生徒会の頼み事
生徒会――生徒を代表する五人のメンバーによって構成される集団。
地球のとは違い、ローランス学園のそれには個性豊かな面子が顔を並べる。
当然だ。教員の推薦を受けなければ候補に入ることすらできず、尚且つ試合の結果で決められるからだ。
彼らは生徒を代表する実力者達であって、人格者ではない。上に立つに相応しくない人物が務めることも多々ある。しかし、問題児はむしろ生徒会に放り込むことで、被害が抑えられるているのだ。
上には上がいる。それを彼らは知ることになる。
歴代の生徒会長、彼らのほとんどは確かに人格面に問題があった。だが、その力をひけらかすこともしない。実力を誇示することに拘るレベルではトップに立てないのだ。
現生徒会長――ソフィア・ウィンザーもまた長として、それなりにはバランスを取っている。あくまで気まぐれ程度ではあるが。
それでも、彼女の存在そのものが抑止力となるため、足りないところは他の役員が補っている。
唯一、争うことなくトップが決まった世代だけあって、纏まりがあるのだ。一人、例外もいるが、連携を取らないだけでソフィアを上だと認めている。
そんな化け物の巣窟にフィオ・カーティスがいた。
副会長の推薦もあり、入学直後から度々手伝いを強要されてきたため、今更緊張する理由はないのだが、その顔はとても強張っている。
「そう固くなるな。別に取って食おうと言うわけではない」
一つ、いつもは副会長に呼び出されるのだが、今回は会長直々の呼び出しであった。
「ユーヤ」
「ッ!」
一つ、フィオの親友である藤堂雄也(とうどうゆうや)が先日の一件により、ソフィアに眼をつけられた可能性がある。
「の話ではないぞ」
「そうですか……」
悪い予想が外れ、心の中で一息つく。
名前を覚えられているため、依然として油断はできないが、少なくとも今のタイミングで事を起こされるのは困る。試験が目前に迫っているからだ。
しかし、雄也関連ではないとなると、フィオには会長がわざわざ自分を呼び出す理由は思いつかない。
「まあ、興味があるのは確かだがな」
「ウィンザー先輩ほどの人が」
「カーティス、嘘は良くないぞ」
真紅の瞳に射抜かれ、体が縮こりそうになるのをフィオは気力を振り絞って耐える。
その姿にソフィアは口角を少しだけ釣り上げた。
「ユーヤの力にはムラがあります」
「ああ、そのようだな。一手目と二手目以降、明らかに反応速度が違った」
「試練の洞窟では、あくまで基礎能力が高いだけの素人でした」
英雄の記憶の副作用により、藤堂龍之介(とうどうりゅうのすけ)の力の一部を受けついだものの、初の実戦と言うこともあって雄也は力を出し切ることが出来なかった。
もちろん、フィオはそのことに気づいている。
持っている力にしては欠ける経験。不思議に思わなかったわけではない。しかし、問うことはなかった。
「らしいな。記録を見た限りはな」
試練の洞窟での戦闘は基本的に記録されている。
帰還石にその機能がついているため、英雄の記憶の使用とその力を知られなかったのは不幸中の幸いであった。
「同時に、マスターゴブリンを倒した可能性があるのはユーヤだけだ」
「記録を見たのなら知っていると思いますが、あの魔方陣の起動が失敗したと考えるのが妥当かと」
その返答は予測していたフィオが矢継ぎ早に答える。
雄也のそれまでの戦いぶり、角付きマスターゴブリンの力、戦場痕、これらから学園はユーヤの発言通り魔方の失敗が理由だと判断した。
保存の魔法がかけられていたとはいえ、あの部屋は相当な年代物である。大規模な魔法行使が失敗する可能性は十分ある。少なくとも一学生が倒した可能性よりは高い。
「カーティス、嘘は良くないと言っただろ」
その言葉が意味することをフィオは瞬時に理解した。
ソフィアに関して一つの噂がある。あの全てを吸い込むかのような美しい瞳は、魔眼であると。
歴史上、多くない人間が保有した事のある魔眼だが、フィオの魔力を見る物以外にも種類がある。だが、どの魔眼であれど共通していることがあった。
――魔力の残滓を見ることが出来る。
フィオの眼と違って、内に秘める潜在的な物から現在の魔力状況までの全ては見えないが、強大な魔法を使った後に残る残滓は見ることができるのだ。
だからこそ、あの黒き魔力すら凌駕した蒼き魔力の存在を知っている。
教員の中にも気づいた者はいたが、それぞれの思惑の下で報告しないでいた。
「カーティスの心配もわかる」
「…………」
いつになく楽しげなソフィアにフィオは強い苛立ちを覚える。
脳裏に浮かぶのは“親友”の笑顔。どうしても、彼をソフィアと関わらせたくなかった。
「安心するが良い。あれだけの才覚、育つ前に摘むのはもったいない」
(黙れ……!)
フィオは心の中で叫ぶ。
ソフィアは何もわかっていない。それは彼女の性格がどうとかの話ではなかった。
(見えないくせに……!)
蒼き魔力、それはフィオの世界での話であり、それ以外の魔眼持ちにはただの強大な魔力でしかない。
この世界に魔力を持たない生き物はいない。人もその他の生き物も行きつく先は魔力。個々に差はあれど、持たぬ者はいない。
そして、フィオにとって魔力は人を識別する絶対的な符号でもあった。
貴族の生まれであるフィオは今まで様々な人間を、魔力を見てきた。
ある時は英雄と呼ぶに相応しい圧倒的で力強い魔力を、ある時は女神と呼ぶにふさわしい優しい魔力を、ある時は吐き気を催すほど歪んだ魔力を。
だが、どの魔力であってもフィオの琴線に触れることはなかった。理由など本人にもわからない。ただ、率直な感想であった。
しかし、あの時、ローランス学園の試験を受けに行った時――
風が吹いた。蒼き蒼き風がフィオの心を通り抜けた。
その源にいたのは何やらきょろきょろと周りを見渡している一人の少年。
ここらでは珍しい黒色の髪に薄い茶色を帯びた瞳、東方の出身だろうか。特段、変わった存在でもない。
けれど、確かに彼から蒼き風が、魔力が、優しく、そして力強く流れている。それはフィオが今まで味わったことのない感覚。
意識して見ないようにしていたはずなのに、その魔力は否応なしに眼に入ってくる。それもまたフィオにとって初めての経験。
何より――
『綺麗……』
これほどの魔力に当てられながらもフィオの眼が疲れる気配はない。フィオの常識からしてありえないことだった。
キラキラと輝く、美しい蒼き魔力に心を持っていかれるのは必然である。
この後、フィオはユーヤに声をかけ、友人となり、今日この日も居候させているのだが、本当ならするべきではなかった。
魔力を見ることができる眼、ユーヤに明かした秘密には続きがあった。
それはまたいつの日かフィオの口からユーヤへと語られる。
「ユーヤに手を出すことは許さない」
冷静沈着、その性格を知っている生徒会役員が一斉にフィオを見る。
フィオらしからぬ言葉。何故なら、相手は――
「それは、私に対する宣戦布告と取って良いのか?」
学園最強、ソフィア・ウィンザーは教員含んだとしても本当に一、二を争いかねない化け物である。
今すぐにでも魔導士として最前線に出ることができると太鼓判を押された存在だ。
フィオも優れた素質と努力の持ち主だが、彼女には遠く及ばない。
ここで謝れば運が良ければ許してもらえるかもしれない。謝るしかない、他の役員の考えは同じだった。
「そう思ってもらって構いません」
しっかりと眼光を受け止め、フィオは努めて冷静に答えた。
その様に見守っていた役員は心の中で称賛すると共に、この後に想定される惨劇にため息をつく。
「……ふっ、ここで摘み取るには惜しいか。仕方がない。その勇気に免じて、ユーヤとやる前に必ず決着をつけよう」
役員は肩透かしを喰らうハメになり、お互い顔を見合わせる。会長にしては不自然に優しい。
「わかりました」
ソフィアの言葉にフィオは小さく一息つく。
彼女は非情なところはあるが、約束を破るような非道さは持っていない。言ったからには最初のターゲットは自分になるはずだ。
勝てるかどうかはわからない。いや、十中八九負けるだろう。
それでも、ユーヤとソフィアを本気でやり合わせたくない。可能性がある限り、それを投げ出すわけにはいかなかった。
「話が逸れてしまったな。まあ、ユーヤの事を聞きたかったんだが、それはまた今度にしよう」
「聞かれてもお答えするとは限りませんが」
「それなら、直接本人に聞きに行くとしようか」
「ぐっ……! それより、要件は何ですか」
「ふふっ、要件は……エステ」
悔しそうにするフィオを楽しみつつ、近くにいた副会長を呼ぶ。
「はいは~い、フィオ君は最近出回っている噂は知っているかな」
「図書館の噂の事ですか」
「はい、図書館の噂の事です」
「それならルース・ウェルズリーの最高傑作があるとかどうとかと」
「そこまで知っているなら話がはやいですね~。結論から言うと、その噂はな~んと本当かもしれません」
「かもしれない?」
フィオが眉を顰める。
「ルース・ウェルズリーが関わったのは本当なんですが、何かが眠っているかはわかりませ~ん」
本当にルース・ウェルズリーが関わっていたとは、と驚く。
「それで僕に何をしろと。捜索はされたんですよね」
「はい~。わかった時に一通りは」
「なら僕に何をしろと」
「あのですねあのですね~。ルースさんは相当な偏屈さんだったらしく、自宅にも隠し部屋が後々発見されたとか結構あるみたいなんですよ~。だから、もしかしたら“念入りに”隠しているのかも」
「……一学生に、試験間近にやらせることですか」
フィオが本気になれば、いくら稀代の研究者の作った隠し部屋でも発見することができる。あくまで魔力を使ったものであればだが。
「正論だな。正直、私もそんな危険なことはさせたくない。何かがあったらもったいないからな」
ソフィアが割り込んでくる。
「危険なこと、ですか」
「その~、星読みさんの占いによってですね。眠っている何かのせいで学園が大変なことになっちゃうってでたんですよ~」
「占星術師が……!」
ようやくフィオにも事態が飲み込めた。
「要するにお前だけでなく、私たちも色々な場所を当たるわけだ。もちろん、教員たちもな」
「占いだと~場所は特定できなかったので、学園の保有する施設全てを調べなくてはならなくて~」
「だから、猫の手も借りたくてな。まあ、眉唾であろう噂の調査をお願いしたいわけだ」
そこでフィオは初めてソフィアを除く役員達が隈を作っているに気づいた。
余裕はあまりないようだ。ソフィアだけはぴんぴんとしているが。
「どうですか~、頼めますか? フィオ君なら手間もかからないと思うんだけど」
副会長――リリアン・エステは、フィオの秘密を知っている数少ない人物だ。
それなりに世話にもなってきたし……入学してからそんな言い訳を何度もしつつ、仕事を手伝ってきたのだが。
「わかりました。事態が事態ですし」
「ありがとうございます~」
「ですが、人がいない状態でないと」
「わかってますよ~。後、一時間もすれば生徒は全員帰宅させられるので、それからお願いしま~す」
「わかりました」
眼の事がばれたくないのはもちろんだが、人が多いと彼らの魔力が邪魔になって調べることが難しい。
「私たちもこれから出かけるので、何かあれば連絡を入れてください~。くれぐれも無茶はしないでくださいね」
「先輩も無理をなさらないように」
「もう~、私だって立派な生徒会役員なんだからね~」
頬を膨らませてぷんぷんと怒るリリアン、あざとい行為だが何故だか似合っていた。
「人が足りないようであれば、ユーヤに手伝いを頼んでも良いぞ」
「何故、先輩が許可を出すんですか。頼みません。あいつは試験勉強で忙しいんで。それでは失礼します」
ソフィアのからかいを受け流し、フィオは生徒会室を立ち去るのであった。
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