空と二人の友人

「雄也のバカー!」


 休日の昼間、カラオケボックスの中で叫ぶ。

 友人二人は苦笑する。


「あ、ごめん!」

「いやいや気にしないで」

「うんうん。愚痴の一つや二つ当然だよ」


 気の良い友人ーー紗代子と佳奈は快く許してくれる。

 中学からの付き合いだが、二人には感謝してばかりだ。


「それよりどこに行っちゃったんだろうね、藤堂君」

「もう夏も終わりだしねー」

「わからない。あいつ時々変なことするし……。世界一周してた、とか言われても驚かないわ」

「はっはっは、中学の頃もあれやこれやと事件起こしてたっけ」


 紗代子の言葉に額を抑える。

 当事者からしたら良い思い出だらけとは言えないからだ。

 佳奈も楽しげに笑っている。同じクラスだったのに。


「すごく楽しかったよー」

「あーあ、私も同じクラスだったらなあ。一人だけ違うとか無茶苦茶寂しかったんだから」

「ふふっ、でも空ちゃんは大変そうだったけどね」

「後先考えずに動くバカのせいでね」


 合唱コンクール、体育祭、文化祭と雄也はいつも全力で楽しもうとした。

 ただその方向性が少しズレていたため苦労する羽目に……。


「一発ぶん殴ってやろうかしら」


 ぼそっと呟く。

 苦労をかけっぱなしの幼馴染に何も告げずにいなくなるとは、人の心というものがないのか。


「やっちゃれやっちゃれ。何ならうちのジムで練習するか?」


 だが、紗代子には聞こえていたらしい。

 紗代子の父親は元プロボクサーで今はジムを経営しているらしい。

 私はさっぱりだが、雄也を始め、男子達は結構騒いでいたので有名な選手だったようだ。


「え、なになに? あんたは誰のものかって身体に教え込むの?」

「何を言ってるのよ!?」


 可愛らしい顔でとんでもないことを言い放つ佳奈。

 この子も少しズレている。


「お、それ良いね。旦那には手綱をつけとけって母ちゃんも言ってたよ」

「藤堂君みたいな人は目を離すとフラグを立てちゃうからねー」

「うぐっ」


 佳奈の言葉に変な声が出る。

 考えないようにしていたことを突きつけられたからだ。


「べ、別に、私は幼馴染として無事かどうか心配してるだけだし」

「ふーん」

「へえー」


 声も表情も信じていませんと言っていた。

 そんなに分かりやすいだろうか。上手く隠しているつもりなのだが。


「あいつがどこで何をしてるか気になるだけなんだから!」

「はいはい」

「ごちそうさまー」


 どれだけ言葉を重ねても無駄なのだろう。

 それでも簡単には認めることはできない。


「まあ、空をからかうのはこの辺くらいにして」

「か、からかうってあんたね……」

「ごめんごめん。ただ、真面目な話ちょっと心配だよね。元気にしてるのかって」

「空ちゃんが気にしてなさそうだから、私たちも信じてるけどね」


 二人の言い分は最もだ。

 唯一の身内である祖父の死後いきなり姿を消したのだから。


(おじいちゃん……)

 

 藤堂龍之介は私にとっても本当の祖父のような人だった。

 明るくて豪快、それでいて優しい。雄也ととてもよく似ている。

 だからこそ、


「根拠はないけどね。でも、元気にはしてるはず。便りがないのは元気な証拠ってね」


 自信があった。

 何より私に黙って姿を消したのだから。


「多分、軽い気持ちで何かに巻き込まれたのよ。おじいちゃんの遺品管理しててとか。相続トラブル的な?」

「うーん、それで失踪は笑えないような」

「藤堂君のおじいちゃんって愉快な人だったんだね」

「うん。凄くね。でも、遺恨とかは残さないタイプなはずだけど……。あ、女癖は悪かったか」


 良い歳して女性絡みのいざこざを何度か起こしていた。

 あれは若い頃からやっていたに違いない。


「口は軽いけど何だかんだ頼りになる人だったから」

「……それって藤堂君もじゃない?」


 佳奈の意見に紗代子も頷く。


「藤堂も大方そんな評判だよな。うちのクラスでも助けてもらったとか何とか聞いたことあるし」

「え、そうなの?」


 まあ、やっていても不思議ではないが。


「バイト先でとか、帰り道でとか、遊園地でとかもあったかな」


 遊園地には心当たりがあった。

 何せ一緒に行ったからだ。

 そういえば絡まれている子を助けていた。背が小さいから気づかなかったが同級生だったのか。


「ふーん」

「空ちゃん、ちょっと怖い」

「佳奈の気のせいよ」

「油断してると掻っ攫われるかもしれないぞ」


 紗代子が意地悪げに笑う。

 私は聞こえないふりをする。


「結構モテるんだよ、藤堂君」


 しかし、佳奈の追撃にドキッと心臓が跳ねる。


「もちろん、空ちゃんほどじゃないけどね」

「私は別にモテないし……」

「「それはない」」

「うっ」

「今のは結構な人数に喧嘩売ったよ」

「ここが日本でよかったね」


 佳奈の言い回しが怖い。


「そ、それより、雄也がモテるって本当なの? 告白されたとか全然聞いたことないんだけど」


 実際、さりげなく尋ねたこともあるが、あるわけないだろと言っていた。

 雄也の嘘など見破れるのであれは本当だ。


「そりゃ、あんたがいるからさ」

「んんん?」

「自覚なしかい!」

「空ちゃんも鈍いからねー」

「も、って」

「ある意味お似合いだよ」


 やっぱり雄也のことかー!

 あの超絶にぶちん男と一緒にされるとか納得できない。


「不満そうだけど第三者からしたら大差ないからね」

「えー」

「えー言わない」

「ぶー」

「ぶーたれない」

「私は雄也とは違うわ」

「一緒です」


 紗代子が引き下がらない。どうやら本当に思っているらしい。


「睨まない。佳奈も何か言ってあげてよ」

「空ちゃん可愛いー」

「はあ、あんたはそうだよね」


 抱きついてくる佳奈から逃げつつ、


「それで雄也がモテるって本当なの?」

「本当だよ! そこまだ疑ってたか!」

「だって告白されたこととかないって」

「だから、それは空が側にいるからだって!」

「…………それが何か関係あるの?」


 私と雄也は付き合っているわけではない。

 告白しない理由にはならないような。

 やっぱり、雄也はモテないのでは。


「佳奈パス」

「空ちゃんと藤堂君があまりにもお似合いだったからみんな遠慮してたってことだよ」

「お、おおお似合い!? 誰と誰が!!?」

「空ちゃんと藤堂君」

「誰と誰が!?」

「……空ちゃんと藤堂君」

「誰と誰がよ!?」

「…………空ちゃんと藤堂君」


 顔が熱い。

 何度も何度もお似合いだとか言われたら当然だ。

 慌てて曲を入れて立ち上がる。誤魔化さないと。


「ねえ、紗代子ちゃん。空ちゃんってヤンデレの素質あると思わない?」

「ヤンデレってのはよくわからないけど、藤堂が彼女作ったらどうなるのか気にはなる」


 そんな会話を二人がしていたとか何とか。

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