お手伝い

 明日の休日を挟み、明後日はいよいよ試験初日だ。

 一週間、三人に面倒を見てもらったおかげで、不安はだいぶ払拭された。

 とは言え、初めては何であれ緊張するものだ。特に、不安は減っても自信はないので油断はできない。

 なので、今日も今日とて試験勉強をしに図書館へとやってきた。

 レイナは用事があるとのことで帰宅、フィオはまた生徒会の人たちに呼ばれたとかで後で合流、アイリスは理由は知らないが不参加とのことで、今は一人である。

 比較的早めに授業が終わったため、図書館にもほとんど人がいない。

 何となく全体を眺めていると、本の整理をしているおじいさんが眼に入った。

 年の頃は正確にはわからないが、緩慢な動きで本が入っているだろう箱を運んでいる。


「手伝いましょうか」


 声をかけると、おじいさんは少し遅れて満面の笑みを浮かべて、


「すまないね。手伝ってもらえるかい」

「これを運べばいいんですよね。あ、持ってる箱も一緒に運ぶんで。――よっこらせっと」


 本が詰まっている箱を持ち上げる。三つもあったので、相当重いかと思ったが案外軽い。

 そんな俺の姿におじいさんが満足げにうなずく。


「うんうん、自然な身体強化だね。三年生かな」

「いえ、一年生ですけど……身体強化?」

「おや、もしかして無意識なのかい」


 聞きなれない言葉に首をかしげると、おじいさんは少し驚いたようだった。


「まあ、効果は何となくわかるかな。魔力を循環させ、通常より多くの魔力を身に纏う魔法だよ」

「へえ、そうなんですか。魔法なんて最近やっと使える様になってきた、はずなんですけど」


 わかった風に返答しているものの、正直良くわかっていない。

 確かにイメージは読んで字のごとくなので想像できる。しかし、そんな魔法使用しているつもりが全くないのだからピンとこないのも仕方がない。


「はっはっはっ、面白い子だね」

「うぬぬ、褒められているのか褒められていないのか」

「ふふふっ、褒めてるよ。どうやら、放出系が苦手みたいだね。授業でやるのはそっちが多いから気づかないのも無理はないか」

「放出系?」

「一般的に魔法と呼ばれるものは、魔力を形質変化させ、体外へと放出するんだ。ファイアーボールとかだね」

「はい」

「それとは魔力の扱い方が根本から違うのが、身体強化などの魔力を体の中に流す増幅系と呼ばれる魔法だ」

「根本から違うんですか?」

「まあ、どちらもできる人からしたら一緒らしいけどね。違うとされているよ。形質変化をさせる、させないだけでなく、増幅系はより繊細な操作が必要なんだ。教科書に載っている分類はこの二つだけど、本当はもっともっと細かく分けることができると思うんだよね」


 生き生きと魔法の説明をしてくれるおじいさん、その姿を見ていると何だかこっちまで楽しくなってくる。


「身体強化だって人によって個性が出たり、オリジナルと呼ぶにふさわしい魔法へと昇華させる人もいるんだ」

「それは凄いっすね。オリジナルの魔法って、ロマンですよね」


 キラッとおじいさんの眼鏡が光った、様な気がする。


「そうなんだ! オリジナル魔法、その人だけが使える唯一無二の必殺技! ああ、子供の頃に憧れたものだ……。わかってる、汎用性の高い魔法を生み出すのも素晴らしいことだと。だけど、誰もマネすることができない究極の魔法はロマンだ!」

「いいっすいいっす! 誰もマネできないとか、唯一無二とか、究極の必殺技! くぅー! カッコいい!」

「わかってくれるかね!」

「わかりますとも!」


 二人で盛り上がっていると、何やら白い視線が背中に突き刺さる。

 そういえば、ここは図書館であり、今は試験間近なのだった。最近、図書館で騒ぎすぎている気がする。


「こ、こほん。箱は奥の部屋に運んでくれないかい」

「は、はい」


 こそこそと関係者以外立ち入り禁止の扉の中へと入る。


「つい、興奮してしまった。申し訳ない」

「はははっ、俺もテンション上がっちゃいました」

「今までわかってくれる人があまりいなくてね」

「え、いなかったんですか。共感してくれる人、結構いそうですけど」

「学生の頃はそれなりにいたけど、研究者としてそういう業界に入ると中々、ね」

「研究者だったんですか。道理で」

「本当は研究者より魔導士になりたかったんだが、色々事情があってね」


 だからこそ、おじいさんは一般向けな物より魔導士向けな物の研究に勤しんでいたらしい。

 それも寄る年波には勝てず、三年前に父親の後を継いで、図書館の管理している。


「若い頃からしばしば通っていたんだけど、私が継いでからは毎年面白い生徒が入ってきてね。彼らの行く末が楽しみだよ」

「長年研究に携わってたおじいさんが言うんですから、相当凄いんですね」

「まあ、私は魔法を操る方面はさっぱりだったから、そこまで信頼されると困るかな。それでも、彼らの才能は凡人でもはっきりとわかるレベルだ。難点は、性格が少し……いや、結構変わっていることかな」

「はあ、性格ですか」

「愚痴っぽくなって申し訳ないんだけど、三年生の彼は力への責任感が少しばかり足りなくてね。良く問題を起こしている。今年度の初めには寮を壊したとかで謹慎させられてたとか」

「あ、寮の……」


 フィオ家にお世話になる切っ掛けとなった寮破損事件の犯人らしい。

 あまり会いたくない人物だ。


「でも才能はピカ一で入団後、騎士団に入ることが決まっていてね。そこで上手いこと手綱を握れる人がいれば良いんだけど」

「知っている子なんですか?」


 真剣に心配している様子だったので、そう問うとおじいさんは笑い声をあげる。


「彼の事は私が一方的に知っているだけだよ。この歳になってくると、若い子、特に才能のある子たちには頑張ってほしくてね。それに私は前線にでる仕事をしたかったから、そっちの方向に行く生徒たちのファンみたいなものだよ」

「その気持ち、何となくわかるかもしれません。夢を乗せるって感じですよね」

「そうだね。勝手に乗せてしまっているだけだけど、やっぱり子供たちの奥に未来を見てしまうよ」


 どこか遠くを見る眼をしている。進めなかった道の先を見ているのかもしれない。


「そういう意味では、二年生の子の方が夢を乗せちゃってるかな。彼女はまず間違いなく優れた魔導士になるだろうからね」

「凄い先輩がいるんですね」

「ふふっ、ソフィア・ウィンザーと言ってね」


 知ってるようで知らない名前、できれば忘れたい名前が聞こえた気がする。


「ウィンザー、先輩」

「元々、ウィンザー家は優れた魔導士の家系ではあったけど、彼女の才覚はずば抜けていてね。ローランス学園史上最高の逸材とまで言われている。……残念なことに、その才覚故に問題を抱えているんだけど」


 思い出されるは全てを見抜かんとするほどの綺麗な真紅の瞳。そして本人曰く“お試し”と称した攻撃。

 人格面に多大な問題があるのは明らかだ。


「魔法だけでなく、勉学、武術すら彼女に張り合えるものは学園にはほとんどいなくてね。後者二つなら近しい能力を持つ生徒もいるけど、魔法に関しては学生のみでありながら国内トップレベルと言っても過言でない。そして、それらの評価も半ば興味を失った状態の彼女に対してなのだから恐ろしい」

「興味を失った状態……。それって何でもできるから張り合いがないって感じですか」

「そんな感じだね。だからか、興味を持てるものをいつも探しているように見えるよ」


 初めての邂逅が邂逅だったため、そんな印象は全く持っていなかった。

 ただフィオや周囲の反応の理由は大体わかった。そりゃ、怒られるわ。

 学園内では彼女の興味をひかない様に努めるものなんだな。

 しかし、天才は天才なりの苦難があるわけだ。凡人には理解できない。

 ふと、“英雄の記憶”の事を思い出す。あれは家系に伝わる能力らしいので才能なんだろうけど、人生の大半で所持していなかったため違和感が先に来る。

 実際、空を含めた地球の友人たちに聞けば、皆凡人との答えを返してくれるだろう。

 ……改めて考えると、ありがたいことだ。凡人だからこそ、もらった力の尊さが身に染みてわかる。使いこなせないのだが。


「先輩が興味を持ったらどうなるんですかね」


 具体的な返答が欲しかったわけではない。ただ、素直な感想を口にしただけだった。


「壊されるんじゃないかな。彼女に」

「……壊されちゃい、ますか」

「彼女ほどではなかったが、才能溢れる友人がいてね。似た感じでいろいろな物に手を出しては、それを専門にやっている人の自信やプライドを砕いていたよ」


 悪気があってやってたわけじゃないけどね、と続けるが何の擁護にもなっていない。


「壊してやろうなんて思っていないだろうけど、ただただ全力を出せる場を探しているからね。周りが耐えられないんだ」

「お、恐ろしいですね」

「正直、恐ろしかったよ。……君は気を付けた方が良い。興味を持たれそうな雰囲気を持っているからね」

「き、気を付けます」


 真剣なトーンと表情で忠告されたため、もう遅いですなどと言えるわけもなかった。


「おっと、長くなってしまったね。手伝ってくれてありがとう。とても助かったよ」

「いえ、大したことはしていないので」

「お駄賃代わりと言っては何だが、君は無意識でしているみたいだから。――魔力量の問題で身体強化は全身に巡らせるのが一番難しく、基本的には体の一部だけに展開するものだ。この時、体の一部とは拳や足だけでなく、君が意識すれば様々な効果を増幅することができるよ。特に、全身強化ができる君がそれらを一部に集中したら、とてつもない効果を発揮するだろう。……例えば、眼とかを増幅するとどうなるんだろうね」

「……えっと、はい、覚えておきます」

「頭の片隅にでも入れておきなさい」


 いきなりの講義に圧倒されるも、言っていることは何となくわかった。

 まず使っていることにすら気づいていないのだが、将来的に操れるように言われた通り、今は片隅に留めておくことにする。

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