危険な先輩
女子の噂好きは地球でも異世界でも同じことがわかってから数日、試験が近づくにつれて図書館は落ち着きを取り戻していった。
流石に、通常と比べると生徒の数は多いが、ペンを走らせる音と頁をめくる音が鋭い。
上級生だろうか。眼元に濃い隈を作りつつ、ぼそぼそとノートの内容を読んでいる。良く見れば、近くに座る生徒の多くが隈を作っていた。
「お、俺、卒業できるかな……」
不安に襲われ、思わず口にすると隣にいたフィオが即座に反応し、
「大丈夫。“親友”の僕がいるから」
「ありがとう“親友”……!」
キラキラと輝く王子様スマイルのフィオの手を取り、涙を流しながら感謝する。
親友呼びには慣れた。むしろ、感化されつつある。
近くにいる女子生徒達がひそひそと何かを言っているが、深いことは考えないようにしよう。真っすぐな眼でやましいことはないか、と問われたら答えにつまってしまうからだ。
「先の事が不安になるのはわかるけど、今は目前に迫った試験に集中しよう」
「そうだな。フィオやレイナ、アイリスに付き合ってもらったおかげで、大分わかるようになってきたぜ」
「まあ、ユーヤは知らないだけで理解できないわけじゃなかったからね。教える身としては楽だったよ」
「いやいや、三人とも教え方すごく上手かったって」
「ユーヤの国は教育システムが整ってるんだよね。だからか、考え方と言うか、思考の仕方を知っている感じかな。多分、ユーヤの周りもそれが普通だったからわからないんだと思うよ」
「そういうもんなのか……」
優しく諭すように、それでいて羨ましそうなフィオの姿に、改めて恵まれていたことを知った。
地球、少なくとも日本では命の危機を感じることもないし、教育だって不自由なく受けてきた。
ローランス学園には恵まれた子供たちが多いけど、一歩外に出ると違うんだろうな。
「うん、俺、恵まれてる」
「僕も自分が恵まれてると思ってる」
「生まれ育った故郷はもちろん、友人にも恵まれてきた。……今もな」
「……はあ、君はいつもいつもストレートな物言いを好むよね」
嬉しそうに、そしてどこか困ったように少しだけ唇を緩める。そんな表情を見せられると、俺も自然と口が緩んでしまう。
「そこの一年」
「はい?」
俺たちが友情を確認していると、後ろから聞き覚えのない声が聞こえてきた。
振り向くと、そこには銀色に輝く髪を携えた女性が立っていた。
身長は女性の平均身長より少し高い程度だが、その身に纏っているオーラのせいだろうか。大きく見える。
真紅の瞳は、色の性質とは正反対に冷たく、鋭い印象を受ける。制服姿のため正確にはわからないが、スタイルも良いと考えて間違いないだろう。
「仲が良いのは結構だが、図書館では静かにするように」
「あ、すみません。気を付けます」
「うむ。素直でよろしい」
「ウィンザー先輩、すみません」
「カーティスも素直でよろしい」
どうやらフィオはこの人と顔見知りみたいだ。
なら、しっかりと挨拶をしておくか。
「ウィンザー先輩って言うんですね。俺は藤堂雄也。雄也が名前で、藤堂が名字、気軽に雄也って呼んでください」
「ユ、ユーヤ……!」
俺の言葉に周囲が騒然とする。そして、フィオが慌てて口を手で塞いできた。
「ふ、ふぃお?」
「す、すみません! ユーヤは東方の国の出身で、ちょっと常識に疎いところがありまして! あ、あと生来の馴れ馴れしさもありまして、その悪気があったわけでは……!」
「はふほほ、ふぁたやっへほーふぁか」
「何がまたやってしまったかだ! 少し黙ってろ!」
事の大きさがわからないので悠然としていると、フィオに本気のトーンで叱られてしまった。
首を動かすと怒られるので、眼だけ動かして周りの様子を確認する。
多くの生徒がこちらを見ながらこそこそと話をしている。興味半分、恐れ半分と言ったところか。
最後に正面にいるウィンザー先輩に目をやる。フィオに押される形で斜め上を向いているので、下にある先輩の表情が見えない。
「ふ、ふふ」
それほど大きな声ではなかった。しかし、その声は穏やかな水面を揺らすように部屋に響き渡り、自然と静寂が作られる。
「ふふふ、はははははっ!」
「……ウィ、ウィンザー先輩?」
「ほうひふぁんへぇふふぁ」
突然、大笑いした先輩に対しフィオが呆然と名前を呼ぶ。
どうしたんですか、と聞こうとしたが、未だに口の自由が奪われているため言葉にならない。
「ふふっ、愉快愉快。カーティス、手を放してやれ」
「し、しかし」
「もう一度言う。手を放せ」
「は、はい……」
珍しい光景だ。あのフィオが顔面蒼白にさせられるなんて。
眼前の眼踏みをするかのような視線を向けてくる人は、それほどの傑物なのだろう。
「君、トウドウユーヤと言ったか」
「ええ、こちらの言い方だとユーヤ・トウドウですね」
一歩前に出て、挨拶を再度する。
後ろのフィオが緊張からか、体を硬直させたのがわかった。
「私が誰か知っているか」
「いや、知らないです。会ったことありましたっけ」
「ユ、ユー……!」
素直なことに定評がある俺が即答すると、フィオが面白い鳴き声をあげた。
「そうか。知らないか。まあ、君とは初対面だからな」
先輩が真紅の瞳を俺へと向けてくる。一瞬、体に電流のようなものが走るが、すぐに消えた。
そんな俺の様子をみて、先輩がニヤッと唇をゆがめる。
「面白いな。私の眼が効かないとは」
言葉の端々に挑発が込められていることは明白だった。
「いやいや、効きましたよ。あまりに綺麗な眼だったんで、吸い込まれるかと思いましたよ」
「そのまま吸い込まれてみるか? 気持ちいいぞ」
「先輩ほどの美人から誘われるとか光栄ですね。けど、すみません。そういうのはまだ早いんで」
「ほお、意外に初心なんだな」
「知らないんですか? この年頃の男の子は初心なんですよ。あと、かっこつけ」
「それは知らなかったな。何分、近い歳の異性と接する機会は少なくてな」
「あ、そうなんですか。箱入り娘ってやつですね。良いんじゃないですか」
「私と同じ目線でいられる奴が少なくてな。私自身の問題じゃない」
「先輩、綺麗ですからね。男としては気後れしちゃいますよ」
「ふふっ、君はそのようには見えないが」
「ははっ、これでも緊張していますよ。わかり辛いだけで」
「それなら、私も緊張してるぞ。わかり辛いだけで」
――斬。
会話の最中、一歩また一歩と距離をつめていた先輩が無造作に手をふるった。
「どうしました、先輩。もしかして、こうやって手を繋ぎたかったんですか」
「ああ、察してくれて助かるよ」
呼吸するタイミングを狙った必殺の一撃を、俺はすんでのところで掴むことに成功した。
内心、冷や汗ものだが、表情には出さない。そうあれと心が訴えてくる。
脳裏に“英雄の記憶”が浮かび上がり、表紙がパラパラとめくられていく。そして、あるページで止まった。
――斬斬斬斬斬斬斬。
自由な右手で放ってきた七連続の手刀を、残っている左手で全て受け流す。
先ほどの一手とが違い、通常の俺なら反応することができないスピードだった。二度体験した、あの万能感には及ばないものの、“英雄の記憶”が発動しているようだ。
「ッ」
「ちっ」
掴んでいる右手に違和感を覚え、咄嗟に魔力を放出する。
試練の洞窟以降魔力操作は随分と楽になったが、やはりいつもより何倍も速い。
「あっ……ウィンザー先輩!」
呆けていたフィオが我に返り、先輩の名前を呼ぶ。怒気が混じっているのは俺への攻撃が原因だろう。
「わかってるわかってる。ただのお試しだ」
「お試しってことは、感想を聞いても良いですか」
俺の挑発に、先輩は本当に、本当に楽しそうに微笑みかけてきた。
まるで、長年追い求めていた恋人にやっと会えたか……あっ、そんな表情は知らないや。
「良かったぞ。とてもとても、な」
「そいつはどういたしまして」
「ユーヤ」
先輩が名前を呼ぶ。今日一番のざわめきが起こる。
「次はもっともっと楽しもう」
その言葉に、わくわくと返事を待つ姿に、何と返したものか。
めんどくさいし、どうにか穏便に済ませたい。
「え、嫌です」
「~~~ッ!!?」
気づいたら口が勝手に動いていた。伊達に口から先に生まれてきたと言われていない。見事な反射である。
フィオの様子をソーっと覗くと、感情が高ぶりすぎたのか、表情は豊かなものの言葉が出てこないようだった。
「あーはっはっはっはっ!」
後にくる説教タイムにげんなりしていると、先輩が少し遅れて再び大笑い。
「ふふふっ、ユーヤは面白いな」
「良く言われます」
「能力は申し分なし、度胸も十分、容姿は……まあ、及第点か」
「失礼ですね。出るところに出ればモテモテですよ」
何を隠そう地球時代は近所のおばさんたちのアイドルだったのだ。
加えて近所のちびっこたちのアイドルでもあった。
「私と並び立つとしたらどうだ」
「……あー、そう言われたら及第点でも高いぐらいですね。ウィンザー先輩「ソフィア」はい?」
「名前だ。ソフィアと呼べ」
また周囲がうるさくなる、と思ったのだが、特段反応はなかった。
先輩が名前を呼ぶのがレアだったのか。
「ソフィア先輩は綺麗ですからね」
「まあな。それではユーヤ、用事があるから私は行く」
「お疲れ様です」
「ユーヤもな。……また今度」
去っていく際の流し目の先輩は、それはそれは色っぽかった。
レイナ、アイリスと俺の周りにいる女性にはない色気がグッジョブ。
「しかし、キャラが濃い人だったな」
何とか捌けたが、あの手刀は一歩間違えたら怪我をしていたのではないか。それに、他にもいくつか仕掛けられたみたいだし。
危ない先輩だ。近づかないようにしようっと。
「とりあえず、勉強しようぜ」
「…………」
「フィオ?」
「……か……に…………れ」
「え?」
「そこに……なおれぇぇぇええええッ!!!」
「え、えぇぇぇえええええッ!!?」
鬼の形相を浮かべるフィオ。その鬼気迫る表情は夢に出そうなほどだ。
そして、即座に帰宅を強いられ、長時間に及ぶ説教を喰らうハメとなるのだった。
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