1件目 妖狐(ようこ)の怒りを買った人⑤

〈依頼人視点〉

それから俺は毎日祠を訪れて、周囲を掃いたり、目につく限りの石像を磨いた。

しかし腕の痛みは日に日にひどくなっていき、ついに学校に行くことがおっくうになった。

無断欠席が続いていたある日、テレビをつけると報道番組で『稲荷大社』が映った。

そこでは、供え物に稲荷ずしや油揚げが並んでいた。

「狐の好物……これだ。」

俺はすぐにコンビニで稲荷ずしを買って、祠に供えた。

すると、どこからか狐の足音が聞こえてくる。

まずい……眼鏡を忘れてきた。

「ほぉ、稲荷か。なつかしい。」

狐は備えてあった5つの稲荷ずしを口に投げ込んでゆっくりと咀嚼をした。

「ブッ!!」

そして勢いよく吐き出した。

「は?!」

「貴様、愚かにもわしに既製品を出したか。薬臭くてたまらんではないか!!」

「だ、だって俺、料理したことないし。」

「知ったことか。だますような真似をしおって……このまま呪いの進行を速めてやってもよいのだぞ。」

「ま、待ってください!!……つ、作ってきます。ちゃんと作ってきますから待ってください。」

俺が声のするほうに平伏すると、後頭部にごわごわした重いものが乗った。

「わしが背を向けているうちに去れ。はらわたが煮えかえって顔も見たくない!!」

狐の語気の強まった声に、俺は一目散に逃げだした。


しかし、このまま放っておいても俺の腕が治るわけではないし。

俺は、スーパーで油揚げを買って帰った。

家に着くと、がらんとして机に2000円と置手紙が残っていた。

親は父も母も忙しい人で、俺は小さいころから俗にいう鍵っ子というものだった。

家に帰ってくるのは俺が寝ている間だけ、俺の異変にも気が付かない。

俺は、一人溜息を吐いてからキッチンに立った。

油揚げの封を開けると、中には油揚げが2つ入っていた。

「あ、袋になってるのか。ここから入れるんだよな……逆さまに出来るのかこれ。」

油揚げは醤油と砂糖を目分量で入れて火をつけた。

米には冷蔵庫にあったすし酢を入れて混ぜ始めたところで、鍋が沸騰して焦げ臭くなって慌てて火を止めた。

「こんなに茶色かったっけ……多分大丈夫か。」

油揚げに米を詰め込んで2つ皿に盛ったその時だった。

「いぎっ?!」

急に方が割れるほど痛み出して、その場にうずくまった。

恐る恐る服を脱ぐと腕一杯になっていた紫の枝は完全に腕を真紫に巻き付き、方だけでなく首にまで伸びていた。

時間がない……。

俺は、稲荷ずしを皿ごと持って狐の祠に走った。


からがらたどり着いた祠では狐が賽銭箱に胡坐をかいていた。

そしてなぜか裸眼で見えるようになった状況に俺は目を見開いた。

「来たか。」

「つ、作って……きました。」

皿を差し出すと、狐は片眉を上げてから皿の稲荷ずしをほおばった。

「……。」

「……あの……。」

「よくこんなゲテモノを稲荷ずしと言えたな。塩辛いわ、脂っこいわ、食えたものじゃない。」

「そ、そんな……。」

俺は腰が砕けてその場に膝をついた。

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