第二章 囚われた噂

プロローグ

 藤堂雄也(とうどうゆうや)が、異世界――エレシスへと飛ばされてからが数週間が経過した。

 失踪直前に唯一の肉親である祖父を亡くしたこともあり、後追い自殺なのではないかと疑われたが遺体が見つかるわけもなく、気づけば雄也の話題は時の流れに埋もれていった。

 関わりの薄い者から順々に行動をやめ、今でも積極的に捜索を続けているのは幼馴染である峰岸空(みねぎしそら)と彼女の両親だけだ。空は雄也の姿を最後に見た人物でもあり、最も深い関係でもあった。

 自分に黙っていなくなるわけがない。また、自殺をするはずもないと。

 ならば、彼は何かに巻き込まれて自分の前から姿を消した。助けなければならない、と。

 しかし、情報は集まらない。地球上にいないのだから、当然の結果である。


「雄也、どこに行ったの……」


 藤堂家のリビングを掃除をしている空がポツリと呟く。

 もしかしたら、返事があるかもしれないとの淡い希望は静寂が打ち砕く。これも繰り返された行為だ。

 万が一の時のために合鍵を預かっている空は、定期的にやってきては掃除をしている。彼がいつ帰ってきても良いように。

 初めは心配より怒りの方が大きかったが、いつしか唯々と不安が心を占める様になってきた。


「だめだめ、私がしっかりとしないと」


 溢れてきた涙を隠すように首を左右に振る。その動きにポニーテールが遅れてついてくる。

 幼少期に比べ、長く艶やかな黒髪は邪魔になるため、基本的に縛っていた。空としてはショートカットでも良いのだが、雄也の好みに合わせて伸ばしているのだ。

 男勝りな性格もあり、長らく男友達の様につるんでいた二人だが、気づけば空は雄也の事を異性として意識していた。

 理由はあったかもしれないし、なかったのかもしれない。少なくとも劇的な出来事などなかった。

 だからこそ、彼女は強く押すことができなかったのかもしれない。そんな彼女のささやかなアピールが髪を伸ばすことであった。

 その想いは雄也の失踪を機に、いよいよ抑えきれない物となってしまう。


『……で…………いで……い……』

「え……声?」


 どこからか聞こえてきた謎の声の出どころを探す。

 家の中ではない。外からだ。

 空はサンダルを履き、周囲を警戒しつつ、おそるおそる庭を探し始める。


『お……こ…………ち……おいで』

「おい、で……」


 一部とは言え、ハッキリと聞こえた事で空耳でないことを悟る。

 緊張からか喉を鳴らす。しかし、歩みは止めない。

 この声は雄也に繋がっている。彼女には漠然とした確信があった。

 常識が邪魔をしてきた一つの考え、


 ――雄也はこの世界にはいないのではないか。


 驚くべきことに、彼女は正解へとたどり着いていた。

 故に、彼女は家へとやってきていたのだ。何かあるのであれば、ここしかないと。


「蔵……」


 空が知る限り、開いていることはなかった。


 雄也がいなくなったその日から開いている。


 答えはわかりきっていた。

 勇気をふり絞り、蔵の中へと足を――。

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