初めてのデート
試練の洞窟攻略からはや二週間。俺は木にもたれかかり人を待っていた。
閑静な並木道には人っ子一人おらず、木漏れ日が心を和ませる。耳を澄ませると鳥の鳴き声が耳に届く。
学園近くにあるこの道はデートスポットとして有名らしい。
待ち合わせ場所をここに指定した時の彼女の反応を思い出し、クスリと笑みをこぼす。
勉強ばかりでそういうことには疎いと思っていたが、やはりそこは女の子。恋愛やスイーツに対しては敏感みたいだ。
俺は最近知り合った友人にここの情報をもらい、からかう意味も含めて提示した。からかう以外の意味については察してくれ。
からかうと言えば、きっと彼女は約束の時間より早く来るであろうから、先に行って待っていてやろうと思い、三時間前にやってきた。二時間前でも大丈夫だとは思うが、あの生真面目な彼女相手だから念には念を入れたのだ。
……まあ、楽しみで落ちつかなかったのもあるが。朝からフィオに何度ハリセンでツッコミを入れられたことか。
そうそう。全然、寮の準備ができたとの連絡が来ないため、この間クレアさんに聞いてみたのだ。
そうしたら、口に手を当てて「あっ!」とわかりやすく驚いた。
結局、もう少しカーティス家のお世話になることになったのだが、ここまでくると気づいたら卒業ですとなりそうで怖い。ちなみに、そのことでまた魔昌石(二つ)を受け取れ受け取らないとなり、ジャンケンの連敗記録が更新された。
あいつは俺の思考でも読んでいるのか。ジャンケンで負け続けるのはおかしい。
もはや魔昌石を押しつけるのは意地だ。負けっぱなしも嫌だし、いつか絶対に勝ってやる。
などと、無意味にヒートアップしても仕方がない。これから楽しい楽しいデートなのだ。フィオのことは一旦ポーイしておこう。
今日行くのは知る人ぞ知る隠れスイーツ店だ。あのクレープを売っている名店に勝らずとも劣らないと聞くからには期待せざるを得ない。
そういえば、スイーツと言えばアイリスが最近奢れ奢れとうるさい。
これで食べる量が外見と同じなら可愛いものなのだが、あの小さい体のどこに入るのか不思議になるぐらいよく食べる。
あまりに素晴らしい食べっぷりに、あんぐりと口を開けて見とれてしまったぐらいだ。
なので、つっぱねていたのだが、どこからか今日のことを聞きつけ、あのままだと付いてきそうな勢いだったので、泣く泣く今度奢る羽目になった。
こうなってしまったのなら美少女と二度デートできると割り切るしかない。
それに、なんだかんだ愚痴ってはいるが、アイリスと出かけるのも楽しみだ。あいつとは性別関係なくフィーリングが合う。
…………試練の洞窟の顛末(てんまつ)だが。
結論から言うと、アリシアさんの忠告は思った通りレイナが魔法を使えないことを心配してのことだった。あくまでアリシアさんが嘘をついていないのなら、だが。
そして、俺達があの特殊なダンジョンに送られたのは、学園側の言い分を信じるのならただの偶然。今後二度と同じことが起きないように、これからは探知魔法だけではなく、実際に最深部まで降りて調査するとのことだ。
フィオ達から又聞きしたことなので詳細はわからない。
けれど、疑問は残る。図書館に置いてある書物に書かれている情報を学園側が把握していないわけがない。把握していて都市伝説のようなものだと流していたのか、知っていて何らかの目的のために流していたのか。
前者なら良い、良くはないが運が悪かったと切り捨てれば良い。問題は後者だった場合だ。俺達を狙ってなのか、それとも誰でも良かったのかでも違うが、何らかの意図があってマスターゴブリンを放置していたわけなのだから。
マスターゴブリンは発見次第すぐに殲滅しなければならない凶悪な魔物らしい。
もし意図して見逃していたのなら犯罪にあたる。そんなリスクを負ってまでメリットがあるのだろうか。腕を組み、唸り声をあげる。特に何も思いつかない。
あくまで誰かの意図が働いていた場合だが。それに、自分とは違う思考の持ち主の考えを見抜くのは簡単ではない。特に俺は人間観察と言うものが苦手なので尚更だ。
……やーめた。うだうだと確証もないことを悩んでいても時間の無駄だ。
どうせ何かが起こるとしても、その時の状況によって考えも行動も変わってしまう。なら、いつでも動けるように心構えだけしっかりとしていれば良い。
折角のデートなのだから、待っている間は相手のことを考えよう。
デートの相手――レイナは命に別状はなく、俺が起きた時には元気いっぱいだった。
どうやらあの手鏡のようなマジックアイテムは持ち主の魔力を勝手に取り出し、シールドを展開するものらしい。怪我がなかった理由はそれだ。
ただ、即死しかねん衝撃だったため相当な魔力が吸収され、一時的に“魔力欠乏症”になってしまい気絶したとのこと。軽く聞こえるが学年トップクラスの魔力を持つレイナでギリギリだったのだから、他の生徒が使った場合は全て魔力が吸い取られて死に至っていたかもしれない。
最初に無茶した俺が言うのもなんだが、もっと自分を労わってやれと説教をかましたい。実際に行ったら確実に俺も怒られるのでしないが。
アリシアさんの話によると、俺とレイナは魔力耐性が非常に高いらしい。
普通はマスターゴブリンの魔力にあてられたらフィオやアイリスのように“魔力酔い”と呼ばれる症状がでるとのこと。そうなんですかとぼけーっと答えたらため息をつかれた。まるで俺が頭の悪い子みたいではないか。非常に遺憾である。
何にせよ、誰一人として欠けることなく生還できたので満足だ。
マスターゴブリンについては突然魔法が暴発し、自爆のような形で死んだと伝えた。
遺体は光の粒子となって消えたし、俺が倒したと言っても信じてもらえないだろう。よしんば信じてもらえたとしても、色々と面倒なことになると思ったからだ。
ちょいと無理な話ではあるが、一人で――しかも、学生のようなひよっこが――倒したと言うよりは信憑性がある。
俺達は結果として最深部にたどり着けず、優勝は他のパーティーが選ばれた。フィオとレイナを要する優勝候補だった俺達がゴールすらできなかったことは噂になったが、運悪く非常に難解なダンジョンに当たってしまい棄権したパーティーは過去にもあったので、すぐに消えるとはクレアさん談。
賞品は別にして、これで成績が低くなるのは納得できないと思っていたが、特別処置で優勝パーティーと同等の評価をもらえるとのことだ。
本来ならもっと高い評価を与えたいのだが、流石にそれはできなかったとアリシアさんに謝られた。
また、賞品の代わりに学生としては軽く震える金額の商品券をもらった。本当なら四人で均等にわけるつもりだったのだが、三人から俺が受け取れとのご命令。俺の分配金が一番多くなるのはまだしも、全額は受け取れない。分けようとするが、頑なに受け取りを拒否される。
変に頑固な奴らだ。仕方がなく俺は商品券受け取った。
しかし、自慢することではないが、俺も相当頑固である。どうにかして受け取らせてやろうと画策した結果がデートだ。
デートと評して遊びに使った金額を全て俺が払う算段なのさ。……同性とデートというのはおかしいが、フィオは中性的な容姿なので気にしないことにしておく。
なので、言われなくてもアイリスに奢るつもりだったのだ。だが、あちらから奢れ奢れと言われると拒否したくなる不思議。実際は、俺の思惑に気づいての行動だろうが。
フィオにいたっては遊びにいかないかと誘っただけで見破りやがった。察しの良すぎる子だ、可愛くない。その点、レイナは良い子だ。アイリスやフィオみたいにこちらの思惑を見抜かないのだから。
約束通りデートに行こうぜといきなり教室で誘ったため、頭が回らなかっただけかもしれないが。
何度思い出しても素晴らしい動揺っぷりだった。誘う、待ち合わせ場所の指定の二つで異なる慌てっぷりを見せてくれるレイナは俺の心のオアシスだ。
最近は前みたいに切羽詰まって勉強することが減り、空いている時間は一緒に過ごすことが多い。それに伴い教室でも笑顔が増え、今まで敬遠していたクラスメートも少しずつ話しかけるようになってきた。
あくまで問題はレイナの過度の謙虚が周りとしては取っつき辛いだけだったので、それがなくなったのだから当り前の結果だ。よくよく考えれば、授業の間の休み時間ですら勉強している人に話しかけるのは気が引ける。
俺だって図書館で会わなかったら積極的に話しかけることもなかったわけだし。
だから、俺の感情はただの嫉妬だ。何を今更親しげに来るんだよ、とか思うのは俺の勝手な言い分。正直、教室で誘ったのはそこら辺の想いもある。彼氏か、俺は。
……まあ、あれだけの美少女だし、心がときめかないと言えば嘘になる。
ただ、フィオやアイリスでも俺は同じことを思うはず。大切だが、特別ではないのかもしれない。
ぐるぐるとループする思考を止めるため深呼吸し、気持ちを落ち着ける。
すーはー、すーはー。……よし、落ちついた。こんな天気の良い日にごちゃごちゃ考えてるんだか。
とりあえず、レイナは……レイナも、フィオも、アイリスも、俺の大切な人達だ。今はそれだけで十分。
俺はそう結論付けると自然に耳を傾ける。余計なことを考えないためだ。すると、少し離れた所から誰かが歩いてくる音が耳に届く。
時間を確認するためのマジックアイテムを開く。
やってくるのが彼女だとすれば、まだ時間まで二時間強はある。
耳をすませる。足音は軽快だ。更に近づいてくると鼻歌まで聞えてくる。
もし、やってくる人物が彼女だとしよう。だとすれば、彼女も俺とのデートを楽しみにしてくれているとの解釈で良いのだろうか。
――いやいや、少し落ちつけ。百歩譲ってこの足音が彼女のものだとしよう。確かに俺と同じようにうきうきとしているように感じる。
だが、デートではなくてスイーツにときめいているだけかもしれない。
勘違いをすればとんだ赤っ恥だ。
――しかし、万が一、着飾っていればデートを楽しみにしていると考えても……。
冷静になろうとするが、期待が顔を覗かせる。
答えが出ない自問自答を無理やり終わらせ、やってくる人影を見守ることにした。
曲がり角を曲がって姿が露わになる。彼女だ。
遠目から見た彼女の姿は――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます