々しく空を見つめていると駄龍がそんなことを呟いて飛び去って行った。

 せっかくの異世界だというのに、実に厄介な世界に来てしまったものである。

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