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「あー、歌った歌った」


 ベッドに横たわり、体を伸ばす。

 久しぶりのカラオケはとても楽しかった。

 元気なのはわかっているが、それでも心配しないわけではない。

 雄也のことでストレスを溜めていたのだろう。


(仕方がないよね。こんなに離れたのなんて初めてなんだから)


 雄也とは幼稚園からの付き合いだ。

 彼これ10年以上一緒にいた。最早、半身のような……、


「は、半身ってなによ!」


 自分で自分にツッコミを入れる。

 何故だが半身との表現が恥ずかしかった。


「本当にどこにいるんだか」


 そろそろ帰ってくるだろうと何度唱えたことだろうか。

 心のどこかで叶わないことをわかっていながら。


「携帯持ってないからなあ」


 お金の問題もあって雄也は携帯を持っていない。

 とはいえ、借りたり公衆電話から連絡は取れるはず……。


「電話番号とか覚えてるわけないか」


 決して記憶力が悪いわけではないが、興味がなければ全然ダメなのだ。

 プロ野球選手の名前や記録はペラペラ出てくる癖に。


「そういえば」


 本棚からアルバムを取り出し、目当ての写真を探す。

 度々見返すので直ぐに見つかる。

 マウンドで真剣な表情をする小学生の雄也。

 三振を取った姿、勝った姿、負けた姿……。

 中学生になったら野球部のマネージャーにでもなろうと思っていたのに、


「やめちゃうんだもんなあ。カッコ良かったのに」


 自室だからこそ本音をこぼせる。

 最初は練習のせいで遊ぶ時間が減って不満だったけど、雄也のキラキラした姿を見てそんなの吹き飛んだ。

 普段、ふざけまくっているからこそ真剣な姿が良いのだ。


「ギャップ萌え、ってやつよね」


 佳奈に話したらそんな返答をもらった。

 中学以降はすっかり見ることがなくなったが、それでも時折見せるそれはとても、


「…………」


 アルバムを睨む。正確には写真の中の雄也を。

 中学生の雄也が球技大会で躍動している写真。

 競技がソフトボールだっため、野球部や野球経験者が活躍したのだ。


「あの時はちょっとモテてたかも」


 クラスの子に雄也のことを聞かれた記憶がある。

 確か野球やっていたのかとか、部活に入るつもりはないのかといったものだった。


「……ただの勧誘か」


 野球部のマネージャーだったのだろう。

 よくよく考えればカッコ良いよねといった類ではなかった。

 上手いよねだった。うん、だっただった。


「やっぱり、雄也はモテない」


 結論。

 紗代子たちは私をからかっていたのだろう。

 私と雄也がお似合いだからって遠慮する必要……必要……。


「そ、そんなにお似合いかな」


 色恋沙汰は難しい。

 他の人たちを見ていて、お似合いなどといった感想は出たことがない。

 でも、佳奈の言葉なら信じられる。

 紗代子だったら疑うけど。


「年上の彼氏がいるらしいし」


 詳しくは聞いたことないけど、お相手は大学生らしい。

 年齢的に良いのだろうか。そんな疑問は横に置いておく。

 紗代子は花より団子だから多分いない。


「ん?」


 携帯が鳴る。通知だ。

 アプリを開くと紗代子からメッセージが来ていた。


『何か失礼なこと考えてない?』


 紗代子は勘の鋭い子だった。


『何のこと? アルバム見てるだけよ』

『おっ、藤堂の写真か。寂しくなったのか? いつでも私が慰めてやるからな』

『違うわよ! 寂しくもなってない! でも、ありがとう』


 完璧に見抜かれていた。

 恥ずかしい……。

 紗代子の返事はニヤニヤした眼をするペンギンのスタンプだった。

 会話は終わり、気を取り直して次のアルバムを取ろうとしたところで、


「あっ、これ」


 昔描いていた絵本。

 少年と少女の別れと再会を描いた作品。

 いや、そんな出来の良いものではないが。

 あの時の私は夢中で取り組んでいたっけ。

 今でも絵は好きだが、物語を作るのはすっかり減っていた。


『この話すっげえおもしろいな!』


 ふと懐かしい記憶が脳裏をよぎる。

 完成する前、それどころか描き始めて間もない頃に雄也に見てもらった。

 自信なんかないし、絵だってダメなところばかりでドキドキしていたのを覚えている。

 でも、雄也は満面の笑みで褒めてくれた。


「結局、ラストシーンが決まらなくて完成しなかったんだっけ」


 曖昧な記憶を引き出しながらページをめくる。

 絵は未熟そのものなのだが、どうしてだか強さを感じた。

 何が私をこれほどまでに駆り立てたのだろう。

 何故、私はこの話を形にすると決意したのだろう。

 どうして、雄也にだけは読んでほしいと願ったのだろう。

 自分のことなのに全くわからない。まるでもう一人の自分が描いていたかのようだ。


「記憶を無くした少年と少女。二人は前世で共にいた。けれど、邪悪なものを討つため少女は一振りの剣となり、少年は己が命と生贄に使命を果たす」


 ーーそれでも長い時を経て二人は巡り合う。

 ーーしかし、運命はまたしても二人を飲み込む。


「ハッピーエンドが良いよね、絶対」


 白紙のページに辿り着く。

 続きを描くかな。そう思い、立ちあがろうとした瞬間だった。


『……見ツ……ケタ……』


 白紙から現れた黒い何かが視界を覆い、世界が一色に塗りつぶされた。


「雄……也……」

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