幕間

 主がいなくなった宝玉の間、その中央の台座をジッと見つめる影があった。

 依然、予知された危機がなんであるかわからないため、学園は封鎖をしただけの状態であり、砕け散った宝玉の破片が散らばっている。

 製作者であるルース・ウェルズリーすら“外から”破壊することはできなかった。

 内部からであれば破壊する目途は立っていたが、万が一の時のリスクが大きいため諦めたのだ。

 強度そのものは低く、放射状に魔力波を放てば“共鳴”することで崩壊が起こる。

 しかし、内部の空間は非常に魔力濃度が濃く、また精神への干渉が激しい。

 その状況下で細密な魔力コントロールを行う難しさは計り知れない。


「ユーヤ・トウドウ」


 影がポツリと呟く。

 手に取った宝玉の破片を見つめながら、口元を楽しげに歪める。


「勇者と同じ、か。子孫と考えて間違いはなさそうだな」


 歴史書から存在を秘匿されている“藤堂龍之介”――雄也の祖父の存在を影は知っていた。

 王国の危機を前にして禁忌とされた召喚魔術を行使した事実。

 その事を知られれば厄介な存在に眼をつけられる恐れがあった。

 だからこそ、綿密に計画が立てられ、秘匿に関しても徹底されている。


「あいつは魔法が苦手だったが、どうやら孫の方は違うらしいな」


 言葉に交じっているのは哀愁と怒気。

 過去に思いを馳せているのか、無造作に宝玉のかけらをテーブルへと滑り落とす。 


「まあいい。大事なのは魔王の復活だ……」


 この世界の人間が聞けば驚き、ひっくり返ることを口にしながら手をかざす。

 すると、静寂へと身を落としていた宝玉が歓喜の歌声をあげる。


 ――共鳴。


 形は崩れたが、本質は損なわれていなかった。

 誰かが間を繋ぐだけで宝玉は再び己の役目を果たそうとする。

 すなわち学園の地下に封印された――。


「そこまでじゃ」

「……来るのが遅かったな」


 影が最後の一押しをする間際、その手を扇子が押さえつけた。

 その持ち主の声は可愛らしい子供の物だが、言葉に含まれている重さは似つかわしくない程に重さを持っていた。

 だが、影は動じることなく、むしろ少女への不満を表す。


「お前に課せられた使命。まさか忘れたってわけではないよな」

「――見くびるな。忘れるものか」


 しばし身動き一つせずに睨み合う。

 数秒、数十秒だったろうか。

 互いが秘めた思いをぶつけ合うと、影が満足したのか魔力を霧散させる。


「ふん、なら良いが。だとすると……」


 少女が言葉を継ぐ。


「他の場所だろう。封印が解かれたのは」


 それぐらいわかっていただろうにと苦々しい顔つきの少女。


「お前の方法はどうにも信用ならないからな」

「じゃが、ここの欠片は一番大きい。不確定要素じゃが、宝玉の力を借りてでも」

「それだけじゃない。バックアップがここに通うひよっこの魔力ってのが」

「選りすぐりの才ある者達じゃ。問題はない」

「…………」


 影の懸念は違ったのか、少女の言葉を受けても反応は良くない。

 いや、少女はわかっている。ただ、影が自ら言葉にするのを望んでいるようだ。

 証拠にニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。


「ちっ、喰えねえババアだ」

「誰がババアじゃ!」

「万が一の時はどうするんだよ」


 憤慨していた少女が冷めた大人の表情を見せる。

 その様子から察したのか影が声を荒げる。


「まさか、てめえ囮にするつもりじゃ……!」

「それはせぬ。案ずるな」

「じゃあ、どうするつもりだよ」

「最悪の時の仮定、か。子供たちを預かる身としては考えねばならぬな」


 少女は自嘲気味に鼻で笑う。


「その時は――」


 扇子で口元を隠し、


 ――英雄に頼むとしよう。

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