図書館の噂
「ねえねえ、知ってる?」
「知ってる知ってる!」
騒がしくも楽しい休日が終わった週明けの教室は、いつもと少し違った雰囲気に包まれていた。
授業が始まるまでは友達と雑談するのは地球も異世界も同じで、どちらかと言うと女子の方が好むのもまた同じである。なので、女子の方が騒がしいのはいつも通りの事なのだが、熱に浮かされている、落ち着きがない、言葉にするのは難しいが、とにかく違和感を覚える。
フィオに聞いてみると、やはり同じ感想が返ってきた。やって来たレイナに問うも詳細は知らないとのことだ。
との話を放課後アイリスにすると、
「ああ、その話ね」
「アイリス知ってるんですか?」
「うちのクラスでも盛り上がってるからねえ。特に女の子の間で」
「女子が盛り上がるって言ったら占いとかか?」
ふと思いついたので口に出す。脳裏に占いで一喜一憂する空の姿が浮かぶ。
「うーん、似たようなものではあるのかな」
「どういうことだ?」
「占いだと星読みは一般的でしょ。そういう意味じゃあ占いじゃないんだけど、目的は占いに近いんだよね」
まず、一般的な占いが星読みであることすら知らないのだが、常識かもしれないので触れないでおく。
そういえば、俺が知っている占いなんて血液型占いとか星座占い程度だった。この世界に血液型とか星座ってあるのだろうか。
「占星術師が来たって話は聞かないし、マジックアイテムか何かかい? ……未来観測を最終目的とした魔法の研究をしている占星術師の多くは国に属しているから、早々来ることもないと思うけど」
聞きなれない言葉に疑問を抱いていると、フィオが付け足すように説明してくれる。
顔に出ていたのか。まあ、フィオに心を読まれるのはいい加減慣れた。
できれば、俺がドキマギしているときにもその能力を発揮してほしい。そして、自重してくれ。
「フィオ君の言う通り、占いの目的は未来を知ることだよね。でも、マジックアイテムじゃないんだ。あっ、もしかしたらマジックアイテムかも」
「要領を得ないな。じらさないでハッキリと教えてくれよ」
「仕方がないなあ。学園の図書館、あれの設立者の一人が誰だか知ってる?」
アイリスの質問に、俺たち三人は顔を見合わせ、首を横に振る。
あのバカでかい図書館の設立者、それが占いとどうか関わってくるのだろうか。
「ルース・ウェルズリー。授業でもやってるけど、ユーヤはちゃんと覚えてる?」
「馬鹿にしないでもらおうか! 昨日、フィオから教えてもらったぜ!」
「昨日なんですか、ユーヤ君……」
苦笑いを浮かべるレイナの事は一旦置いておこう。
それより今は、目の前でつまらなさそうに頬を膨らませている奴が優先だ。
「ちぇ、ユーヤなら知らないと思ったのに。つまらないの」
「ちなみに知らないって言ったら」
「勉強しようね」
感情の一切をそぎ落とした、まさに無表情。普段、喜怒哀楽が激しいアイリスだからこそ異質さに強い圧を感じる。
「ってな風になってた! 知っててくれて良かったよ! 先生一安心」
「どんなに先生面してきても、色気のないアイリスを先生とは思えない」
「ひどーい! 僕だって色気ぐらいあるもん!」
「えー、食い気の間違いじゃないのか」
「それは僕に対する挑戦と受け取って良いのかな?」
「やめておけよ、勝ち目なんてないぜ」
「きしゃー!」
殊更、挑発するように上から目線で言ってやると、アイリスは猫の様な鳴き声を上げながら威嚇してくる。
そんな俺たちを見守っている二人は、
「ユーヤは、先生をなんだと思っているんだ……」
「え、じゃあ、クレア先生は」
『それ以上は言ってはいけない』
「え? え? え?」
あきれるフィオは良いとして、レイナの言葉を俺とフィオは真顔で遮る。
レイナは良い子だ。俺やアイリスと違って人をからかうこともなければ、悪口なんてもってのほかである。だからこそ、だからこそ心からの言葉なのだ。
アイリスが言うのと違って、スタイルとか容姿とか、醸し出す雰囲気とか諸々大人なレイナに言われたと知るとクレアさんは間違いなく落ち込む。
「この話題は危ない。話を戻してくれたまえ」
「了解です、隊長」
しっかりと敬礼のポーズをとってくれるアイリスが好きだ。
「それでね、図書館には実は隠された一室があって、そこにはルース・ウェルズリーの最高傑作が眠っているって話。その効果が手にした人の望みを叶えるとか、未来を教えてくれるとか、凄い魔法が手に入るとか。まあ、効果は尾びれ背びれついちゃってるから、原形はわからないや」
地球で言う学園七不思議みたいなものか。
「へえ、そりゃ凄いな」
「でしょでしょ。だから、女子の間で噂が広まってるんだ」
「え、女子の間でですか? その、恥ずかしながら知らなかったです」
「僕も小耳にはさんだだけだよ。気にしない気にしない」
「でも、ルース・ウェルズリーが建設に関わっていたのは知らなかったよ」
どうやらフィオも知らなかったようだ。
「最近わかったんだって」
「何か文献でも見つかったのか?」
ルース・ウェルズリーは何百年も前の人物であるため、証言よりは物的証拠の可能性の方が高そうだ。
しかし、理由までは知らないらしくアイリスは「わかんない」と首を横に振る。
まあ、出どころもわからない噂だし、詳細などわかるはずもないか。
「噂、か。出どころはどこなんだろう。学生が発見したとは考えづらいが」
「図書館にはよく行っていますが、専門の方が来ていた記憶はないですね」
実際、ルース・ウェルズリーが関わっていると判断されたなら、大きな騒ぎになっているだろう。
その上、世に出ていない生涯最高傑作があるかもしれないとなれば、少なくとも生徒の出入りは禁止される。
十中八九嘘だな。まあ、噂なんてそんなものか。
大方、試験勉強でルース・ウェルズリーを知った生徒が言いふらしたのだろう。
「所詮は噂だからな。本当にあったら面白いなって程度で良いだろ」
「そうそう、真剣に考えるものじゃないよ」
「しかし、図書館が混んでいるなって思ったら、そんな理由があったとはな」
「勉強しに来ている人が基本だと思うけどね」
今日も今日とて勉強をするために図書館へ向かったのだが、先週とは桁違いに混んでおり、諦めてフィオ家でやることにしたのだ。
「でも、おかげで久しぶりにフィオ君のお家にお邪魔できたので、嬉しいです」
可愛らしく微笑むレイナ、それに対しフィオはバツが悪そうに視線を逸らす。
避けていたのはフィオの方なので、罪悪感を覚えるのは仕方がない。
そういえば、未だに理由は聞いていないんだよな。いや、正確に言えば聞いてはいるんだが、どうも解釈が間違っていたみたいだ。
「……そういえば、初めて会ったのはこの家だったね」
「もう10年以上前になりますね」
「そうか。もう、そんなに経つのか」
昔を思い出しているのか、遠くを見るような眼をしている。
そして、二人とも同じことを思い出したのか、顔を見合わせて笑い合う。
「良い感じだね」
アイリスが小声で話しかけてくる。
「だな。何だかんだ言って幼馴染だもんな」
「うんうん。にゃは、でも、ユーヤとしては内心複雑なんじゃないの?」
「は? 複雑って、どうしてだよ」
にやにやといやらしい笑みを浮かべるアイリスが顔を近づけてくる。
散々、色気がない色気がないとからかっておいてなんだが、息が触れ合うほどの距離に来られると照れてしまう。
「アイリス、顔が近い。もっと淑女として嗜みを持ちなさい」
「にゃ!? 顔を赤くしないでよ! いきなり純情にならないで! あれだけ子ども扱いしておいて!」
「うるせえ! 純情じゃないし、大人だし、ハードボイルドだし! た、ただ、誤解を招く行動はするなって忠告をだな……」
「ご、誤解してるのはユーヤじゃん! や、やめてよ……。ちょっと内緒話しようとしただけなのに……!」
思い出話に花を咲かせている二人をしり目に、小声で言い合いをする。
顔が熱い。きっと頬が赤くなっているのだろう。目の前のアイリスと同じように。
だから、俺は受け身になると弱いんだって……!
「ア、アイリスだって顔、赤くなってんぞ。い、いいい意識してるんじゃないか」
「ッ!? じ、自意識過剰だ! そ、そそそそんな訳ないよ!」
「だ、誰が自意識過剰だ!? アイリスが変な行動するからだろ!」
「ふざける時は度胸満点のくせに……。このヘタレ!」
「い、言ったな……。言ってはならないその言葉を!」
「ヘタレヘタレヘタレ! ユーヤのへったーれ!」
「むきー! ヘタレじゃねえし! 断じてヘタレじゃねえし!」
額と額をぶつけ合いながら言い合いを続ける。
さっきより距離が近いのだが、ムキになっているためどちらも引く様子はない。
意地と意地のぶつかり合いだ。負けるわけにはいかない。
「こ、こほん」
「あ、あの、その、ちょっと距離が近すぎ、ませんか?」
咳払いが聞こえ、音の方へと首を向けると薄く頬を赤く染め、こちらを見ているフィオとレイナがいた。
『はい……』
小さくつぶやくと、どちらともなく顔を引く。
第三者の介入により冷静になると、アイリスの整った目鼻やプルッとしていて柔らかそうな唇が脳裏に浮かび上がってくる。
チラッと横を見るとアイリスと眼が合う。
「っ!」
アイリスは即座に目をそらし、もじもじと落ち着きなく髪を触ったりする。
普段は子供っぽいアイリスだが、その姿にやはり女の子なんだなと再確認できた。同時に余計恥ずかしくなる。
アイリスってこんな表情もするんだ……。
俺的好きな萌え要素第一位がギャップなので、グッとくるものがある。そして、高い高い天井を見上げる。心には青空が広がっている。
中性的ではあるがフィオ相手にドキドキしたり、幼い容姿をしているアイリスにドキドキしたり、もちろんレイナにもドキドキするわけだが。
「すみません……。本当に申し訳ありません……」
「い、いや、そこまで反省しなくても」
フィオが戸惑いの声を上げるが、俺は顔を上げることはない。
節操がなさすぎて、本当にごめんなさい。馬鹿寄りの思春期男子でごめんなさい。ヘタレでごめんなさい。
「ユ、ユーヤ君がぶつぶつ何か言ってるんですけど……」
「……放っておこう。5分もしたらいつもの調子に戻るはずだ」
フィオの言葉に反論したくなるが、5分で落ち着く可能性も十分にあるので黙っておく。
「…………ヘタレ」
拗ねる様に頬を膨らませたアイリスの一言が一番胸に刺さるのであった。
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