共鳴

 フィオは雄也に連絡を入れた後、人のいなくなった図書館へとやってきた。

 小型の通信端末は市場にほとんど出回っていないため、教務室で貸してもらったのだが、いつもに比べて人は少なく、やはり出払っているようだ。

 占星術師の占いの精度は人それぞれである。とはいえ、名乗るためには資格が必要な上に特殊な魔力、体質を有していなければならないのである程度は保証されているが。

 占いとされているが彼らの一番の目的は予知である。その中で、一般的に言われる占いを行っているに過ぎない。

 一説では魔力の変調を無意識に感じ取り、それを今まで起きてきた事柄に当てはめているとされているが、知らない場所、初めての災害すらも予知できた者もいた。東方の方では巫女と呼ばれる特殊な職業がそれに当たる。


(学園の対応を見るに、相当な腕の持ち主による予知)


 窓から差し込む夕日が沈むまでの間、フィオは考えに更ける。

 陽があっても恐らく大丈夫なのだが、万全を期するため暗闇を待つ。


(思えば、ここ最近の先生たちはいつになく忙しなかった。試験前だから目立たなかったが)


 フィオは予知の詳しい内容を聞かされていない。だが、自分に声がかかったことから急なことだったのは確かだと。


(いくら実力があるとはいえ、生徒会のメンバーが駆り出されて、そしてそこから僕に話が来た)


 このような事態に適している実力者――ローランス学園出身者だけでも、いくらでも名前が上がる。しかし、立場ある身である故、間に合わないのではないか。


(学園で何かが起きる。なら、万が一の事を考えて臨時休校にするべきだ。どうしてしない)


 フィオの疑問は最もだった。

 何かが起きるなら、人を払うのがリスク回避として必要なことである。少なくとも生徒を近づかせないようにすることで起きるメリットはデメリットより大きいはずだ。


(出来ない理由があるのか。それとも真っ先に調べたから安全だと……いや、噂話の調査を任された時点でそれはない)


 いくら可能性が低いことでも、わざわざ生徒会が調査を頼まれているのだから学園は慎重な方針を取っている。


(長期休暇の間に起きるとすれば、調査部隊が間に合うはず)


 口元に手を当て、考え込むフィオの端正な顔を照らしていた光が徐々に消えていく。

 もうすぐ夜が来る。


(しても、意味がない……)


 フィオが一つの結論に到達すると時を同じくして図書館が闇に包まれる。

 

(先輩は“学園が”と言っていたが、あの人の嘘はわかり辛い。そもそも、先輩たちが本当の事を聞いているかも怪しい。……だとしてもウィンザー先輩は気づいているだろうが)


 ソフィアは興味が持てないことに対してはとことん無関心だ。むしろ、手伝いをしていることすら驚くべきことかもしれない。そこら辺は、他の役員が苦心しているのだろう。

 フィオはリリアンを始めとする先輩方に同情する。

 そして、彼女がまだ二年生であることを思い出し、嫌な絵が浮かんでしまう。


(まさかな)


 ソフィアを頂点とした良く知る面子で構成された生徒会、そんな悪夢を頭をふって捨て去る。

 そんなことになれば胃に穴が開いてしまう。もしくは頭の血管が切れるかだ。

 気を取り直して、再び予知について考える。


(学園だけに収まらない大規模な事が起きるとすれば……)


 だとしても、休校にしない理由はない。むしろ、生徒の家柄を考えれば無理やりにでも実家に帰した方が良い。


(……僕が考えたところでわかるわけもないか)


 そもそもは陽が落ちるまでの時間つぶし、わからないならわからないで気にする必要はない。


(いつぶりだっけ)


 眼を閉じ、自身の内側へと意識を潜らせながらぼんやりと思った。

 コントロール出来る様になってから、フィオが本気で見ようとしたことは片手で数えられる回数に収まる。

 一番新しい記憶は……。


(マスターゴブリンのは本気でなくとも見えたし……あの時、かな)


 ユーヤと初めてあった時、あの蒼い魔力をもっともっと見たくて無意識に全開にしていた。

 無意識なので本当のところどうだったのかは本人にもわからない。

 だが、フィオはそういうことにしたかった。


(ユーヤの……みんなのためにも)


 ユーヤと、そして彼の横にいる二人の少女のためにも、自分に出来ることを。


「…………」


 ゆっくりを眼を開ける。

 見た目には変化はない。しかし、その眼は本から発せられる微弱な魔力すら映していた。

 流石のフィオも本そのものが発する魔力は見ることが出来ない。見ることができるのはその本を書いた者の魔力。

 複製された物にはないが、原文には持ち手の実力次第ではその人の魔力が宿る。

 ざっと見渡す。魔力を帯びている本はそれなりにある。名門ローランス学園の名は伊達ではない。


「特に変わった物はないか」


 過去に調査が行われた際には発見されなかったとの話だ。入口付近にあるとは最初から思っていない。

 隠し部屋だろうが隠しアイテムだろうが魔力を使っての仕掛けならフィオにはわかる。


(奥の方……ここからだと何も感じないけど)


 二重、三重に隠されていても魔力は透けて見える。

 細かく調べなくて良いため、広い図書館であろうともすぐに周り終えてしまう。


「ッ!」


 一番奥へと辿り着く。

 眼の端に何かがかすった。魔力痕だ。


「この扉の先か……」


 関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉、その奥から魔力が流れている。

 正確に言えば、扉の奥にある扉の先からだ。

 悪意は感じないが、言いようのない不安を覚える。

 フィオはそこで一旦周りを見渡す。誰もいない。入ってきた様子もない。


(魔力が新しい……)


 今しがた発動した、この先に感じる魔力はそのように表現できた。

 設立時に施された仕掛けなら、その瞬間から発動しているはずだ。


(隠されていたマジックアイテムが起動した?)


 考えうる限り最悪のパターンだ。しかし、流れてくるそれが大規模な被害を出すとは思えない。

 魔力を目視でき、かつ性質がわかるフィオだからこそ悩む。


(とりあえず、中に入ってみるか)


 異変が起きているのはこの先ではなく、中にある部屋。そのため、フィオは警戒しつつも中へと入ってしまう。

 より正確に情報を得てから教員に報告しに行くつもりだったのだ。


(この部屋だ……)


 件の部屋の前でフィオが目を凝らす。中にある何かが魔力を定期的に放出しているようだ。

 それ以外の魔力は――


(何かが共鳴している……!?)


 “何か”がどこにあるのか、何なのかはわからない。

 だが、確かに共鳴していた。


(くっ……!)


 膨れ上がる魔力に眼に痛みが走る。それを合図に中へと踏み入る。

 中は倉庫なのか、乱雑に物が積み上げられていた。そして、奥にある箱の中に魔力を放出しているアイテムが入っている。

 もう一つのアイテムの場所はわからない。魔力が輪唱の様に部屋中に響き渡るせいで正確な場所がわからないのだ。

 すぐに頭を切り替え、箱の中のアイテムをどうにかするために手を――


「えっ……」


 フィオの口から微かに声が漏れた。

 必死に現状を理解しようと眼を塞ぐ。今は響き渡る魔力を見ない方が良い。

 何故ならば、フィオは倉庫から上下左右鏡で敷き詰められた部屋へと瞬間移動していたからだ。


(落ち着け落ち着け落ち着け……! 魔法の発動は感じなかった、感じなかった)


 フィオが感じなかったのならば魔法は発動していない。それは絶対だ。

 しかし、そうでもないとおかしいことが起きた。故に、動揺を隠せなかった。


 ――故に玉座にある宝玉の存在に気付くのが遅れてしまった。


「違う……。魔法は発動してい」


 状況を把握するのにかかった時間は存外短かった。

 共鳴する魔力、あの時点で魔法はすでに発動していたのだ。

 その言葉を最後まで口にすることはできなかったが。


 誰もいない部屋の中央で宝玉はひっそりと共鳴を止めた。

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