俺だから言えること

 腹ごしらえを終え、ぶらぶらと街を回ることに。

 学園を中心とした街なのだが、伝統と歴史の深さに比例するかのように面積も広い。まだまだ行ったことのない場所も多い。

 レイナとのデートの時に使ったルートは何となくやめておいた。


「へえ、ここら辺ってこうなってるのか」

「ユーヤは来たことなかったっけ?」

「ああ、こっちの方には来たことないな」

「西のエリアにはね。女の子御用達のお店は多いんだよ」


 学園から西方へと移動すると雑貨屋や露店が多数構えている。

 アイリスの言う通りアクセサリー類や小道具など女の子向けだと思われる物が並んでいる。

 見かける人々の多くが女性であり、年齢層は幅広い。地球の時もこのような場所からは縁遠く、物珍しい。


「ユーヤってあまり身だしなみ気にしないよね」

「そうか? 一応、それなりに気を付けてるつもりだけど」


 寝癖がついていないか髪を触って確認すると、アイリスに笑われてしまう。


「大丈夫だよ。清潔感がないとかじゃないから。ファッションに興味ないよねって話」

「……言われてみれば考えたことないな」

「にゃはは、ちょこっと意識するだけでモテモテになるかもよ」

「いやいや、今でも十分にモテモテだから」


 近所の子供やおばさん、彼らが連れているペットなどなど。


「そうかもねえ」

「あれ?」


 ツッコミが入るかと思ったのだが、アイリスは意味深げな表情こそ浮かべたが反論はしてこなかった。

 モテるネタは先ほどもやったからだろうか。


「どうしたの?」

「ツッコミがないなって」

「ツッコミ辛いからかな」

「え、何で? 俺、モテモテなの?」

「どうだろうねえ」

「曖昧なのやめてくれよ。気になって寝られなくなる」


 具体的には8時間程しか寝られなくなる。


「十分寝てるじゃん」

「心の声にツッコミをいれないでください」

「以心伝心以心伝心」

「それ一方通行だよね!」


 読まれる一方で読めたためしがない。たまには仕返ししたいのに。


「女の子だけに備わってる特殊能力かな」

「フィオにもよく読まれるんだけど」

「……フィオフィオは女の子でもいけるし」


 視線を明後日の方に向け、適当なことをほざく。

 ジト目で見ていると汗がたらりと頬を伝う。


「ごめんなさい。適当なこと言いました」

「よろしい。……まあ、実際フィオは女子でもいけそうだけどな」

「だよね! 女装とかすごく似合いそう!」

「わかる! 俺も思ってた!」

「フィオフィオ、足とかすらっとしてるしラインが出る服が良いと思うんだよね。スカートとかも良いかも!」

「確かに! 普段そういうの着ないし、ギャップの視点から見ても高得点だぜ!」

「ギャップ……。ギャップって良いよねえ。かわええよねえ」


 でゅへへ、と女の子としてアウトゾーンに一歩足を踏み入れた顔のアイリス。

 勉強会でレイナをからかっていた時もそうだが、そういう趣味でもあるのだろうか。


「ユーヤには言われたくない!」

「言った記憶はないんですけどね!? 何でわかるんだよ!」

「顔とか視線とかでわかるよ!」

「本当凄いな!」


 いつものノリとは違い、本気で叫ぶ。

 いつの日か、俺は声を一言も出さないでも良いようになってしまうかもしれない。


「あくまで雰囲気で言いたいことわかるだけだから難しいと思うよ」

「俺はできると思いますけどね!?」

「常識を考えてよね。常識を。精神感応者じゃないんだから」


 精神感応者――所謂テレパシーを使うことができる者の事だ。

 今のところ相手へ自分の考えていることを飛ばす魔法は開発されているが、その逆は一部の者を除いてできない。

 占星術師と同じで精神感応者は生まれつきその能力を有している。そういう意味ではフィオの魔眼と似ているかもしれない。

 一般的な魔法では再現不可能な特殊能力――神の贈り物(ギフト)持ちは規則では国に登録を行うことになっているが、しない者の方が多いと聞く。

 占星術師や精神感応者はともかく、能力によっては事例が少なく即研究所送りにされ、脳をホルマリン漬けで保存されるなどの噂が流れているからだとか。

 ……あ。


「ユーヤ? 顔色悪いけど気分でも悪いの?」

「だ、大丈夫。喉が渇いただけだから」


 今更気づいてしまった事実に一瞬体を硬直させるが、心配そうに見つめるアイリスに適当な嘘をつく。


 ――再現不可能な特殊能力って“英雄の記憶”がまさにそれじゃないか。


 この地で生まれ、地球へと行き、よくわからない力を得ての帰還。

 三度研究材料にされてもお釣りが来るのではないだろうか。


「僕、ちょっと飲み物買ってくる」


 言い訳を真に受けたアイリスが財布を取り出す。


「あ、いいよいいよ。俺が買ってくるから」

「でも」

「じゃあ、一緒に行こうぜ」


 顔色が悪い理由ではないが、喉は実際に乾いている。

 落ち着くためにも飲み物を買うのは良いだろう。


「すみません。これと……アイリスはどれが良い?」

「え、良いよ。自分で出すから」

「いいからいいから。俺の顔を立てると思ってさ」


 図書館の事件の結果、フィオは学園から報奨金をもらった。表向きフィオが解決したことになっているからだ。

 そして、律儀なフィオは俺と半々――最初は全額を俺に渡そうとしてきたが――にしてくれた。つまり、今のユーヤ帝国の財政は豊かなのだ。

 なので、心配させてしまったお詫びとして奢らせてもらう。


「な?」

「……じゃあ」


 尚も納得がいかないといったアイリスに念を押すと、やっと折れてくれたのか黄色いオレンジジュースのような物を指さした。


「これ二つで」

「あいよ」


 受付のおじさんはクレープのおっちゃんに勝るとも劣らない男臭い人である。

 店の外観を見る。何かのキャラクターなのだろうか、熊みたいなぬいぐるみを飾ってあったり、店名は可愛らしい丸文字で書かれていた。

 ギャップは好きだけど、物には限度があるな……。


「はいお待ち」

「じゃあこれで。アイリス」

「ありがとう」

 

 清算を済ませ、近くの椅子に腰をおろす。

 ジュースを一口――リンゴジュースのような味がした。

 冷たい飲み物がのどの渇きを潤す。まだ暖かい季節だ。思った以上に水分を失っていたらしい。

 ふと横を見るとアイリスと眼があった。


「な、なんだ?」

「本当に大丈夫なの?」

「ああ、まだ心配してたのか。大丈夫大丈夫」

「嘘はついてない、かな」


 真剣な表情で問うてきたアイリスは呟き、ホッと一息つく。


「どうしたんだよ。ちょっとおかしいぞ」

「そうかな? 心配だっただけなんだけど」

「あ、いや、心配しすぎって言うか何と言うか」

「迷惑だった?」

「それはないけど、あまりに真剣だったからさ。そんなに顔色悪かったか?」

「何かに気づいて戦々恐々としてる顔だった」

「……そ、そっか」


 ここまで読まれてしまうとか、心情を隠すことは未来永劫できないのではないか。


「まあ、そんなところだ」

「やっぱり嘘ついてたんだね」

「あ」


 無意識の内に肯定してしまっていた。

 アイリスは三白眼でにらみつけてくる。


「た、大したことじゃないから」

「大小の問題じゃないよね」

「うっ」


 正論に胸を抑えてうめき声をあげると、アイリスはふっと表情をやわらげた。


「ユーヤって素直なのに妙に気を使うよね」

「使ってるつもりはないけど」

「使ってるよ。使ってない様に使ってくれてる」

「…………」

「レイナとかは真面目だし、心配性だからすぐに態度に出ちゃう。お姉ちゃんもクールぶってるけど感情が出やすい」


 レイナはわかるが、アリシアさんへの評価は意外だった。

 妹の前ではそうなのかもしれない。考えてみれば、お願いに来た時は感情が読みやすかった。


「だけど、ユーヤは自然体でいてくれる。結構、ありがたいことなんだよ」

「何も考えてないだけだよ」

「ふふっ、そういうことにしておいてあげる」

「そういうことも何も……」


 過大評価を訂正しようとするが、アイリスを見て言葉を止める。

 普段の子供っぽい表情とは全然違う、落ち着きある優しさと懐の大きさを感じる微笑みを見せられてしまったら黙るしかない。見惚れたとも言える。


「……どこまで聞いた?」

「え」

「お姉ちゃんから、どこまで聞いたの?」


 はぐらかそうとも思ったが、ちゃんと答えた方が良いと判断した。


「……両親と上手くいってなくて、今回は結構こじれたって」

「そっか」


 その一言に込められた感情を読み取ることはできない。

 安堵なのか寂しさなのか、痛みなのか。

 会話が途切れ、人の生み出すざわめきと自然から生まれてくる音が場を支配している。

 うるさくて考え事をするには向いていない。だからこそ、良いのかもしれない。


「ん?」


 アイリスが何かに注目していることに気づき、その視線の先を追う。

 そこには年の頃7歳ほどの子供とお母さんが手を取り合って歩いていた。二人は楽し気に話しながら露店を見ている。

 おそらく羨ましいのだろう。

 両親がいない俺はその気持ちが痛いほどわかる。


 ……いや、わからないか。両親がいて、その上で他人の家族を羨望する感覚などわかるはずもない。

 いっそ持っていない方が割り切れることもある。いないからこそ、“両親がいたら”は幸せな暖かい空想となる。

 ふとアリシアさんが俺に頼んできた理由がわかった気がした。言ってはいないが知っていたのかもしれない。


「俺さ、気づいた時にはじいちゃんしかいなくて」


 自然と口が開いた。


「フィオには話したんだけど、アイリスには言ってなかったよな」

「うん……」

「まあ、じいちゃんがいてくれたから全然寂しくはなかったんだけど」


 また一人、また一人、母に手を取られて家路につく子供たち。

 公園に最後まで残っているのは、いつも俺だった。


「だけど、多分羨ましくはあったかな。……いや、絶対羨ましかった」


 意地を張っていたのだろう。当時の俺は両親がいないことを寂しいとは思わないようにしていた。

 

「遊んでたらお母さんが迎えに来て、家に帰ったら両親がいて、何かあったら褒められて、怒られて、喧嘩して」

「うん」

「そんな当たり前が凄く欲しかった」

「うん、欲しかった……」


 消え入りそうな声で紡がれる言葉は過去形であった。

 生きているのだから可能性はある、と励ましたいところだが、きっと本当に難しいのだろう。

 アイリスが感じている壁、それを知らない俺が軽はずみに触れていい部分ではない。


「でも、悩んでも仕方がないことだよな」

「そうだね……」


 同意するアイリスの横顔はとても寂しそうだった。

 そんなアイリスの無防備な頭上に軽く手刀を落とす。


「いたっ」

「なんて開き直れたら苦労しないっての。そりゃ、気にしない方が良いかもしれない、考えても仕方がないことかもしれない。けど、そうやって割り切れないことだってあるもんだ」

「…………」

「良いじゃねえか。そうやって色々悩んで、苦しんで、もがいたからこそ今の自分があるわけだし」


 両親にいてほしかった。その想いが消えることはない。

 それでも、いなかったからこそアイリスに伝えられることがある。言えることがある。


「正論かもしれないけど、無駄かもしれないけど、もしかしたら何かに繋がってるかもしれない。繋げられるかもしれない。それこそ、どうせ開き直るなら全ては糧になるんだって開き直ったって良いじゃん」

「……難しいよ」

「難しいよな。うん、だから出来なくてもそれはそれで」


 “開き直れ”なんて言うつもりはない。

 だって、人生なんてどうなるか誰にも分らないのだから。

 おそらく、目まぐるしさでいったら上位に入る俺が言うのだから説得力があるだろう。

 マイナスと思っていたものがプラスに転じるくらいいくらでも起きよう。

 少なくとも――異世界に飛ばされる可能性よりは高いはずだ。


「そういうのもあるってだけだ。俺はそう生きてるだけって話」

「……ユーヤは強いね」

「強く感じるか? ならアイリスのおかげだな」

「え?」


 意味が理解できないのか目をぱちくりとさせる。


「アイリスはもちろん、フィオやレイナ、じいちゃんや空。みんなといるから笑ってられる。今を見てられる。目の前が楽しいから強くいられる」


 俺が強いのではない。みんなが俺を強くしてくれるのだ。


「だから、俺が強いってことは一緒にいるアイリスのおかげだ。さんきゅー! ありがとう! 愛してる! 結婚して!」


 流石に正面切って言うのは少し恥ずかしく、後半は照れ隠しでおふざけを入れてしまった。

 そんな俺を鳩が豆鉄砲を食ったような顔で見ていたアイリスが突然吹き出す。


「ははははははっ!」

「何だよ、いきなり!」

「だ、だって……!」


 腹を抱えて笑っていたアイリスの眼には涙が。


「ユーヤが凄くこっぱずかしいこと言うんだもん。しかも、言っておいて照れてるし」

「こっぱずかしいとか言うな! て、照れてねえし……!」


 まさかからかわれるとは思っていなかったので、恥ずかしさがこみあげてくる。

 く、くそ、この野郎。そんなリターンは予想してないっての。


「にゃはは、ごめんごめん」

「うっさい! あっち行け!」

「すねないでよ。謝るから」

「すねてないし!」


 嘘である、すねている。

 背を向け、シッシッと追いやる様に手を振っていると背中に何かがのしかかってきた。

 柔らかく、温かい、そして良い匂いが鼻腔をくすぐる。アイリスだ。


「アイ、リス?」

「……ありがとう」


 耳元で囁かれた感謝の言葉に、俺は口元を緩めるのであった。

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