試練?

 学生にはとって避けては通れぬ試練がある。地球でもエレシスでもそれは変わらない。

 苦しい苦しい試練を乗り越えた先に、果たして何があるのだろうか。

 得られるものがないのなら、越えられなくても良いではないか。たとえ、得られるものがあったとしても許してほしい。許してください。


「再来週は定期試験となります。この間の試練の洞窟は武力やチームプレイを測る物でしたが、定期試験は座学を測る物です。そのため、前回高評価を得たからと言って油断していると留年、下手したら退学となりますので、しっかりと勉強しておくこと。特に成績の悪い人は気を付けてくださいね」


 にっこりとほほ笑むクレアさんの最後の言葉に何人かの生徒が苦悶の声を上げる。……残念なことに俺もその一人だ。

 生れはこの世界らしいが、育ちは地球なため基礎学力が圧倒的に足りていない。文化レベルは、地球と比べて低いため平民には教育は行き届いていないと聞くが、この学園の生徒は大半が貴族や裕福な家庭生れなため平均レベルが高い。故に、授業も難しいとのことで、俺が苦戦するのは当たり前であった。

 魔法などの知識はもちろん、歴史なども面白いのだが、それと学力はイコールではないのが悲しい。


「それじゃあ、今日はここまでにしましょうか。お疲れ様でした」


 慈悲を求める何人かの視線に苦笑いを浮かべながら、クレアさんは教室を後にした。そのことに再び俺を含めた学力残念組がうめき声をあげる。

 お笑い担当として学力の低さが知られている俺は近くの席の生徒に励ましの言葉をもらう。くそ、脳みそよこせ。

 正直、自信がない。あるわけがない。合間合間に行われた小テストですら赤点の事の方が多いのに。


「ユーヤ」

「フィ、フィオ……」


 声をかけられ振り向くとそこには絶世の美少年がいた。身長こそ高くないが、中性的な容姿は男女問わず初対面なら息をのみ、透き通った大きなエメラルドグリーンの瞳に見つめられると吸い込まれそうな錯覚を覚える。

 美少年――フィオ・カーティス、この世界での初めての友達だ。騎士の名門であるカーティス家の子供であり、戦闘力、魔力、魔法、座学とすべての分野で学年トップクラスのできる男。呪われているかと勘違いするほど入寮ができない俺を居候させてくれている恩人でもある。

 見た目や雰囲気、喋り方などクールなイメージを持たれがちだが、中身は負けず嫌いの頑固で、案外子供っぽい。だからこそ、不意に見せる歳相応の笑顔が反則的で、同性の俺ですら心拍数の上昇を避けることができない。総じて、凄い奴。……総じた方がしょぼく感じるのは俺のおつむの問題だ。


「わかってる。もちろん、僕ができることなら惜しみなく協力させてもらうよ。……友達、だし」


 恥ずかしかったのか最後の部分は頬を少し赤く染め、視線を外へと向け呟くように言った。

 その仕草に周りの女子が心を打たれている。……あ、男もだ。

 やれやれ、フィオ、君は自分の魅力がわかっていない。そんなことをされると――


「ありがとうフィオ! 大好きだ! 愛してる! 結婚して!」

「だ、抱き着くのはやめてくれ!」


 ――俺は軽口をたたきながら、フィオに抱きついた。

 それなりの付き合いになるが、フィオは接触に慣れていないようだ。嫌がっているのではなく、慣れていない。ので、たまにこうやってくっつくのだ。

 フィオがあまり見せない表情を見せるのでとても楽しい。


「ユ、ユーヤ君、その辺に」


 そんな俺をおろおろとしながら止めようとする金髪の美少女――レイナ・フィニアンの言葉を合図にフィオを解放する。

 フィオが息を乱したままにらみつけてくるが、迫力どころかむしろそそられるので逆効果だ。……いや、そそられたらダメだろ。


「すまんすまん」

「……まったく」


 息を整えたフィオがため息をつく。その姿すらも絵になるのだから凄い。

 光に照らされ、キラキラと輝く腰まである長い金髪、穏やかながら意志の強さを感じる綺麗な青色の瞳を持つレイナと並んでいる光景は、絵心のない俺でも絵に残したいと自然に思うほどだ。

 二人が親戚であり、幼馴染だと言うのだから世の中上手くできている。昔は仲が良かったらしいが、いつからかフィオが距離を置くようになったとのこと。しかし、パーティーを組んだこともあり、最近では普通に会話をかわすようになった。まだ多少ぎこちなさはあるものの、レイナが、後わかり辛いけどフィオも喜んでいたし良かった良かった。


「何故、満足げにうなずいているか知らないけど、自信があると捉えて良いのかい」

「誇ることじゃないけど、これっぽちも自信ないぜ」

「いつもいつも、よく自信満々に自信ないと言えるよね」

「後ろ向きになってもしゃーないし、いいじゃんいいじゃん」

「それは、ユーヤ君が言う言葉ではないような……」


 優しいレイナはアイリスと違ってツッコミが弱い。クールツッコミだったフィオは慣れやハリセンの存在で、最近は良い感じに俺好みになってきたし、レイナにも作るべきか。

 そんなアホなことを考えていると廊下からやかましい声が聞こえてきた。


「やっほー! みんなのアイドルアイリスちゃんだよ!」


 茶色いふわふわとした髪なびかせながらやってきたわんこ型美少女――アイリス・コーンウェルは決めポーズとばかりにウィンクを飛ばす。

 こちらもレイナの幼馴染で、良いとこのお嬢様とのことだ。フィオやレイナと比べて庶民っぽいと言うか、親しみやすいので最初から接しやすい子だった。

 テンションも高めでわんこ型の癖に猫の様に鳴く。身長が小さく、細いため小型犬だ。

 学園に通うようになって仲良くなったメンツ――パーティーメンバーが集まったのだが、改めて顔面偏差値が高いグループに所属していることを実感する。


「うっす、わんこ型アイドルアイリスちゃん」

「こんにちは、アイリス」

「こんにちは、アイリス君」


 誰がわんこだ、とチョップを入れてくるアイリスの腕をつかむ。


「ぐぎぎ、おとなしく喰らってよ」

「ふふふっ、悪いが抵抗したいお年頃なんでな」

「僕だってチョップしたいお年頃なんだよ!」

「悪いがチョップしたい女子のチョップを抵抗したいお年頃なんでな!」

「僕だってチョップしたい女子のチョップを抵抗したいユーヤにチョップしたいお年頃なんだよ!」

「悪いがチョップしたい女子のチョップを抵抗したい……いたっ! え、おい、フィオ」


 フィオかレイナが止めてくれるのを待っていたら、無言でフィオが俺の頭にチョップを振り下ろした。

 まさか物理的に止められるとは想像していなかったので思わず名前を呼ぶ。


「ふん、ちゃんと止まったんだから良いじゃないか。それよりも本題に移ろう」

「うにゃ? 本題ってなになに」

「えっと、再来週に定期試験があるじゃないですか」

「にゃにゃ、わかった! このままじゃ赤点失格残念無念また来年のユーヤをどうやって助けてあげるかって話だね!」


 物わかりの良いアイリスはそれだけでわかったらしく、仕方がないなと俺の頭をポンポンと叩く。

 悔しいが、事実だし、この中では俺の学力が圧倒的に低いためおとなしくする。


「そういうことだ。理解力はあるけど小テストもあまり芳しくなかったし、単純に時間が足りないだけだと思う」

「なら、一緒に勉強して、わからないところは聞いてもらう形で良いですかね」

「女教師アイリスちゃんの出番だね! わからないところがあったらドンドン聞いてね!」

「うっす! お世話になります!」


 どこからか取り出した眼鏡をかけるアイリスは無視して、二人に頭を下げる。横が騒がしいが気にしない。色気があったら頭を下げてたよ、とだけ言っておく。

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