デート?

 当日、ちょっとした用事を済ませた後に噴水の前へ。天気は日ごろの行いが良いからか雲一つない快晴である。

 時間を確認すると、約束の30分前。まだアイリスは来ていないようだ。

 さてはて、どうしたものか。元気づけてと言われても、そんなスキルは生憎備えていない。

 上手いことエスコートでもできたら良いのだが、土地勘もなければ女性経験も乏しく、おまけに一言多い。アリシアさんの人選ミスだな、うん。

 まあ、下手に気を使って聞いてしまったことがバレるよりは、普段通り馬鹿なやり取りをしながら街を回った方がマシか。


「ユーヤ!」

「おっ」


 情けない結論に至ると同時に名前を呼ばれる。振り向くとアイリスがいた。

 私服姿は何度か見たことがあるが、いつもよりシンプルかつ明るめの色合いで失礼な言い方だがどことなく清楚なお嬢様に感じる。

 いや、実際お嬢様ではあるのだが。それに、元々清楚が当てはまらないわけでもない。

 ただ、個人的に好きな雰囲気なため嬉しい限りである。


「ごめんね、待った?」

「大丈夫。俺もさっき来たばっかだから」


 少し息を乱しているのは急いで来たからだろうか。時間までまだ余裕があるのに律儀な奴だ。

 それにしても、


「それなら良かった~。早めに出たつもりだったんだけど、いたからびっくりしたよ!」


 ニコニコといつも以上に笑顔でオーバーリアクションをとっている。

 ……なるほど。

 その空元気具合は友人としてどうにかしてあげたいと強く思わせる。


「デートだからな。やっぱり、男なら早めに来て待っておくぐらいはしておかないと」

「にゃはは、経験豊富な感じですな~。もしかして、結構な数の女の子を泣かせてきたのかな?」

「はっはっは、女の子なんていくらでも寄ってくるからな! 泣かせた女の数とか食べたパンの枚数みたいなものだぜ!」

「ひっど~い、ユーヤは女の敵だね! 刺されたら良いのに……」

「笑顔で刺されたらとか言わないでください。凄く怖いです」


 笑顔なままトーンだけ急降下されると恐怖心を煽られる。


「つまらない見栄をはるからだよ」

「み、見栄じゃねぇし! 経験豊富だかんな!」


 主に空とか空とか空とか空とか空とかである。

 付け加えるとただの荷物持ちや下校などの色気のないものがほとんどを占めている。


「ふーん、それって両者がちゃんとデートって認識してたんだよね?」

「……男女が二人で出かけたらデートだと私は思います」

「残念無念また来世~」

「来世までさよならかよ!? チャンスを、何とぞチャンスを」


 頭を下げ、手を摩りながら救いの手を求める。

 

「仕方ないなあ。じゃあ、今日はちゃんとエスコートしてよね。それ次第かな」

「エスコートってあれか、リードをつけて、安全を確認しつつ、トイレの片づけをするって言う」

「飼い主だよ! それは飼い主のやるべきことだよ! 僕はペットか!?」

「うちのペットは世界一可愛い! ほら見てください。この毛並み、ふわふわとしてて気持ちいいんですよ。それに顔立ちもすっきりとしてて、まん丸おめめも空を映してキラキラと輝いている。何より、トイレの後処理は自分でできるんですよ!」

「飼い主! だからそれは飼い主だって!? しかも馬鹿親的な!」

「ペットみたいなものだって、いけるいける」

「どこにいけるの!?」

「俺たちコンビなら世界ペット選手権優勝だって狙えるさ!」

「ペット選手権で人間が出てきたらドン引きだよ!? みんなドン引きだって!」

「勝負の肝は意外性だと思うんだ」

「意外性だけで勝負してどうするのさ!」

「うちのアイリスは世界一可愛いから意外性以外でも勝てる」

「褒められてるのに全然褒められてる気がしなーい!」

「どうだ、俺のエスコートは。百点満点だろ」

「0点だよ! その自信はどこから湧いてくるの!?」

「ちっ、流石は上流階級。庶民のエスコートだと満足できないってか」

「絶対階級とか関係ないよ……。誰だって嫌だよ……」

「アイリスならあるいは」

「ないからね!? 僕への期待値高すぎるから!」

「いやしかし、俺の突発的な行動についてこれるのはアイリスしか……」

「突発的ってわかってるならやめてよね!」

「逆に?」

「逆にしないで!」

「実は?」

「本音だよ!」

「とか言って?」

「心からの言葉だから!」


 どこまで乗ってくれるのか、ひたすら突き進みたくなった俺は更に重ねようと口を開こうと、


「すとーっぷ! すとーっぷ!」


 残念ながらアイリスが大きなバツ印を、ドクターストップをかけてきた。


「もう、いきなりギア上げすぎだよ」

「すまんすまん。つい魔がさした。反省は少しだけしてる。だから許してあげて」

「少しの反省も感じられないんだけど」


 片手を上げて軽く謝るが、それだけでは満足できないと言わんばかりに半眼で睨まれる。

 容姿が容姿だけあって威圧感など皆無に等しいが拗ねられても面倒だ。


「お詫びと言っちゃなんだが今度俺の飼い主になって良いぞ」

「…………飼い主、ね」


 冗談のつもりだったのだが、予想していた反応とは裏腹にアイリスは満足げである。

 その眼が怪しく光ったことで自分が迂闊な発言をしてしまったことに気づく。


「ブレイクブレイク。今のは冗談だ。冗、談。真に受けないでくれ」

「ちぇ、休み明けに手綱引きながら登校しようと思ったのに」

「えげつねぇな!?」


 仕返しとして俺の学園生活崩壊を企むとは恐ろしい奴だ。

 そんなことになったら、そんなことになったら……何故だろう。心のどこかで殻を破り捨てたい俺がいる。


「殻を破り捨てたいって顔してるよ」

「だからどんな顔だよ!?」

「僕の口からはとてもとても」

「読まれるたびに思うんだけど、俺の顔って人さまの前に出して良いのか!?」

「……そうそう、昨日お姉ちゃんがね」

「話をそらさないで!? お願いだから大丈夫だって言ってよ! 言ってあげて! 言ってください!」

「ハハハッ」

「笑って流すならもっと笑えよ! もっと頑張れよ!」

「にゃはは、大丈夫大丈夫、ユーヤの顔は中の中ってところだから、良くも悪くもなく印象にそれほど残らない顔だよ」

「…………」


 中の中、特に文句はない評価なのだが、どうしてか胸にモヤモヤが残る。

 イケメンではないのは重々承知している。しかし、しかし、少しぐらい盛ってくれてもいいじゃないか。


「少しだけで良いので盛ってください」

「ストレートっ!」

「迷ったらど真ん中が信条だ」

「流石はユーヤだね」

「褒めるなら、盛ってください、判定を」

「…………」


 アイリスが少しの間、考え込むといたずらっぽく唇を緩めてウィンクを飛ばし、


「僕は好きだよ、ユーヤの事」

「……お? それって容姿の評価なのか?」

「どうだろうねえ」

「気になるだろ。教えてくれよ」

「だーめ。ユーヤが解き明かさないと面白くないでしょ?」


 普段のアイリスらしくニコニコとほほ笑まれると何も言えなくなる。

 やはり、こっちの方がアイリスらしくて、とても魅力的だ。


「そういう思わせぶりなことはあまり言わない方が良いぞ。馬鹿寄りな男だと勘違いしちまうからな。上手く付き合うのもいい女の条件だぜ」

「大丈夫大丈夫。ユーヤにしか言わないから」

「……まったく、いい女ですこと」

「まあね」

「肯定するのかい」

「僕は素直だからね。賛辞は受け取るよ」

「批判は?」

「右から左へ受け流す」

「素直なやつ」


 言っていることとは裏腹にアイリスは切り捨てるのが下手だ。

 天真爛漫で無邪気な一面も確かに持っているのだが、周囲の反応に敏感である。

 フィオとレイナの溝を一番気にしていたのは当人たちではなくアイリスであった。

 入れ込みすぎる傾向があると言い換えても良いのかもしれない。


「どうせなら楽しく生きないと。そっちの方がお得じゃん」

「まあな。俺もそう思う」


 基本的には、と心の中で付け足す。

 

「中々できないから苦労するんだけどな」

「ユーヤはできてると思うけど」

「いやいや、繊細って言葉が服を着て歩いてるようなものだから」

「ユーヤが繊細なら繊細って意味が変わったんだね、きっと」

「言ってくれますな」

「言いますとも」


 正に打てば響く。アイリスとの小気味良いやり取りは気持ちいい。


「ほらほら、いつまでも話してないで行こう行こう!」

「それもそうだな」


 じゃれ合いをしている間に、時間が良い感じに過ぎていた。


「アイリスは何か食べてきたか?」

「朝食は食べてきたよ」

「うし、なら昼代わりといっちゃなんだが少しお腹に入れておこうぜ」

「良いけど、どこに行くの? この時間帯はどこも混んでるよ」

「まあまあ、良いから良いから」


 お出かけプランなどない。

 ないのだが、最初の行き先ぐらいは考えている。

 誰かを元気づけたい時、その人の好きな物は最善手に違いない。


「この道って」


 見慣れた並木道にアイリスの頬が緩む。


「あ、でも」


 しかし、すぐに目じりを下げ、残念そうにしょぼくれる。


「今から並んだら時間がかかるよ?」

「今から並んだら時間がかかるだろうな」

「折角のお出かけだし、クレープはまた今度にしようよ」


 アイリスの好物――クレープのお店が姿を現す。


「何言ってんだよ。折角、アイリスとデートするんだ。クレープは外せないぜ」

「でも……」


 尚も煮え切らないアイリスの手を取り、駆け足ぎみに店の前へ。

 長期休暇で街全体の人口が減っているのだが、相も変わらず盛況である。

 何度か並んだことがあるので列の長さからかかる時間は何となくわかる。もちろん、アイリスもだ。


「やっぱり、1時間はかかりそうだし、他のところに行こうよ」

「落ち着け落ち着け。そこに座って待ってろ」


 そわそわと落ち着かない様子のアイリスをなだめる。


「おっちゃん!」

「お、ユーヤじゃねぇか。遅かったな」


 列の先頭の人がクレープを受け取ったところで店主に話しかける。


「わりぃが今忙しくてな。例のものは自分でとってくれ」

「あいよ。ありがとうな、おっさん」

「お兄さんだ。ちゃんとエスコートしてやるんだぞ」

「その風貌でお兄さんぶるなよ。そっちの方は任せなさい」


 たくましい腕、日に焼けた肌、帽子の隙間からキラリと光る頭皮――女性が選ぶスイーツ部門で一位を死守する人気クレープ店の店主は見た目からはとても想像がつかない繊細な動きでクレープを仕上げる。

 おっさんと軽口を叩きながら、厨房へ。置いてある箱を持ち上げる。


「感想は後で聞くからな」

「わかってるわかってる」


 とある事情で顔なじみとなった俺はおっさんにある提案を持ち掛けていた。

 これは試作品にあたるのだが、実験段階では成功していたので大丈夫だろう。 


「おまたせ」

「おかえり。えっと、それは何なの?」


 もちろん、何も知らないアイリスは持っている箱に注目する。

 それをアイリスの目線の高さまで持ち上げ、


「さあ、何でしょうか?」

「……クレープ?」

「ぴんぽんぴんぽんぴんぽーん」

「そうなの!?」


 正解を当てたと言うのにアイリスは驚愕する。


「で、でも、おじさん作り置きはしないって」


 そうなのである。

 技術力こそ地球より低いが、こちらには魔法がある。

 もちろん、冷蔵庫の様に物を冷やすマジックアイテムもあるのだが、それだと味が落ちるとおっさんは使用しない。

 あくまで作り立てだからこその味だと、気温を保っていても空気に触れれば触れるほど味が落ちると。

 作っている物こそ甘ったるいが、心の方は見た目通り頑固おやじなのである。

 しかし、人気店であるため連日長蛇の列。味を落とさずに保存できるならと考えていた。

 そこで立ち上がったのが俺、ルース・ウェルズリーの知識を得た結果、マジックアイテムに造詣が深くなったのだ。

 力や戦闘技術より知識の方が使いこなせるのは平和な日本で育ったためかもしれない。


「まあ、偶然にも良い案があってな。試してみないかって誘ってみたんだ。んで、これが第一号。もちろん被験者はアイリス」

「ぼ、僕?」

「店主にも確認は取ったから大丈夫。いつもいつも幸せそうに食べてるからな。おっさんもアイリスの事を覚えてたぜ」


 あの子が大丈夫と言ったなら大丈夫だな、とお墨付きまでもらっている。


「頃合いを見て頼もうかと思ってたんだけど、デートすることになったからさ。どうせなら今日が良いなって朝頼んできたんだよ」


 そのため、睡眠時間を削って箱を完成させたのは内緒だ。

 アイリスの喜ぶ顔を見られるなら安いものだ。


「あ、ありが……」

「礼は食べてから。多分大丈夫だと思うけど、味が落ちてる可能性もあるし」


 アイリスの礼を遮り、箱からクレープを取り出す。

 停止の魔法を付与されていた箱が時間を刻み始める。


「ほらよ」

「ありがとう」


 緊張した面持ちなのは、自分が被験者であるからだろうか。


「じゃ、じゃあ食べるね」

「召し上がれ」


 両手で大切に掴んだクレープへと口をゆっくりと近づける。

 アイリスのピンク色の唇が生クリームと果物が収められている部位へとたどり着く。

 一口、


「ん~~~っ!」


 眼を細め、たるみ切った頬を左手で押さえながら足をバタバタとさせる。

 答えを聞くまでもない。いつも通り幸せオーラ満点である。


「美味しい! 出来立てと全然変わらないよ!」

「それは良かった。ほら、遠慮せずに食べた食べた」

「うん!」


 幸せそうに目じりを下げるアイリスにつられ、俺も幸せな気持ちでいっぱいになる。

 座っていることもあり、ちょうどいい高さにある頭に自然と手を乗せ、優しくなでる。たまにやってしまうのだ。

 なので、アイリスも特段反応を示すことなく……いや、撫でやすい様に少しだけ首をかしげる。

 

「本当に美味しそうに食べるよな。ほれ、俺の分も食べろよ」


 あっという間に食べ終わったアイリスに自分の分を差し出す。


「でも、それだとユーヤの分が」

「いいからいいから。アイリスに食べてもらた方がクレープも嬉しいって」

「……いいの?」


 おずおずと上目遣いで確認を取ってくるアイリスに向け、俺は満面の笑みを携えて首を縦に振る。

 合わせてアイリスが花が咲いたような笑顔を浮かべた。


「ありがとう、ユーヤ!」


 受け取ると再び美味しそうに頬張る。

 これも一つの才能か。食べる姿を見てるだけで嬉しいとかな。


「…………」

「どうした?」


 気が付くとアイリスがこちらを見つめていた。

 声をかけても返事がない。何やら考え事をしているようだ。


「食べないのか?」

「……ユーヤ」

「ん?」

「あ、あーん」

「は!?」


 何を思ったのか立ち上がったアイリスが食べかけのクレープを俺の口の前へと持ってくる。

 更に更に聞き間違えでなければ、あーんとか言いましたよこのわんこ!


「だ、だから……あーん」

「あ、あーんって言われても」


 頬が熱い。おそらく照れにより赤みを帯びているだろう。目の前のアイリス同様に。

 視線を斜め下に固定しつつ、クレープを持っていない右手は胸の前で強く握られている。緊張しているようだ。

 いきなりの事態に頭が回らない。どの選択肢を選んだらいいのか皆目見当がつかん。

 ……見当がつかないなら突き進むしかなかった。


「あ、あーん!」


 勢いに任せてクレープに口に含む。

 生地のもちもちさに柔らかな生クリーム、その奥からやってくるスイーツのほのかな甘みが調和しており、とても美味しい。

 美味しいのだが、正直じっくり味わっている余裕などなかった。

 頭の中で間接キスと言う文字が繰り返され、ゲシュタルト崩壊を起こしかけているからだ。


「……どう?」

「……美味しい」

「……良かった」

「……さんきゅ」


 お互いに視線を合わさず、言葉少なに会話をかわし終えるとアイリスが食べる作業へと戻る。

 間接キス……。空相手なら慣れすぎて何とも思わない。フィオとはやってることがやっていることだし、そもそも同性同士。やはり、普通の女の子とこんな状況になるのは心臓に悪い。同時に高鳴る想いもあるのだが。

 こんなところ誰かに見られでもしたら――


「げっ」


 小さくうめく。幸いアイリスには聞こえなかったようだ。

 忘れていた。ここは人気クレープ店、しかも長蛇の列を従えている。

 もちろん、人はたくさんいるわけで……。こちらを見て、クスクスひそひそと楽し気に会話している女子のグループがいくつもあった。

 全員私服姿なのでわからないが、十中八九学園の生徒がいる。

 俺にできたのはクラスメートがいないことを祈ることだけだった。

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