劇
赤黒い鱗はマグマですら耐えうることができ、大きく開かれたアギトから放たれる炎弾は地表にクレーターを作る。
地面を突き刺して離さない爪は掠るだけで致命傷を負わせ、長く伸びた尻尾は鞭の様にしなり、後方の獲物を圧死させる。
優れた知能や魔力を持ち、魔法耐性も極めて高く、咆哮一つで戦意を根こそぎ奪う。
レッドドラゴン、例にもれずこの世界でもドラゴンは生物系の頂点に位置する生き物であった。
故に、ドラゴンを狩った者は尊敬と畏怖を込めて“竜殺し(ドラゴンスレイヤー)”と呼ばれる。
『約束通りドラゴンを退治した。さあ、仲間を返してもらおうか』
『ぐっ……』
壇上の上でドラゴンスレイヤーを演じる青年が、悪徳貴族役の中年男性にレッドドラゴンの魔晶石を突きつける。
その傍らには青年の仲間である貴族の女性が立っており、青年へ熱い視線を送っていた。
『く、くそっ!』
『アレス!』
中年男性がわなわなと震えながら、帽子を床へと叩き付けた。
それを合図に女性が青年――アレスの元へと歩み寄る。
『エリー!』
舞台の中央で抱き合う二人はスポットライトの中にいた。
そして、幕がおりていく。観客席から大きな拍手が飛び交う。
最後に一言ナレーションでもあるかと思ったが、どうやらないようだ。
「はぁ、面白かった……」
館内が明るさを取り戻すと、息を潜めていたアイリスが満足気な顔で呟く。
東のエリアで行われていた見世物――芝居はドラゴンスレイヤーと呼ばれた一人の偉人のお話だった。
「アレスって実在するんだよな」
「うん、そうだよ。ドラゴンスレイヤーの称号を持つ人はそう多くなくてね。その中でも恋人のためにドラゴンを討ったアレスが一番人気なんだ」
「確かに親しみやすさがあったよな」
アレスは冒険者になるため田舎から出てき、道中で知り合った貴族のエリーと旅に出た。
旅を重ねる中、想いを同じくした二人だったが、エリーの実家で問題が発生し、悪徳貴族との結婚が決められてしまう。
救うため直談判しに赴いたアレスに出された条件はドラゴン退治だった。
ドラゴンの中では比較的弱い部類に入るレッドドラゴンだが、凶暴性が高いため命を落とすことは必至。
しかし、期限である結婚式当日、アレスはドラゴンを倒した証である虹色に輝く魔晶石を持ち、現れた。
様々な困難を乗り越えてきたアレスは、それらで培った技量、人脈、資産、全てを投げうってドラゴン退治を成し遂げたのだ。
役者さんの真に迫る演技は凄まじく、対ドラゴン戦など作り物とわかりながらも息をのむ程だった。
もちろん、本物のドラゴンを用意することはできないため張りぼてだったが気にならなかった。
「芝居って見たことなかったけど、面白いな」
「でしょ! ……って偉そうなこと言ってるけど、僕もちゃんと見るのは今日が初めてなんだ」
「アイリスも初めてだったのか」
客引きのお兄さんに話しかけられた時、アイリスが眼をキラキラとさせながら看板を見ていたことを思い出す。
前々から興味があったのだろう。
「一回見てみたかったんだよね。しかも、アレスのお話とかもう最高!」
アレスに関しては書物の方を読んだことがあるらしい。
「愛する女のためにドラゴン退治か。……燃えるな」
「燃やされるの間違いじゃないの?」
「三枚目すぎるだろ!?」
愛する女のためにドラゴンを退治しようとして燃やされた。
現実の残酷さを教えられた気分だ。
「単独でのドラゴン退治なんて無理無理」
「俺ならあるいは」
「自分への期待値高くない!?」
「根拠のない自信に定評があります!」
「胸を張って言うことじゃないね!」
定番のやりとりをしつつ、流れに沿って外へと出る。
時間にして1時間ほど経っただろうか、陽は傾き始めたがまだまだ明るい。
再びぶらぶらと漂い始める。
「それでね、アレスは一振りの剣を手に入れたんだって」
「なるほどな。そりゃ、ドラゴンの首を落とせるんだから業物だよな」
歩きながら劇内では語られなかった設定を教えてもらっていた。
武器か。弘法筆を選ばず、とは言うが流石にドラゴン相手になまくらはキツイだろう。
「ドラゴンは魔力障壁を常に展開してるんだって。だから、使い手の武器の親和が大事とか何とか」
「魔力障壁か……」
思い出されるのはマスターゴブリンとの一戦。
壁を殴りつけたかのような感触が返ってきた。あれと同等か、もしくはそれ以上なのか。
ただし、マスターゴブリンのは学園で配布された剣で貫けたが。
「ユーヤも何になりたいか知らないけど、良い相棒を見つけないとね」
「相棒ねえ」
宮廷魔導士を目指すわけだが、相棒となるとやはり杖だろうか。
だけど、杖を使っている人をあまり見かけない。
それに、剣の方がしっくりくる。
「やっぱり剣かな」
「剣かあ。一般的だから良い物を探すのは難しそう」
「どこの店にも置いてそうだしな」
この街だけでも装備を扱っているお店が三軒あるが、全てで剣は扱われている。
「希望とかある?」
「うーん」
真っ先に“白桜”が浮かぶ。
初日以来音沙汰なしなので半ばあきらめ気味だが。
「わからん。剣とか碌に握ったことなかったし」
「え、そうなの? その割には扱い慣れてる感じだったけど」
「あ、いや」
口が滑り、どうしたものかと思案する。
「真面目に練習とかしてこなかったからな」
「ふーん」
誤魔化しきれたのだろうか。
アイリスの態度からは読み取れない。
「あ、ユーヤユーヤ」
袖口を引っ張られ、アイリスの方を向くと奥にある一軒の古びた店が眼に入った。
「あれ、あんなところに店とかあったっけ」
看板から装備品を扱っていることはわかるが、開店中なのかどうかはわからない。
「ちょっと覗いてみない?」
「そうだな……」
少し気になるが、この街の治安の良さも考えると危ないお店ではないだろう。
「入ってみるか」
「うん!」
扉を開けると来店者を告げる鈴の音が店内に響く。
外観から想像された内装とは異なり、中は比較的掃除が行き届いていた。
棚などは古さを感じるが、並べられている装備品に目立ったマイナス点はない。
「……結構良いやつじゃないか?」
「そうなの?」
武器に造詣が深くないアイリスが意外そうに聞き返してくる。
こちらに来るまで見たことはあれど、触ったことなど皆無だったためわからないはずなのだが……。
眼前に広がっている主なき剣達が訴えかけてきている気がする。
「見た目は普通、だよね?」
豪華に装飾された観賞用のそれとは違い、本物はシンプルだとフィオから聞いたことがある。
武器は人に作られたもの――中には神が人に授けたとされる物もあるが――作り手の魔力が無意識下で込められる。そのため、業物にはそれにふさわしい魔力が宿っていると。
眼に魔力を集中させる。すると、剣が放つそれがはっきりと見えた。
凄い、どれもこれもが発している。壮観だ。
「若いのに見る眼があるの」
突如、闇夜から声をかけられ、反射的にその方向へと体を向ける。
声は若い。けれど、同時に有無を言わせない重さを含んでいた。
「妾はこの店の主、名は……ふむ、忘れてしまっての。好きに呼ぶが良い」
「こ、子供?」
隣にいたアイリスが疑問に思うのも当然だ。
目の前にいる店主を名乗る女性はどこからどうみても年端もいかない少女であった。
ここらでは珍しい着物を身にまとい、口元を扇子で隠している。
「そちは……そちも見えたのか。てっきりそこの坊やに連れられてきただけかと思ったのじゃが」
「見えた? 見えたって」
まるで見えない人もいるみたいではないか。
「そのままの意味じゃ。妾は客を選ぶのではな。資格ある者にしか見つけることはできん」
「へえ、そんなことできるんだ」
「ユ、ユーヤ……」
「ふっふっふ、お主は良い反応をするの」
素直に感心すると笑われてしまった。
もしかして騙されたのか?
「ユーヤ、普通はそんなことできるわけない、とか反応するんだよ」
「え……でも、できるんだよな?」
「絶賛しておるところじゃ」
「だって」
「だってじゃなくて! ……はぁ、ユーヤだもんね。それで良いと思うよ」
優しいまなざしに匙を投げられたことを理解した。
「ユーヤと言うのか、そちは何というのじゃ?」
「……僕はアイリス」
「ユーヤとアイリスか」
確認するようにつぶやくと扇子を閉じ、壁を軽く叩く。
接触する瞬間、壁の前の空間が震えた。
そして、装備が、店が歓喜の声を挙げる。
形容しがたい音が鼓膜に届く。
「ふむ、これも聞こえるのか」
「聞こえるも何もこれだけうるさかったら」
「アイリスは聞こえていないようだぞ」
「え、音って何?」
「聞こえないのか!? こんなにうるさいのに!」
「うるさいって、うるさいのはユーヤの声だけだよ」
音にかき消されないように大きな声をあげているだけだ。
しかし、アイリスの顔から冗談や嘘を言っている気配は感じられない。
「ユーヤはかなり魔力に愛されているみたいだな」
「魔力に愛される?」
「そのままの意味じゃ」
そのままの意味がわからないから聞き返したと言うのに、少女の反応は素っ気ない。
「アイリスは、これかの」
店内をきょろきょろと眺めていた少女の視点が定まる。
置かれているのはネックレスだった。先端に小ぶりだが高そうな宝石がついている。
「魔除けのネックレスじゃ。必要になると思うぞ」
「あ、ありがとう」
思わず受け取ってしまったアイリスが助けを求めてくる。
高そうなのでお金を心配しているのだろう。
「なあ、悪いけど」
「…………ない、だと」
「おーい、聞いてる?」
体を震わせる少女へと声をかける。
「ユーヤ、お主は何者じゃ」
振り返った少女の鋭い視線には疑惑の念が込められていた。
「何者って聞かれても。ローランス学園に通うユーヤ・トウドウって者だけど」
「トウ、ドウ?」
とりあえず名前を告げてみると少女の瞳が驚愕に染まる。
「トウドウ、なのか?」
「まあ、一応」
「……ふ、ふふふふっ、トウドウ、そうかトウドウか!」
突如としてハイテンションと化した少女に俺とアイリスが反応に困っていると、
「お主に合うものがあるはずもない。既に持っているのだからな。だが――」
少女が指を鳴らすと棚に飾ってあった一振りの剣が手元へと吸い寄せられる。
「今はまだ代わりが必要じゃ。これを持っていけ」
鞘に納められた剣を押し付けられ、思わず受け取ってしまう。
返そうとしたが、握った柄がやけにしっくりきた。
「名は紅花。ユーヤの相棒としては力不足だが、それなりの業物じゃ」
「いや、これはそれなりって物じゃないだろ」
この状態でも伝わってくる。その力の、魔力の波動が。
少なくとも俺の方が力不足なのは間違いない。
「時期にわかる」
意味深げに笑う少女に既視感を覚える。
「あの、そもそも僕たちこれらを買うお金がないんだけど」
おそるおそる会話に割ってきたフィオがネックレスを持ち上げ、苦笑いを浮かべる。
だが少女は事も無げに、
「なんじゃ。お代なぞいらんぞ」
「「え!?」」
まさかの答えに声が重なった。
「でも、それじゃあお店が成り立たないんじゃ」
「そもそも商売なぞしておらん。行き場のないこやつらを相応しい主にめぐり合わせてやってるだけだからの」
武器も防具も使われてこそ。己が使命を全うしたいと思っているのだと少女は語る。
「だけど、流石にタダってのは、な」
「うん、良心の呵責が」
「なんじゃ、奇特な奴らじゃな。……そうだの。ならば、たまにやってきて話でも聞かせてくれ。何せ、ここに来られる奴は限られているからの」
出してきた条件はやはりもらう物と釣り合っていない。しかし、ここらが妥協点なのかもしれない。
「わかった。じゃあ、また来るぜ。アイリスもそれで良いか?」
「それで、良いよ」
「うむ。楽しみにしておるぞ。二人一緒に来てくれることをな」
「ッ」
「アイリス?」
「……ううん、一緒に来ようね」
一瞬、アイリスの表情が悲しみに染まった様に見えた。
勘違い、だったのかもしれない。
「それじゃあ、そろそろ行こうか」
「そうだな」
「じゃあ、またね」
「またの」
「剣、ありがとうな」
笑顔で手を振って見送ってくれる少女へとお礼を告げると、音もなく近づいてきた少女が耳元でささやいた。
「心のおもむくままに行動せよ。さすれば道は開かれん」
「それって……」
意味を問おうと振り返った時には、扉は何人も通さぬかのように固く閉ざされていた。
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