繋がらない通信

 来る日も来る日も通信を試みる。

 しかし、


『ユ、ユーヤ君!? いきなりどうしたんですか!!? きゃー! 見ないでください!』


 フリルがついた可愛らしい服に身を包んだレイナに繋がったり、


『にゃ? ユーヤ? いきなりどうした? あ、僕の顔を見たくなったんだね! ほらほら、好きなだけ見なよー!』


 酔っているのか頬を硬直させ、ノリノリでポーズを取るアイリスと繋がったり、


『何だユーヤか。敵襲かと思ったぞ。……ところで、どうして床に座っているんだ?』


 寸前に魔力の揺らぎを感じたのか、雷撃を放ってきたソフィア先輩に繋がったり、


『ユーヤ君? もう、通信魔法は無闇に使うものではないですよ』


 自室で魔法の本を読んでいるクレア先生(眼鏡姿)に繋がったり、


『…………何で僕に繋がるんだ』


 果てには隣にいるフィオに繋がってしまった。


「おかしいな……」


 毎度、空にパスが繋がった感覚があるのに。ルーの時ほどではないけど。

 もしかしてセンスない?

 苦手な魔法があってもおかしくはないか。


「お主の場合は必然、かもしれぬ」


 心を読んだのか(よく読まれるが)店主がまた意味深なことを言う。

 勘弁してくれ。余計な悩み事は増やしたくない。


「それよりさ」


 話を逸らすため、また聞きたかった話題を変える。

 今日は丁度フィオもいないしな。


「店主は俺の力について知ってるんだよな」

「……少しばかりの」

「それって」


 下手なことは言えない。

 何を訊ねれば良いだろうか。


「……爺ちゃんを知ってるのか?」


 絞り出した問いは祖父に関するものだった。

 両親の可能性もあったが、俺は二人を知らない。


「ふっ」


 店主は軽く笑うと視線を床へと落とし、


「よーく知っとるよ。あのお調子者のことを、の」

「ッ!」


 やはりそうだったのか。

 英雄の記憶の前の持ち主は祖父だったのだから当然か。


「あれ?」


 あまりに当然なことに気づき、間抜けな声をあげてしまう。

 家に伝わる能力、蔵に仕舞われていた本、行方のわからない両親。


「じゃ、じゃあ」


 俺はこっちの世界で生まれたと祖父は言っていた。

 なら、店主は俺の両親について知っているはず。

 指が、いや体が微かに震えていた。


「俺の両親のことは……」


 店主が顔を上げる。視線が絡み合う。

 その眼に映るのは……憐憫?


「それは「言わないでくれ!」


 店主の言葉を思わず遮る。

 店主へ背中を向け、眼を瞑り、浅い呼吸と気持ちを整える。

 大丈夫……大丈夫だ……。

 爺ちゃんがいた。俺には爺ちゃんがいたから。

 顔も覚えていない両親。知らない故に甘い夢を見、恋しく思うのだ。


「俺には爺ちゃんがいたから大丈夫。うん、変なこと聞いたな。忘れてくれ」

「ユーヤ……」

「それより力についてどれぐらい知ってるんだ?」


 笑顔を作り、明るい声で軽く問いかける。

 店主は少し逡巡したが、合わせるように笑顔を作ってくれる。


「とてつもない力を秘めていることぐらいかの。詳しくは知らぬのじゃ」

「まあ、そんなところか」


 英雄の記憶が発動する時、世界は静止してしまう。

 誰にもその姿を見せることはないのだろう。


「妾としてはぜひとも研究材料にしたかったのだがな。断られてしまった」

「そりゃな……」


 爺ちゃんにとっても生命線だったはずだし、そもそも思い通りにならない力だ。

 仮に提案を受け入れたとしても出し方がわからない。


「じゃあ、爺ちゃんから聞いたんだな」

「…………」

「カマかけたのか?」


 いきなり強くなるのだ。不自然に思うのは自然だろう。

 しかも、スタイルが全然違うし。

 だが、店主の反応は芳しくなかった。


「……さて、どうだったかの。昔のこと過ぎて忘れてしまった」


 …………ははーん。


「もしかして二人は付き合ってたとか?」

「ごふっ!」


 タイミング悪く紅茶を飲んでいた店主が咳付く。

 何てわかりやすい人なのだろう。


「そ、そんな訳あるか! あいつと、龍之介と恋仲なんて……」


 視線が泳ぎまくっている。

 おもしろい光景だが、実年齢は知らないが店主の見た目は良いところ中学生。

 記憶にある祖父と並ばせても……。


「犯罪臭が……」

「誰がロリババアだ!」

「そこまで言ってないから!」


 突如、激昂する店主。

 自分でも気にしていたんだろうか、だとしたら悪いことをした。

 ただ、反応を見るに本当に付き合っていたのでは……。

 そっか。爺ちゃんは地球に戻ったんだよな。


「爺ちゃんは」


 二人の間に何があったかわからない。

 救世主と英雄の記憶に書かれた祖父。


「この世界で何を……」


 成したのか。その全てを知りたかった。

 だが、


『雄……也……』


 消えいるような空の声に全身の毛が逆立つ。

 まるで闇に溶けてしまったようではないか。


「空っ!」


 通信機を両手で掴み、叫ぶ。

 しかし、ノイズを発するばかりで繋がる気配はない。


「空! 空ッ! 空ーッ!」


 無駄だと分かりながら名前を呼ぶ。

 嫌な予感がする。空のことだけではない。まるで世界が闇に包まれた気分だ。


「ユーヤ! これは一体……!」


 店主も何かを感じ取ったのか険しい表情をしている。


「わからない! ただ空が……助けを呼んでる!」

「どこにいるかわかるか!」

「わ、わからない! でも地球のはず……」


 ……本当に地球にいるのか?

 口が開かない。まるで正解を知っているかのように。


「こっちにいる、かもしれない」

「なんじゃと!? どうやって世界を……」

「くそっ!」


 もう一度通信機に手をやり、魔力を全力で込める。手がかりを掴むために。

 店主と手をかざし、サポートしてくれる。


「……いない?」

「…………」


 今まであったパスが繋がる感覚すらなく途切れてしまう。

 地球にいるからなら良い。俺の力量不足でも良い。でも、そうでなかったとしたら……。


「死んだか」

「ッ!?」

「もしくは大きな魔力に覆われている故に気づけぬか」

「それって不味いだろうが……!」


 店主は頷く。

 地球のことも英雄の記憶のことも知っている人の焦り顔。

 心臓に穴が開きそうだ。呼吸が苦しい。


「こうなったら……!」


 全身の魔力という魔力を練り上げ、脈動させる。

 英雄の記憶の出し方は未だわからない。だから、無理やり引き摺り出すしかない。


「やめろユーヤ! 自殺行為じゃ!」

「他に手はないだろうが!」


 いつも助けておいてもらってあれだが、宿代ぐらい払いやがれ……!

 空くような不安、吐き気を催す不気味さ、全てが俺の背中を押す。


「が、あああああっ!」


 腕から血が滲み出る。オーバーフローか。

 それでも構わない。


「こうなったら力づくでも」


 視界の端で店主が杖を掲げるが知ったことではない。

 循環する魔力をもう一段階上げる……!


「……はっ?」


 練り上げられた魔力が一瞬にして霧散した。

 意味がわからない。

 店主の仕業かと思い視線をやるが、同じような表情で俺の方を……俺の後ろを見ていた。

 振り返るとそこには、


「ル、ルー?」


 蒼白い魔力に身を包んだルーが立っていた。

 目線は定まらず、どこかぼんやりとしている。

 話しかけても反応がない。彼女が俺を止めたのだろうか。


「どうしたんだよ」


 ルー、その言葉は虚空へと消えた。

 いや、俺ごと飲み込まれたのだ。

 彼女の指先から放たれた光にーー。

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