再会
「空あああああっ!」
記憶の中の姿より伸びた髪、頬のラインも少しほっそりとしている。
心労をかけたせいだろうか。目の下にはクマもあった。
久しぶりに見る幼馴染は青白い顔で囚われていた。
名を呼んでも反応はない。己が眼は冷静に現状を映し出す。
心臓より流れ出る魔力、それが体を循環しきる前にカケラが吸い取っていた。
本来力強く輝くであろう白銀色の魔力は陰りを見せている。
頭より先に心が理解する。
空を助けなければ、と。
「どけえええええっ!」
襲い掛かる無数の触手を光を、重力波を強引に突破しようとする。
「がはっ!」
だが、空に届くかと思われた寸前、突風が吹き荒れ、壁へと叩きつけられる。
それでも止まっている暇はない。
幾度となくカケラに、空に向かって駆ける。
しかし、落雷、火炎、氷柱、斬撃波ーーその都度、カケラは攻撃パターンを増やしてくるため弾き返されてしまう。その隙間を縫い、本体に接近しても強固な魔力壁に阻まれてしまう。
気づけば風雷の身体強化は解け、風のみになってしまう。
息も荒く、四肢からは血が流れ落ちる。
「はあはあはあ……!」
追い討ちをかけてきた触手を掴み、魔力を流し込む。
空を取り込まれるわけにはいかない。
「ぐっ!」
そこを突かれた。
強化が疎かになった左腕に光が直撃する。
肉の焼けたような嫌な臭いが鼻に届く。
すぐに魔力を回すが、あくまで治癒力を高めるだけで治るわけではない。
剣は握れるだろうか。
視界の端に掠る紅葉。動きの鈍った腕でも武器があればマシなはずだ。
光の発射に合わせ、地面を蹴る。
追いかけてくる触手をスライディングでかわしつつ、紅葉を拾い、斜めに切り裂き、そのままカケラへと接近する。
「はあああああっ!」
四方を囲む雷撃などを右手で放った“風の衝撃(エアインパクト)”で掻き消し、遠心力を加えた一撃を魔力壁にぶつける。
「ッ!?」
甲高い金属音、その名の通り綺麗な紅色に染められた刀身が宙を舞う。
軽くなった柄に視線が吸い寄せられる。
「しまった……」
すぐに視線をカケラへと戻すも時すでに遅し。
雷撃が、火炎が、氷柱が、突風が、全身を傷つけ、切り刻む。
平衡感覚は失われ、自分が見ているのが天井なのか地面なのかさえわからない。
(お……き……ろ)
自由の効かない体に必死に命令を下す。
残っていた風の身体強化が致命傷は防いでくれた。
降り注ぐ触手や斬撃を転がりながら避け、立ちあがる。
「くそ、が……!」
正直、打つ手がなかった。
魔力壁を壊す算段がない。そもそも、近づくことすら困難だ。
英雄の記憶、英雄の記憶だ。何で発動しないんだ。
(頼む! 空を助けるために力を貸してくれ!)
内にある力に呼びかける。
返答はもちろんない。
光の柱が降り注ぐこともない。
苛烈を極める攻撃を何とか捌くも、次第に心を絶望が蝕み始める。
(終わるのか、こんなところで……。空も助けられずに……)
未だ眼を開けない空。
死んでいないのは魔力の動きでわかる。それも風前の灯だ。
助けたい。俺の命なんてどうだって良い。だから、あいつだけは……。
「た、頼む! 空を放してやってくれ! 俺なら好きにして良いから!」
カケラに呼びかける。
無機質なそれは反応を示さない。わかっていたことだ。
仮に対話が可能だとしても素気無く断れるだろうが。
「憎いのは俺だろ!? 俺だけなんだろ! 何で空が、空を狙うんだよ!」
頬を涙が伝う。情けない自分、惨めな自分、どうしようもない怒りが漏れ出す。
諦めたくない……。諦めたくない……!
「くそったれがあああああっ!」
強くなったと勘違いしていた。
英雄の記憶なんてものを手に入れて、宝玉を壊して、レッドドラゴンに勝って、ソフィア先輩を倒して、レイナの問題を解決して……。
「……だからって」
後悔も嘆きも足を止める理由にはならない。
体はまだ動くから。
(こうなりゃ一か八かだ)
魔力壁に接触すると同時に魔力をあえて暴走させる。
俺の魔力は尽きたわけではない。疲労から上手く引っ張り出すことができないだけだ。
コントロールすることを放棄すれば溢れ出す。
空を傷つけないかだけが心配だが、そうも言ってられない。
これが今の俺にできる最善だから。
覚悟を決め、特攻をかけようとした瞬間だった。
「雄……也……」
空が眼を開けた。
意識が朦朧としているのか、顔に正気は戻らない。
声もか細いものだが、強化されている耳はしっかりと拾いとる。
「…………て……」
「空っ!」
わかってる! 絶対に助ける!
「に……げ……て……」
「……え」
絞り出した言葉。何もわかっていないはずの彼女の口から漏れたのは俺を気遣うものだった。
………………
…………
……
「白桜ああああああああっ!」
虚空に手をやる。亀裂から現れた柄を掴みーー白銀の刀が姿を現す。
「どけええええええええっ!」
迫り来るカケラの攻撃。
次いで空間を支える柱を押し退けるようにして現れる一冊の本。
止まった時の中を雄也とカケラだけが動いていた。
ーー条件は揃った。
「俺に全部貸しやがれっ!」
面倒臭い口上は破棄する。
光の粒子を吸い込み、白桜を天へと掲げる。
迫り来る雷撃に雷撃を、火炎に火炎を、氷柱に氷柱を、突風に突風をーー。
「もっとだっ!」
英雄の記憶を引き摺り出す。誰の力かなんか知らない。
必要なものを持ってこい!
光の粒子を一度、二度、三度取り込む。
跳ね上がる魔力、唸りを上げる波動、光を増す白桜。
触手を、黒い光を、斬撃波を、重力波を一振りで叩き切る。
ーー極光斬ーー
「うおおおおおおっ!」
全てを消し去った光の刃が魔力壁と激突する。
均衡、それも数秒のものだった。
崩れ落ちる壁、カケラは機能を止め、静止する。
「空っ!」
俺が手を掴むとカケラは霧散し、空は自由の身となった。
力なくもたれかかる空の体をソッと、けれど強く抱きしめる。
そして、ゆっくりと魔力を流し込む。
微かだった呼吸は穏やかなものになり、顔色もいつもの空のものへと戻る。
どうして空が、ここは地球なのか、そんな疑問を考える余裕は今の俺にはなかった。
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