カケラ

 光が収まるとそこは見慣れた店内ではなかった。

 壁な装飾などは試練の洞窟に似ているが魔力の密度が桁違いだ。

 息苦しい。心なしか重力が増した気すらする。

 今いる場所は通路だろうか。奥に続く道がある。

 魔力の源のこの先に……。


「そんなことより空だ!」


 虫の知らせなんてものではない。

 先程感じたのは明確なメッセージだった。

 伸ばされた手の幻影すら見えたのだ。

 しかし、光は消え去り、背後には壁しかない。

 戻る方法どころか、ここがどこかさえわからない。

 焦燥に駆られる。


「ッ!?」


 肌を這うようなドス黒い魔力の中に懐かしい何かを感じた。

 心が落ち着く匂い、とでもいうべきだろうか。

 俺がよく知っている。


「そこに、いるのか?」


 少し進んだ先に光が見える。広い空間に繋がっているようだ。

 こんな危険物が地球にあるとは思えない。

 なら、ここは異世界のはずだ。だとしたら空がいるわけ……。


「考えても仕方がないか」


 道は前にしかないのだ。進むしかない。

 一歩進むたびに体が自然と臨戦態勢をとる。

 循環する魔力が強く早くなり、体を風が包む。

 眼は微細な魔力すら捉え、手は刀の柄を握る。


「ぐっ!」


 開けた場所に出る。魔力の唸りが全身を貫く。

 今まで感じてきた中で一番だ。レッドドラゴンすら超えている。


「空……」


 息を殺し、部屋の中を見渡す。

 対象は中央に置かれた祭壇らしきものの上に鎮座している。

 気づかれるなよう最新の注意を払う。


(くそっ! どこにいるんだ!)


 空の姿を、痕跡を見つけることができない。

 だだっ広いだけの空間なため、見落とすことは考えにくい。

 ……最悪な想像が脳裏をよぎる。

 俺に気づいているのかいないのか、一ミリも動かないアレを観察する。

 だが、強い魔力に覆われているためハッキリと見えない。肉眼で見るしかない。

 考えている暇はないか。


「お前か! 俺を呼んだのは!」


 少し離れたところに立ち、紅葉の切っ先を突きつけ、威勢よく吠える。

 祭壇の上にいるのはーー石板のカケラだった。生き物ですらない。

 一瞬、拍子抜けするが直ぐに警戒度を上げる。魔力が高まったからだ。


(来るっ!)


 カケラから伸びてきた黒い触手を切り落とす。速い。

 タラリと冷や汗が流れる。

 今のは小手調だったと言わんばかりに触手は数を増やす。

 六本!


「1!」


 右に移動しつつ、接近してきた触手を切り落とし、迫ってくる触手の攻撃を避ける。


「2!」


 避けた先、頭上から襲いかかってきた触手を魔法で切り刻む。


「3! 4! 5!」


 遅れてきた三本の触手を雷の身体強化に切り替え、雷撃と剣撃で薙ぎ払う。


「んで6!」


 その勢いで再度攻撃態勢に入っていた触手を真っ二つにする。

 魔力こそ高いが、強度もスピードもそれほどではない。これなら何本でも対処できる。


「はあああああっ!」


 一歩、二歩、三歩。

 距離を詰め、カケラを祭壇ごと破壊するつもりで刀を振り下ろす。


「くそ、硬い!」


 鈍い金属音が響く。

 だが、刀身は分厚い壁に阻まれる。魔力障壁だ。

 一旦距離を取る。攻撃は大したことないが守りが固すぎる。

 それほど大きくないカケラだ。レッドドラゴンの時のように脆い部分があるとは思えない。

 壊す方法がわからない。

 持久戦も覚悟した時だった。


「な、なんだ!?」


 突如、浮き上がったカケラの中心から黒い光が放たれた。

 何とか避けるが、直撃した壁が大きく抉られている。

 攻撃モードってやつか。なら、防御力が落ちているかもしれない。

 溜めなしで連射される光を避けながら、カケラの下へと入り込み、中心に向かって突きを放つ。


「がはっ!」


 次の瞬間、壁に叩きつけられていた。

 いや、落ちた。地面が無くなったかのような浮遊感があった。

 方向感覚を鈍らせる魔法か? それとも重力を操る……。


「考える暇は与えませんってか!」


 前方から黒い光、左右から触手が迫ってくる。

 落ちた衝撃で紅葉を手放してしまった。

 だが、そんなのは関係ない。

 風の身体強化と雷の身体強化を合わせ、光の弾道を無理やり逸らす。

 左側の触手はこれで消え、残りは右側の八本のみ。

 拳で足でと瞬く間に消滅させる。

 制御には慎重を要するが風雷の身体強化の威力は絶大だ。

 しかし……。


「それでも壊せないかよ!」


 この力をもってしてもカケラに傷一つ付けることすらできない。

 何だ何だ。おかしいだろ。ラスボスか何かかよ。


「ラスボス?」


 ふと祖父の言葉を思い出す。


『魔王復活してるんでね?』


 まさか……!

 勢いを増す攻撃を避けつつ、カケラに描かれている絵を見る。


「鎖で縛られた、本」


 その本は英雄の記憶によく似ていた。

 ……これは間違いない。爺ちゃんが英雄の記憶を使って封印したんだ。

 その一欠片が目を覚ましつつある。

 時間が進むに連れて魔力の波動が力強くなっていく。


(俺のせいか?)


 そんな疑問が浮かぶ。

 いや、戦っているだけで復活するなんて考えにくい。魔力が吸われたなどの感覚もない。

 あれは自らが蓄えた何かで復活しようとーー、


「……おい、まさか」


 背筋がゾッとする。

 嫌な予想が間違いだと調べるべく、触手を掴み、魔力をカケラの内部へと流す。

 これも復活を促す一因になるが、今はそんなこと言ってられない。


(あった!)


 カケラの中で拘束されている魔力の塊、それを表層まで引き摺り出す。

 

 ーー頼む。間違っていてくれ。

 

 俺の願いは、


「あ、あああああっ!」


 虚しく崩れ去った。

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