アリシアのお願い

 翌日、約束通り朝やってきたフィオは魔力を受け取ると実家へと出発した。

 ミハエルさんはフィオについていくが、使用人さんは最低限いてくれるので生活に問題はないだろう。

 そもそも、唯一の家族である祖父は放浪癖があり、平気で一か月ぐらい帰ってこなかったりしたので、実質一人暮らし経験済みなのだ。……空やおばさんおじさんには世話になっていたけど。


「はっ!」


 後期から戦闘訓練が増え、試練の洞窟のようなダンジョン攻略など実践訓練も増えるとのことで、最近では自宅でも剣の修行を積極的に行っている。

 

「はあっ!」


 訓練内容は授業とフィオのアドバイスを参考に、副作用で手に入れた知識を元に色々と試している。

 先週は立ち寄ったおじさんの手ほどきを受けた。流石は騎士団団長だけあって、軽い模擬戦にも関わらず積み上げてきた経験から醸し出される圧に敬服したものだ。

 熱が入り、最後には真正面からの打ち合い――ガチンコバトルへと発展し、男と男の友情を深めた。

 そんな俺たちをフィオが冷めた眼で見ていたのは良い思い出だ。


『君は剣の筋が良いな』


 地球に住んでいた頃は握ったどころか、見た事すらほとんどない武器。

 そのため、無手の方が良いのではないかと思ったが、受け継いだ能力の影響か剣を進められた。

 

 ――白桜。


 初日、じいちゃんの能力をその身に宿している時に取り出した剣。

 あれ以降、呼べど待てども一向に出てくる気配がない。

 もしかして、じいちゃんの剣だったのかもな。


「はああああっ!」


 封印された記憶とやらも、何一つわからない。

 正直、思い出せない以上それほど執着はない。今を生きる方が大事だ。

 ……気にならないわけではないのだが。手がかりがないのだから仕方がないのもあった。


「…………ッ」


 素振りの最中、視界をかすめた木の葉を一閃、真っ二つに。


「あらら、またダメか」


 地へと落ちた葉を見てみると、中心からわずかにずれたところを切っていた。

 おじさんが見せてくれた技――と呼べるかはわからないが、何故だかそんな課題を出されたのだ。

 理由はさておき、木の葉は簡単に風に煽られ軌道を変えてしまう。そのため、剣の風圧がどうしても邪魔になる。

 そこをどうにかしないと安定して成功することができない。今のところ成功率は2割あるかないか。

 比較的大きな葉なら何とかなるが、小さい葉に至っては未だ0回だ。


「まあ、練習あるのみだな」


 魔法も魔法でロマンであり、もちろん楽しいのだが体を動かすことが好きな身としては剣の鍛錬も楽しい。

 付与魔法と呼ばれる魔法が存在するため、いつかは魔法戦士になりたい。

 身体強化魔法は図書館の一件から、今ではだいぶコントロールができるようになった。

 しかし、知能の低い魔物相手なら良いかもしれないが、強化した状態での動きになれないと意味がない。

 そのこともおじさんとの模擬戦で学んだ。

 更に、部分強化まで考えると課題は山積みと言えよう。

 宮廷魔導士になるためには魔法はもちろん学力も必要で、剣の修行も続けていきたい……二兎追うものは一兎も得ず、とは聞くがやっていくしかあるまい。


「だけど」


 手を開いたり握ったりしてみる。特段前と変わった気はしない。

 だが、俺の体は“英雄の記憶”により確実に変わっていた。

 剣一つとってもだが、何かを習得するというよりは思い出す感覚を受ける。

 当たり前だが一度体に染みついた物を引っ張り出すのと、新たに習得するのでは難易度が格段に違う。

 何だかズルをしているようでモヤモヤするが、運が良かったと天に感謝し、恩恵を享受させてもらうしかない。


『フィオが言うのだから魔法の才能もあるのだろうが、どうだウチに来てみないか。君なら立派な騎士になれると思うのだ』


 おじさんからの勧誘を思い出す。

 魔法の才能、剣の才能、どちらも生まれた時から持っていたものではない。

 後付けの才能だとイマイチ自信が持てないんだよな。 

 何かの拍子で手に入れた力なため、何かの拍子に簡単に失ってしまうのでは……。

 地道な練習が楽しいのも身に付けた錯覚を得られるからだろうか。


「はっ!」


 一振り、答えのない袋小路を切り裂くつもりで振るう。

 誰かといる時は考える暇もないのだが、一人でいるとどうにもダメだな。

 本来スッキリするであろう行為をしながら、思考の渦に囚われるとか笑えない。

 椅子に腰かけ、用意してもらったタオルで汗をぬぐう。

 そこそこ激しい運動をしたのだが、息を乱すことも疲労を感じることもない。

 身体強化魔法さまさまである。


「ユーヤ様」

「どうかしましたか?」

「アリシア様が来ておられます」

「アリシアさんが?」


 メイドさんに呼ばれ、リビングへと戻ると椅子に腰かけるアリシアさんがいた。

 今日は学校指定のローブは着ておらず、私服姿だ。

 ローブを着ていると、大人な女性――裏を返せば本心を見抜けないような底の深さを感じるが、明るめの色を着ていると清純派な印象を受ける。


「こんにちは、ユーヤ君。いきなりごめんね」

「こんにちは、アリシアさん。別にいいですけど、何かあったんですか? 後、私服姿も良いですね! ぐっじょぶです」

「ふふっ、ありがとう」


 大人の余裕、というやつだろうか。

 そこは流石に同年代のレイナやアイリスとはまた違った魅力的な笑顔である。


「今日はユーヤ君に頼みたいことがあって来たのよ。フィオ君は実家に帰ったと聞いたけど」

「ええ、昼頃に出発しましたよ。それで、頼みたいことってのは」

「それは都合が良いわね「都合が良い?」ううん、こっちの話」


 ローブ姿の時に何度か見た怪しい雰囲気を感じたのだが、化かし合いで勝てる気はしないので黙っておく。


「アイリスの事なんだけど、ちょっと実家の方で色々とあってね。元気がないのよ」

「そうなんですか……」


 アイリスからは家族の話をあまり聞いたことがない。両親と兄、姉が一人ずつおり、その姉が目の前にいるアリシアさんなのは知っているが。


「アイリスは父と上手くいってなくてね」

「……それ、俺に話しちゃって大丈夫なんですか?」


 姉であるアリシアさんも何らかの考えがあって教えてくれたのだろうが、本人のいない所で聞くのはためらいがある。


「大丈夫。自分からは言わないけど、ユーヤ君が聞けば教えてくれるわ」

「はあ……」


 納得がいくようないかないような、何とも微妙な返答である。


「今までも上手くいってなかったけど、今回は凄くこじれちゃって。だから、お願い。アイリスを元気づけてほしいの」

「それは構いませんけど」


 頼まれなくてもアイリスが元気なければ、力になりたいと思っている。

 アイリスも大事な友達だ。


「ありがとう! じゃあ、明日噴水の前で待ち合わせってことで」

「わかりました。あ、レイナもいるんですか?」

「レイナちゃんは明日から王都の方に行くんですって」

「あー、明日からなんですね。じゃあ、俺とアイリス、アリシアさんの三人ですね」

「……え?」


 指を折って数えていると、前方から低い声と共に異様なプレッシャーを浴びせられる。

 おそるおそる顔を上げると、冷ややかな眼を通り越して射殺さんと言わんばかりの鋭い目をしているアリシアさんがいた。


「あ、アリシア、さん?」

「ユーヤ君、明日は誰と誰が出かけるのかな?」


 名前を呼ぶと、途端に菩薩のように暖かい笑顔で問いかけをしてきた。

 だが、既に知っている。下手なことを言ったら鬼が出ると。この人は菩薩の顔を被った鬼だ。


「え、えーっと、お、俺と、アイリス」

「…………」

「とアリ」

「ん?」

「俺とアイリスの二人です!」

「正解! 流石はユーヤ君!」


 平仮名一文字にこれだけの絶望を込められる人が他にいるであろうか、いやいない。 

 足りない頭をフル稼働し、九死に一生を得た。

 どうやら、俺とアイリスの二人で出かけることを所望していたようだ。

 よくよく考えれば、両親に対する悩みがあるのに姉であるアリシアさんがいたら休むに休めないか。

 わかってしまえば簡単なことで、自分の馬鹿さ加減に呆れる。


「わかりました。時間はどうしますか?」

「女の子には色々と準備があるから、11時でお願いできるかしら」

「はい、大丈夫です」

「ありがとう。じゃあ、お願いね」

「任せてください」

「期待してるわ」


 調子に乗った返答にアリシアさんは意味深げな笑みを浮かべ、去っていった。

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