その眼が、気に食わない
軒下晝寝
第1話 視線に腹が立つ
「おおっ、成功したぞ!」
見慣れた帰路から一変、現実味のない風景が目の前に広がっていた。
「……」
あまりのことに声が出ない。
友達がゼロ以外はごく普通の一般高校生だったはずの俺がこんなことに突然対応出来るワケがないだろう。
ラノベの主人公じゃあるまいし実家が古武術を――なんてありえないし、平和な現代で不意打ちに出来るような殺伐とした神経の人間がいるとは思えない。
「よく召喚に応じてくれた、勇者よ!」
周囲を軽く見渡す。
いるのは離れた位置に整列する西洋騎士風の全身鎧の者たち、豪華絢爛な衣装に身を包んだ国王風の髭デブ、それよりは少しランクが落ちるものの豪華には変わりない衣装に身を包んだ貴族風のオッサンオバサンども、中二病やコスプレを彷彿させるものの明らかに本気と分かるカッコいいローブの魔術師風の奴ら。
足元には帰り道に買ったコンビニアイスと栄養ドリンク、そしてただの中二病やデザイナーが考えたというには意味ありげに規則正しい文字の並んだ魔法陣。
「勇者ってのは、俺のことだな?」
「うむ、そうだ」
コンビニの袋を拾いながら確かめるように自分を指さしながら訊ねる。
すると国王風髭デブは満足気に頷いた。
(別に俺、召喚に応じたつもりねーよ。拉致して『応じた』もなにもねーだろ……)
ラノベのように絶世の美女の女神にあった憶えも、コテコテの仙人風老神にあった記憶もないし、勇者雇用契約の書類にサインをしたワケでもない。
まだ俺はそういうシチュエーションにラノベとかで馴染みがあるから理解が早いが、それ以外の人間なら喚き散らしているところだ。
「……まず『勇者』ってのを具体的に説明してくれないか?」
「うむ。……お主、説明せい」
「はっ。勇者様、『勇者』とは『悪なる魔族を滅ぼし、我々善良なる人間を護る』そういう存在です。具体的には勇者だけが使えるという『聖剣』を用いて魔族の王、魔王を倒すのです」
状況としては実に明確である。
子ども向けのお伽噺的。
設定もクソもない勧善懲悪。
特別な人間が特別な力を使って特別な力でしか倒せない強大な敵を打ち滅ぼす。
現代日本でこんなストーリーを世間に出した暁には子どもにウケてブームになるか斬新さが一ミリもないと全員から馬鹿にされるかの両極端などちらかだろう。
「俺だけが使える聖剣、ね。それはどこにあるんだ? 選定の岩に刺さってるのか? それとも巨大な蛇の尻尾にあるのか?」
「いえ、そういったことは……。ただ『聖剣召喚』と、そう唱えて頂ければ」
「ふぅん」
実体のない存在を言霊だけで実体化させる。
魔法らしく非科学的だ。
「……『聖剣召喚』」
剣をイメージしながらそう呟くと虚空が光り、剣の形に集まる。
鼓動するように一定のリズムで光の膨張と縮小を行う剣。
柄の部分に恐る恐る手を伸ばし、指先が触れた時、光が弾け飛んでそこに装飾の施された美しい剣が現れた。
「……」
カランカラン、と音を立てて聖剣が床に落ちる。
当然だ。
触れたのは指先だけ、俺は握っていない。
「持ては……する。触れも……するな。斬れるかは……」
それなりの質量を持った音を発した剣だが、不思議と重くはなかった。
軽くもないが重くもない。
ちょうどいい感触で剣を持ったことのない俺の手にも何故か馴染み、素人なのにブレることのない真っ直ぐな剣筋を描くことが出来る。
まるで達人のような剣技に周囲の者たちは驚愕の声を漏らし、俺は自分の肉体が操られているかのような状況に僅かな恐怖を覚えた。
「そうだ」
切れ味を確かめるために手ごろな物を探していた俺は左手でガサガサと鳴る袋に意識を向ける。
いつの間にか装備されていた鞘に聖剣を収め、俺は栄養ドリンクを一気に飲み干した。
そうして空になった茶色の分厚い瓶。
柄に手を添えながら瓶を宙に放り投げ、素早く一閃した。
「おおう、マジか」
滑らかな切り口。
瓶は宙で二つに分かれ、床に転がってからガチャンと音を立ててぶつかる。
「流石だ、勇者。貴様ならば魔王を倒すことも容易かろう」
「そっすか」
折角買ったのだから、そう思いながらアイスを口に入れる俺はぼんやりとした表情をしつつ切るのが面倒と伸びっぱなしになっている前髪で目元を隠しながら周囲に視線を向けた。
期待と畏怖の視線。
それが主。
後は『勇者』を利用しようという目だろうか。
無知な子どもとして俺を侮り、今後の展開を見据えている嫌な目だ。
例えるなら課題やノートを写すという目的で近寄って来る友達面した奴のような目。
俺の嫌いな目である。
恐らくこいつらの場合は『勇者』という地位を利用しようという算段だろう。
女を宛がい、手を出させ、子どもを産ませ、逃げ場をなくす。
もしくは『勇者の子ども』という肩書きがあれば良いのかもしれないから適当に俺が元の世界に帰ったとでも言って暗殺しようという話だ。
面倒くさい。
こんな時は現実逃避をしたくなる。……アイス美味い。
「もちろん我々も勇者を放り出して倒させるわけではない。武器以外の装備はこちらで用意した」
そう国王風髭デブが言うと、防具や大量の食糧が俺の前に並べられる。
(……待て、何故こいつらは俺が『暴れる』という考えを持っていない?)
どうにか出来ると思っているのだろうか。
聖剣という要素がなければ戦えない相手だとしても、前提として純粋な武力があるのは当然だろう。
ならばそのうち俺がこの世界で最も強くなる可能性もあるワケだ。
政治の世界で生き残ってきた奴らが俺でも思いつく事を思いつかないワケがない、そうなると武力以外で俺をどうにか出来るということだろう。
(だが何だ?)
異世界人である俺にはこの世界に護るべき存在は存在しない。
俺がこの世界で家族を造ると思っている?
ありえない、そんな不確定な可能性を前提に政治家が動くワケがない。
ならば何だ。
武力でもなく人質でもない他者の制御方法とは。
(……なるほど、この世界は異世界だ。)
ならば存在するのだろう『隷従魔法』が。
正確な名称など分からない。
洗脳かもしれない奴隷かもしれない、使役かもしれないし服従かもしれない。
だが本人の意思とは関係なく相手を動かす、もしくは本人の意思を捻じ曲げる術がこの世界にあるのだろう。
「なるほど、ね」
俺はあくまでも無知な子どもが『勇者』という『よく分からないけどスゴイ存在になった』という事実に興奮している演技をする。
実際異世界に憧れていた分その興奮がないワケではないから一〇〇%演技というワケではない。
本心の中に含めた極僅かな演技。
政治家だろうと見抜けはしない。
「いや~。聖剣っていうけど色々あるんすね~」
聖剣を召喚した時からずっと謎のウィンドウが現れていた。
それを操作するとザ・聖剣という見た目から質素ながらも透き通るような見た目の美しい刀に変貌した。
更には聖『剣』と言いながらも薙刀や槍、斧にも姿を変えることが出来る。
その事実を面白がるようにガチャガチャと聖剣の見た目を操る俺は、それと並行してコンビニの袋を背負っていたリュックに仕舞い、剣の姿に戻した聖剣を鞘に納めた。
「じゃあな!!」
危ないと分かっている場所に居続けられるほど俺は異常ではない。
俺は扉に向かって駆け出した。
勿論騎士たちがそれを阻もうとするが、俺は召喚の影響からか強化された身体能力をフルに用いて軽い跳躍で騎士たちを飛び越える。
「逃がすな! 魔法を使っても良い! 絶対に逃がすなぁッ!!」
髭デブが汚らしく唾をまき散らしながらそう叫んだ。
だが今更追いつけるワケがない。
魔法陣があったという辺り魔法には陣が必要なのだろう、ならば負けるはずがないのだ。
「閉じろ!」
誰かがそう叫ぶと同時に一つの光の球が扉にぶつかり、壁を生み出す。
(魔法陣不要なのかよ!)
まさかのブラフ。
だが聖剣の前にこんな壁は無意味。
根拠はないがそういう確信が俺にはあった。
「ふッ!」
一瞬で魔法ごと扉を斬り裂く。
やはり謎の自信の通り魔法など無意味だった。
「なんとしてでもヤツを取り押さえろ! ヤツに魔王を討伐させるのだ!! 世界を人間の手で征服するために!!」
(本音それかよ……くっだらねー)
扉を斬り裂いた俺は再び走り出す。
だが飛来した一つの魔法。
それを受けてしまった。
聖剣を使って斬り裂こうとしたものの、その残滓を腕に受けてしまったのだ。
「ッ……」
洗脳も隷従もさせられていない。
僅かな肉体的違和感はあるものの逃げることは可能。
「マジで……めんどくせーな……」
廊下を走り、見えた窓から勢い良く飛び降りた。
勇者に与えられた加護だろうか、聖剣から勢いよく風が吹き出し、俺は人生初のスカイダイビングを果たすことになった。
「はぁ……死ねよ、異世界人」
本当に殺す気はないものの嫌なことがあると思わずそう言ってしまうのは現代の若者の性だろう。
それでも仕方ない話だ。
なんせ俺は、最後の魔法の残滓によって
『魔王を倒す』
という呪いを受けたのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます