一抹の不安

「おうおう、了解。二人には言っておく。……あいよ。じゃあ、気をつけてな」


 通信端末からフィオの声が聞こえなくなるのを確認し、執事のミハエルさんに返す。

 前日は一人で見直した方が良いとのことになり、四人での最後の勉強会を予定していた。しかし、フィオが生徒会に呼び出されたため、待っていたのだがすぐには帰ることができないらしい。

 詳しい話は聞いていないが、声色からして真面目なものとみた。思えば、入学当初からたまに手伝っていたけど、知り合いでもいるのだろうか。


「フィオ君どうでしたか?」

「生徒会の用事って何なの?」


 リビングへと戻ると、レイナとアイリスがノートから顔をあげ、聞いてきた。


「内容は知らないけど、時間がかかりそうだって。もしかしたら、帰るのが遅くなるかも」

「そうなんですか……。試験が近いのに大丈夫でしょうか」

「フィオフィオは優秀だから大丈夫でしょ!」

「アイリスに同意。フィオならそつなくこなすでしょ。両方な」


 日ごろからコツコツと勉強をこなしているフィオが試験でやらかすとも思えないし、生徒会の手伝いが何かは知らないけどミスをする姿は想像できない。

 子供っぽいところはあるが、冷静沈着って言葉も似合う親友だ。


「だと良いのですが」

「レイナは心配性だなあ。少なくとも試験に関しては俺の方が危ないぞ!」

「自信満々に言うことじゃないよ!」

「無駄なことに自信を持つのが趣味です」

「趣味なの!? そこはせめて特技でしょ! いや、特技でもダメだけど! でも、趣味って狙ってるな貴様!」

「ふん、ばれちゃーしょうがねえ! おうとも、狙ってるさ!」

「……な、なにを?」

「お前の心を……」

「ユ、ユーヤ!」

「アイリス!」


 馬鹿の極みを披露する俺とアイリスは、レイナのツッコミ未満のリアクションを待つ。

 だが、レイナは浮かない顔で恐らくフィオの心配をしている。もちろん、俺たちのアクションなど見ているはずもない。

 仕方がなく、椅子に腰を下ろす。立ち上がっていたアイリスも何事もなかったかのように着席した。


「今までも生徒会の手伝いしてきたんだし大丈夫だと思うぜ」

「……はい。ちょっと嫌な感じがしただけなので」

「うー、レイナの勘かあ」


 それまで普通にしていたアイリスが苦い顔をする。


「レイナの勘って当たるのか?」

「えーっと、うーん、そうだねぇ。結構当たる、かな」

「は、外れる時もあります!」


 むしろ、百発百中だったら予知だ。

 なるほど、心配する理由はあったのか。根拠が勘だってのは正直眉唾だが、魔法が占星術師と呼ばれる占いがある世界だからなあ。

 それでも、やはりフィオがピンチに陥る姿は想像できなかった。マスターゴブリンの時など結構なピンチだったのだが、あれは運が悪すぎたし。

 逆に言えば、レイナの勘が当たるとしたら、それほどの想定外が起きた時……。

 うーん、何だか俺まで不安になってきた。よくよく考えると、フィオはあれで結構抜けたところがあるし。


「そうだね! 外すときは盛大に外すのがレイナだからなあ。恥ずかしさで学校に来れないかもよ」


 アイリスが空気を変えるために、ニシシと意地の悪い笑みをレイナにぶつける。


「わ、私そんなことで部屋にこもるとかしないよ!」

「えぇ~、でもでも、昔はあったよねえ。えーっと、いつだったかなあ」

「あーーー! だ、だめです! その話はダメです!」


 どうやら恥ずかしい過去があるらしく、レイナが顔を真っ赤にしてアイリスの口を塞ごうとする。


「レイナの恥ずかしい過去、自分興味あるっす!」

「ユ、ユーヤ君!?」

「ユーヤがそこまで言うなら、僕もやぶさかではないね! 教えてしんぜよー!」

「ア、アイリス! ダメですダメでーす!」

「ははあ、アイリス様アイリス様。ありがたやありがたや、あなたはきっと女神の生まれ変わりだ」

「何でいきなり土下座してるんですか!?」

「ふふん、生まれ変わりじゃなくて女神そのものだよ」

「アイリス、神官様に怒られちゃうよ!」

「女神アイリス様、それでレイナの秘密とは」

「あー! あー! あー!」

「それはねそれはね」

「うー! うー! うー!」


 俺とアイリスの間を行ったり来たりするレイナは最終的に言語を失っていた。

 何とかして会話を遮ろうとしたのか、発音のしやすい「あ」と「う」のみをひたすら口にし続ける。

 その姿は普段とのギャップがあり、はい、凄くいい感じです。ぞくぞくします。ふふふ。


「ふふふ、レイナ可愛いよ……」


 アイリスが眼をトロンとさせ、今にもよだれをたらしそうな口元で呟く。

 その乙女としてはあるまじき姿だが、同じ胸中にあった俺は同意するように強く頷く。


「アイリス……」


 終いには目の端に涙を溜め始めたため、名残惜しいがお開きとする。


「ごめんごめん。言わないよ、当たり前でしょ。僕がレイナの秘密を言うと思う?」

「言いそうです」

「がーん」


 レイナの直球にアイリスがショックを受ける。

 当然の感想だよな。


「ふ、ふふふ、自分は関係ないって顔してるね、ユーヤ」

「顔も何も関係ないだろ」


 引きつった笑みのまま、アイリスがレイナへと問う。


「ねえ、レイナ。もしユーヤがあの事を知ってたら言いそう?」

「言いそうです」

「がーん」


 即答され、胸を押さえうずくまる。

 く、くそ、何故だ。何故だがダメージが大きい。

 むくれているレイナは可愛いはずなのに、いや可愛いからこそショックを受けるのだろうか。

 わからない。けれど、悲しいです。そもそも、知らないのに……。


「そ、それで結局秘密って何なんだよ」

「……黙秘権を行使します」

「俺、無駄にショックだけ与えられたのかよ!?」

「まあまあ、ユーヤさんや。少し落ち着きなさい」

「いやいやいや、何で元凶のアイリスになだめられないといけないんだよ。責任取って教えろ」

「ダメです!」

「本人がこう申しているので」


 ごめんごめん、と舌を出して謝るアイリス。

 とてもあざとい。あざといが可愛いなちくしょう。


「僕としては微笑ましいエピソードなんだけど、レイナにとっては消したい過去なんだよね」

「やめろ! 気になるから情報を与えるな!」

「も、もう勉強再開しますよ!」


 レイナと俺の尊い犠牲によって場の空気は普段へと戻り、本来の目的を果たすためノートへと視線を落とすのであった。

 一抹の不安は残したままだったが。


 ――その日、フィオが帰ることはなかった。

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