空との思い出

 勉強するために図書館へとやってきたのだが、流石にテスト前だけあって人が多い。

 今週までは部活があるため、来週はもっと増えるかもしれない。地球の学校では、見たことのない光景だ。進学校などはこうなのかもしれないが、俺はごく普通の公立に通っていたため、これほど熱心に勉強している学生は珍しかった。幼馴染かつ親友でもある空(そら)は例外で予習復習、テスト前の勉強と優等生を地でいっているが。

 ……そういえば、あっちでもそろそろ中間試験の時期か。空の奴、ちゃんと勉強てきてるかね。

 心配しているであろう幼馴染を思い出し、申し訳なさで胸が痛む。

 あの手、この手で手を焼かせていた邪魔者がいないから、むしろ清々しているに違いないとあえて前向きに考える。


「ユーヤ君、大丈夫ですか」

「お、おう! だ、大丈夫だ」


 思い出に耽っていると、レイナが心配そうに声をかけてきた。距離が近かったため、声が裏返ってしまった。

 全く心臓に悪い。この子は自分が思春期男子の心をどれほど揺さぶるかわかっているのだろうか。……わかっているわけないか。

 思春期の男子の中には馬鹿がおり、手を握ってくれたとかだけでなく、心配してくれた、果てはあいさつをしてくれただけでもドキドキして恋に陥るやつもいるのだ。

 俺は、どちらかと言うと馬鹿よりなので不意打ちは勘弁してほしい。アイリスなら子供がじゃれてきただけなので、特に問題はないのだが。


「今、失礼なことを思われたような」

「気のせいだろ……」


 勘のいいアイリスがジト眼で見てくるが、眼を合わせない。合わせたら圧力に負けて自白してしまう。

 態度に現れているような気もするが、気にしない方針で。


「お、あそこ空いてそうだな」


 身長の低いアイリスと眼を合わせないようにしていたら、奥の空いている席を見つける。

 六人掛けのテーブルがまるまる開いており、ここで勉強することとなった。


「それで、さっきは何を考えていたんだい。なんだか懐かしそうだったけど」


 その矢先、フィオが質問してきた。どうやら席につくまで聞くのを待っていたみたいだ。


「故郷の事を思い出してな。定期試験と言えば、いつもあいつと勉強していたなって」


 特に隠すことでもないので、素直に話す。


「へえ、そういえばユーヤの昔の話ってほとんど聞いたことなかったね」

「確かに、そうですね」

「ユーヤは東方の国の出身なんだよね。僕、行ったことないから興味あるなあ」


 思いのほか三人の食いつきが良かった。

 言われてみれば、地球の話は意図的にしないようにしていたため、過去話も当然していない。


「俺だって三人の過去話とかほとんど聞いたことないぞ」

「そういえば、ユーヤとは出会ってからまだ三か月程度しか経っていないのか」

「ふふっ、もうずっと昔から友達だった気がしますね」

「ユーヤはなれなれしいからね! 僕も三か月とか全然思えないよ!」

「アイリスになれなれしいとか言われたくないっての。……いや、ほんと、まだ三か月なんだよな」 


 正確に言えばレイナとアイリスとは、入学から一か月ほど経ってから絡み始めたので二か月なのだが、学園に入ってから一番の衝撃である試練の洞窟を共にしたことが大きい。

 フィオに至っては三か月間、居候させてもらっており、学園でも家でも一緒にいるため普通の三か月とは密度が違う。


「人の縁とは不思議なものですね」

「ちょっと違えば、こうなってなかったかもしれないしな。例えば、フィオが入学試験の時に声をかけてくれなかったらとか」

「ユーヤが、常識を知っていればとかだね」

「あの時、図書館が混んでいなければ、ユーヤ君と友達になることはなかったかもしれませんね」

「そうなると、自然と僕もユーヤやフィオ君と友達になってなかったってことだね」


 つくづく縁とは面白いものだ。この三人がいない学園生活とか想像がつかない。

 そういえば、昔、空とも似たような会話をしたことがあったな。……どうにも、先ほどから空の事を思い出す。


「それで、ユーヤの友人とはどんな人なんだい」


 フィオが教科書を出しながら聞いてくる。同じように取り出しているレイナとアイリスも同意するように頭を縦に振る。

 勉強の前の小話程度ならボロも出ないか。


「そうだな。名前は空って言うんだけど、7歳の時に……公園だったかな。いつもいつもブランコを10歳ぐらいの上級生たちが占領しててな。みんな乗りたいけど、我慢してたんだ。でも、その日は違った。俺たちにも使わせろって向かっていくやつがいてさ。それが空なんだけど、喧嘩が始まってな。この年頃の三年って大きいだろ? 体格差もあるし、人数だって相手は三人だ。勝てるわけないのに逃げないし、あいつ本当に気が強いからさ。流石に最近はおとなしくなってたけど、それはいいか。まあそれで、俺が加勢して――」

「その上級生を倒したんですか」

「――いや、負けた。完敗だった。詳しく覚えてないけど、凄く痛かった」

「はははっ、まあそうだよね」


 え、とショックを受けるレイナと違い、アイリスとウィルが苦笑いを浮かべる。流石に体格差と人数差は覆せなかった。


「子供ってのは馬鹿な物でさ。一緒に痛い目にあっただけなんだけど、それを切っ掛けに仲良くなったんだよ」

「子供って言うより、ユーヤとソラ君って子が変わってるんだと思うよ」

「うっせ、俺たちの周りはそうだったんだよ」


 隆司とか俊哉とか……存外少ないな。


「まあ、他の子たちのために俺たちにも使わせろって喧嘩を売る良い奴だよ。手がはやいのだけは残念だったけど」

「ふふっ」

「あれ、何かおかしなことをいった?」


 楽し気に笑うレイナへの疑問は、別の方向から解答があった。


「ユーヤが、楽しそうに語るからだよ」

「そうそう、本当に仲が良かったのが伝わってきたよ」


 気づけばフィオもアイリスも楽しげに笑っていた。つられて俺も笑顔になる。

 よくわからないが、空との仲を褒められるのは嬉しい。


「何か話してたら会いたくなったなあ。三か月も会わないとか今までなかったし」


 やはり、今までは無意識の内に考えないようにしていたらしい。唐突に、寂しさが押し寄せてきた。

 三人に心配をかけないように、表面上は平静を装う。


「ソラ君はユーヤ君の故郷に残っているんですか」

「おう。だから、会うのは難しいな」

「それなら試験が終わった後に休暇があるから、その時に会えばいいじゃん」


 ローランス学園にも地球と学校と同じように長期休暇が設けられている。

 年二度のそれは定期試験の翌月にあるため、来月がそれにあたるのだ。


「そう、だな。考えとくか」

「東方の国は遠いですもんね。帰るとなると大変そうです」

「それそれ。会いたいけど、往復を考えるとのんびりと過ごしている方が良いかなーって」

「ユーヤはめんどくさがりだねえ」

「……ちょっと話過ぎたね。そろそろ始めようか」


 このままでは会話が終わらないと判断したのか、フィオが手を叩き、強制的に終了させた。

 少し苦しかったので、とてもありがたい。心の中でフィオに感謝する。


「そうですね。それじゃあ、始めましょうか」

「うにゃ、いきなり勉強モードに入れないよ」


 優等生のレイナはもちろん、文句を言いながらもアイリスはすぐに勉強に集中する。横を見るとフィオも視線を教科書へと落としていた。

 流石は成績優秀トリオ。勉強をする癖がついているようだ。


「よし、頑張るか」


 一番頑張らなければならないのは俺なので、気合いを入れて小テストの見直しを始めた。

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