隣にいて欲しい人

「僕の家はちょっと特殊でね。そのせいもあって体の弱かった僕はいない者扱いだったんだ」


 事も無げに語られる過去は決して無視することはできなかった。


「ある時を境に急に体が良くなって、それからは一応認識されたけど……お兄ちゃんやお姉ちゃんと比べて平凡だったから厄介者に昇格した感じかな」


 アイリスの成績はローランス学園でも上から数えた方が早い。

 しかし、兄は知らないが、アリシアさんは常に三指に入っていたと聞く。

 それでも、いない者扱いだったり厄介者扱いだったりと酷い話だ。

 子供を愛せない親など珍しくもないが、友人として怒りを禁じ得ない。


「でも、お姉ちゃんがいてくれたから……。一人だったら耐えられなかったかも」

「アリシアさんはアイリスの事を凄く大事に思ってるよな」

「うん、感謝してもしきれないよ。……実はね、ローランス学園の教員になったのも僕のためなんだ」

「そうなのか?」

「元々、能無しの僕を通わせるつもりはなかったみたいでね。お姉ちゃんが強引な手を取ってくれたんだ。それをするためには中にいないといけなかったから」


 本当なら名のある研究所とかにも所属できたはずなのに、と続けるアイリスの横顔は申し訳なさでいっぱいだった。


「……アリシアさん、楽しく仕事してると思うぜ」

「そうだね。クレアちゃんには感謝感謝だよ」


 学生時代からの付き合いで、アリシアさんの後を追うように教員の道を選んだとのことだ。

 二人とも人当たりが良く、物を教えるのが好きで、お世話も苦にならない。天職とすら感じる。

 少なくとも難しい顔で研究していたり、険しい顔で戦場を駆けているよりは向いている。

 男子生徒の間でアリシアさんとクレアさんが人気を二分しているのは有名な話だ。


「だから」


 アイリスが気にする必要はない、との言葉は飲み込む。

 それができたら苦労しないのだ。先ほど自分が言った台詞だ。

 感謝と申し訳なさ、二つを抱えていくのは仕方がない。アリシアさんが前者しか望んでいなくてもだ。


「だったら、二人には俺も感謝しないとな」

「ユーヤが? 何で?」

「二人がいなかったらアイリスと出会えなかったかもしれないだろ? それは嫌だからなあ。感謝感謝」

「……今日のユーヤは歯の浮く台詞をたくさん言うね」

「うっせえ! そこは素直に受け取っておけ!」


 唇を突き出し、ぼそぼそと指摘してきたアイリスに苦笑いを浮かべてしまう。

 照れ隠しなのは重々承知している。

 口をパクパクとさせ、何も言えなくなるフィオと違い、言葉は出てくるようだ。


「てい」

「いて」


 いきなり横っ腹にパンチを喰らい、声が出てしまう。

 痛くはないが、反射だから仕方がない。


「何するんだよ」

「他の人の事を考えてたでしょ」

「は?」


 確かにフィオの様子を思い出していたが、それが何だと言うのか。


「レイナ?」

「レイナ?」


 おずおずと尋ねてきたアイリスに違和感を覚える。

 質問の真意もわからない。


「にゃは、フィオフィオだね」

「お、おう。そうだけど」


 俺の返答ににっこりと花が咲いたかのように眩しい笑顔を浮かべる。

 突然、機嫌が良くなり何がなにやら。


「フィオフィオは親友さんだもんね」

「まあな」

「レイナは?」


 またレイナである。

 身長の関係から見下ろす形になっているため、自然とアイリスは上目遣いだ。


「レイナか」


 理由は考えるだけ無駄と判断し、質問の返答をどうしたものか悩む。

 間違いなく好意は持っている。だが、友人か気になる人どちらかと聞かれたら、友人の色合いが濃い。

 レイナとのデートの時にも思ったが、惚れたはれたはまだ自分には難しすぎる。


「うーん、とりあえず可愛いよな」

「可愛いよね。あれは同性でも見惚れることがあるよ」

「まあ、アイリスも可愛いんだけどな」

「い、今は僕の事は良いから!」


 今更ながら第一声が容姿とはちょっと酷いかもしれない。

 内面を語るべきだったろうか。いや、取り繕っても仕方がないか。


「努力家なところは尊敬できるし、物腰も柔らかいよな」

「うんうん、レイナの事を嫌う人とか想像できないよ」


 過度な謙虚ぶりに近寄りがたい印象は持たれていたが、それも徐々に解消されてきた。


「後、天然な一面もあって面白いし、からかうと反応が凄く可愛い」

「総じて可愛いよねえ。からかいがいもあるし」

「あっ、スタイルも抜群だよな。あれは素晴らしい。自然と頭を垂れてしまうぜ」


 実際にはしないが、ついつい眼をやってしまいがちになる思春期男子としては尊敬の念を覚えずにはいられない。

 ありがとうございます。


「あっそ」


 アイリスのリアクションはとても冷たかった。ついでに視線も冷たかった。

 あまり女性にする話ではなかったか。


「まあ、理想の女の子だよね。レイナは」

「理想かと聞かれたら、流石に困るけどな」

「そうなの? レイナでダメとか贅沢すぎ」

「いや、贅沢とかじゃなくてな」


 どう説明したものか。


「理想。理想ねえ。理想って言われると……」

「理想って言われると?」


 世の男の理想など知ったことではない。

 あくまで俺の理想を挙げるとすれば――


「アイリスの方が、俺の理想かな」

「…………え」


 口から漏れ出た人物名が意外だったのか、アイリスは眼を見開き固まってしまった。

 レイナがどうとかではない。俺の理想を考えた時、アイリスの様に波長が合う子だと嬉しいと思った。

 友達とか恋人とか関係なしに、一緒にいて楽しい、自然体でいられる。

 その上、アイリスの容姿は幼さを残している物の愛らしい。それにふざけ合っている時のアイリスが醸し出す雰囲気が好きだ。


「う、嘘だよね? か、からかってるんだよね?」

「嘘なんかつくかよ。レイナももちろん理想の女の子だけど、アイリスだって違うタイプで理想の女の子だぜ。んで、俺みたいな馬鹿はアイリスのようにふざけ合える人の方が尚良いって感じだ」

「で、でも、レイナだよ?」

「まあ、レイナは謙虚すぎるきらいこそあるけど……それも美徳に繋がるっちゃ繋がるか。改めてレイナって凄いよな」


 容姿、性格、勉強もでき、家事炊事も得意とのことだ。

 非の打ち所がない。


「で、でしょ? 何で僕、なの?」

「え、レイナは凄いけど、アイリスだって良いところばっかじゃん。ダメなところってあるっけ?」

「い、いっぱいあるよ! ぐちぐち悩むし、すぐに落ち込むし、勉強も魔法も平凡、良いところの方が少ないよ! スタイルも良くないし……」


 両手をバタバタと振り、一生懸命に自分を下げようとしてくる。


「レイナもだけど、アイリスも謙虚すぎないか? そういえばフィオもそんな感じだよな。やめなさいやめなさい。他の人が困るっての」

「二人と違って僕は本当のことだしっ!」


 まるで自分に価値などないと言い聞かせているようにすら感じる。

 その態度に少しばかりイラつきを覚える。


「悩むなんて誰でもするだろ。落ち込むことだって当たり前。勉強も魔法も凄いよ、努力だってしてるし。スタイルも比べる相手が悪いだけで、男目線から言わせてもらうと十分ありがたいレベルだぜ」

「そ、そんなことない!」

「折角褒めてもらってるんだから、素直に受け取ればいいのに。賛辞は受け取るんじゃなかったか?」

「茶化さないでっ!」


 アイリスの豹変ぶりが理解できない。

 気づけば大声をあげたせいで周りから注目を浴びていた。

 端から見たらカップルが喧嘩しているシーンに映るだろう。


「はあ、茶化してないっての。全部俺の感想だしな。アイリスが自分の事を何と思ってるかは自由だけど、俺がアイリスの事をどう思うかも自由、だろ?」


 普段の姿からは想像できない必死な形相相手だが、俺にも譲れない一線はある。


「それは、そうだけど……」


 眼に見えて勢いをなくすアイリスの頭に手を乗せる。

 そして壊れ物を扱うようにゆっくりと、優しく撫でる。


「俺はアイリスを凄いと思うし、可愛いとも思う。んで、何よりも一緒にいて楽しい、魅力的な女の子だって思ってる」

「……上辺だけかもよ? 偽ってるだけで、中身は本当にダメな何もない女の子かもしれないよ」


 レイナはまだ謙虚と呼べたが、アイリスのは謙虚を大きく通り越している。

 育ってきた環境が認識を著しく歪めているのだろうか。

 生まれながらにして両親から否定されてきた故の弊害……。

 アリシアさんの愛だけでは両親の隙間は埋まらなかった、のか。


「そんなの俺だって同じだ。もしかしたらレイナやフィオだって」

「そんなことないよ……」

「何でそんなことないって思うんだ」

「だって、一緒にいたらわかるよ」


 アイリスの答えに俺は頷く。


「わかるよな。うんうん、わかるわかる」

「…………」


 俺が言わんとしている事を察し、アイリスは黙ってしまう。 


「まあ、何度も言うが割り切れるもんじゃないよな。そんな奇特な奴もいるんだなって思ってくれ」

「奇特な人とはずっと思ってるけど」

「思ってたのかよ!?」

「多分、みんな思ってるよ?」


 衝撃の事実。よくよく思い出してみれば似たようなことを二人にも言われたことがあった。


「一度、俺がどれだけ普通の人間か説明しないとな」

「その思考がもう変わってるよ」

「えぇ……」


 がっくりと肩を落とす俺に対しアイリスがため息をつく。


「なんだよ、ため息をつきたいのは俺の方なんだけど」

「僕もつきたい気分なの。変な人と友達になっちゃったなって」

「変なとは失礼な。素晴らしい人と言いなさい」

「変なで十分だよ」

「ひっでえ」


 唇を尖らせ、すねていると立ち上がったアイリスが手を伸ばしてきた。


「行こう、ユーヤ」


 まだ影を残す笑顔に胸が疼くが、頭を切り替えその手を取った。

 小さく、柔らかい感触が彼女の儚さを表しているようで酷く怖い。


「次、どこ行こうか」

「そういえば東の方で見世物がやってるとか言ってたな」

「じゃあ行ってみようか!」

「おうよ!」


 目的地を定め、手を繋いだまま歩き出すのだった。

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