会長の指令

 日付が変わる。フィオは帰ってこない。

 いよいよミハエルさんを始めとした使用人たちも余裕がなくなってきた。

 学園側に問い合わせてたが、めぼしい情報は得られなかったらしい。

 俺たちが知っていることは生徒会の頼み事で遅くなる、と言うことだけ。レイナの勘が当たってしまった。

 冷静になろうと努めるが、嫌な想像が脳裏を駆け巡る。

 とりあえず、学園に行くしかない。その頼まれごととやらが何かは知らないが、特殊な場所なら遠回しにでも伝えてくれただろう。

 向かうための準備をしていると扉をノックする音が、


「ユーヤ様、お電話です」


 ミハエルさんの声だ。一瞬、フィオからかと思ったが、声色からそれはないと判断した。


「ありがとうございます」


 この人が言わなかったのなら、相手が名乗らなかったのか、必要ないと判断したに違いない。

 誰からかを問うことなく、通信端末を受けとる。

 ミハエルさんは距離を取りつつも、去っていく気配はない。それは電話の相手はフィオの所在を知っている可能性があることを示している。


「もしもし」

『久しいな、ユーヤ』


 女性の声だ。聞き覚えはあるが、聞きなれた声ではない。

 えっと、この冷たい声は――


「……ソフィア、先輩?」

『ああ、ソフィア先輩だ』


 図書館で出会った危険な先輩――ソフィア・ウィンザー先輩だった。

 こんな時間に何の用だろうか。……あっ!


「先輩、生徒会長なんすよね!?」

『そうだが、それがどうした』

「フィオに何を頼んだんですか!」

『……くくっ、なるほど』


 電話の先でソフィア先輩が楽しそうに喉を鳴らす。

 心配でストレスがたまっていたこともあり、声を荒げそうになる。

 落ち着け落ち着け。知り合ったばかりだけど、この先輩相手に感情的になってはダメだ。


「なるほどってどういうことですか」

『いやいや、面白いことになったなと。まさか当たりを引くとはな。噂と言うのも存外馬鹿にはできんな』


 当たり? 噂? 一人わかった気にならずに教えろってんだ。


「先輩」

『ふふっ、そう怒るな。確認するがカーティスはまだ帰ってきてないんだな』

「はい、生徒会の用事がどうとか連絡があってから音沙汰なしです」

『ほうほう、なるほどなるほど。あのカーティスがな』

「知ってることがあるなら教えてください」

『ふむ、教えても良いのだが』


 焦らすような先輩の態度にいい加減我慢の限界だった。


「良いから教えろ……!」

『いやなに、カーティスにお主と関わるなと言われていてな。今こうして話しているのも問題だ。カーティスに怒られてしまう』


 俺の預かり知れぬところで二人で言い争いでもしたのだろうか。

 仕返し、とは違う。イタズラ……イタズラをしてくる子供と接している感じだ。


「フィオが何か言ってきても俺が説得するから教えてくれ!」

『うむうむ。つまり、私とお話をしてくれると言うことだな。私が望むとき、望むことを、望む形で』

「そこまで言ってないわ!? どんだけ都合よく解釈してるんだよ! この馬鹿!」

『ば、馬鹿、だと……!? ふん、私はこれでも学年主席だぞ』

「馬鹿な物は馬鹿だ! 学力は関係ないっての、この馬鹿会長! いいから教えろ!」


 だめだ。この人は致命的なほどコミュニケーション能力がかけている。

 おじいさんの話を思い出す。才覚に優れているからと言って、いくらなんでもこれはダメだろ。

 先輩のあまりにあまりな態度に頭に上った血が急速に引いていく。


『……ふむ、案外強く言われるのも悪くないな』

「え?」


 小声でとんでもないことを呟やきやがりませんでしたか?


『何でもない。それで、お話をしてくれるのか、してくれないのか。どっちだ、はっきりしろ』

「話はするよ。ただ、望むとき、望むことを、望む形でとはいかない。こっちにも都合ってのがあるからな」

『…………足りぬ』

「は?」

『そちらに都合が良すぎないか。もう少し譲歩することを覚えないと苦労するぞ』


 人生においてこれほどまでに“お前に言われたくない”となったことはない。

 1に先輩、2に先輩、3、4がなくて5に先輩。

 口が引きつっているのがわかる。はっきりとわかる。

 危険な先輩だと思っていたが、もしかしなくてもダメな先輩なのではないだろうか。


「は、はあ、それはそれは申し訳、ありません」

『全くだ。先輩として心配だ』


 後輩として先輩の方が心配です。そんなことより教えろ。

 言い放ちたかったがグッと飲み込む。とにかく今は下手に出て、フィオの情報を得なければ。


「後輩としてあんたの方が心配だよ。そんなことより早く教えろや」


 ……おかしい、本音以上に強い言葉が発せられているぞ。


『ふ、ふふふっ、いいないいな。もっと殺気を込めてくれないか』

「どんなリクエストだよ!? ああ、わかったわかった! 試験後、あんたの言うこと何でも一つ聞くからフィオがどこにいるのか教えてくれ!」


 正直、勢いで言ってしまった。何でもは流石にヤバいだろ。

 とは言え、そうでもしないと会話が終わりそうもなかったため仕方がない。仕方がないと言い聞かす。 


『今の言葉、忘れるなよ』

「お、おう。男に二言はない」

『ふふっ、楽しみだな。今から何をさせるか考えておかねば』

「ぐっ、そ、それで」

『おおっと、カーティスの事だったな。ユーヤ、君は図書館の噂を知っているか』

「図書館の噂って……」


 アイリスから聞いたルース・ウェルズリーの最高傑作が眠っているとかいないとかってやつのことか。

 フィオやレイナの話からガセだと思っていたが。


「あれ、本当なのかよ!?」

『さあな。それがわからなかったからカーティスに頼んだんだ。こっちにも色々とあってな』


 色々、とは何のことなのか気にならないと言ったら嘘になる。

 けれど、今はその時ではない。フィオの無事が確認できた後に聞けば良い話だ。


「ってことはフィオは図書館にいるのか!?」

『少なくとも生徒会の用事のために図書館に行っているはずだ。噂の物が本当に存在するかどうかを調べにな』

「なるほど、そういうことか」

『そうか、知っているのか』


 噛み合わない会話。だが、ソフィアが何の事を言っているのかすぐにわかった。 

 知らなければ、何故そんなことをフィオに頼んだのか、との疑念をかすかにでも持つはずだ。言わないにしても声にでる。わかりやすい俺なら尚更だ。

 むしろ、納得がいったと言わんばかりの態度を取れば、ばれてしまうのも仕方がない。

 

『本人から聞いたか。珍しいな、自ら口にするとは』

「…………」


 返答を求めているかどうかはわからない。しかし、下手なことを口にするわけにはいかなかった。

 フィオは、眼の事で相当苦しんできたらしい。あの後、ふとした時に過去の話を教えてもらったが、周りと違う眼を持っていることはフィオを苦しめていた。

 先輩は恐らく知っている、けど、どこまで知っているのかはわからない。だから、黙るしかなかった。


『…………』

「…………」


 図書館のことは聞けたのだ。このまま切って、すぐにでも学園に向かうべきだ。

 後々、めんどくさいことになるかもしれないが、それはその時の俺が何とかしてくれる。


『まあ、良い。カーティスにはそれほど興味はない』


 どうせ君と遊んでいれば寄ってくるだろうしな、と続ける。

 遊んでの部分で背筋に冷たいものが走った。また、図書館の時のように攻撃でも仕掛けてくる気なのだろうか。


『ユーヤ、カーティスに何かあった以上、図書館には面白い物があるはずだ』


 少し残念そうに先輩が告げる。


『本当なら私が遊びたいが、すぐには戻れないのでな。君に任せる』

「え」

『どうせ行くのであろう。ならば、私に指示されたと言え。そうすれば鍵をもらえるはずだ』


 私の名を勝手に使う命知らずはいないからな。その言葉には寂しさが隠れている気がした。


「あ、ありがとうございます!」

『ふん、私直々の指令だ。しくじってくれるなよ』

「はい! それじゃあ、行ってきます!」


 強い意志を込めた返事を行い、通信端末を切る。

 そしてミハエルさんに端的に説明し、家を飛び出すのであった。

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