いざ行かん! 試練の洞窟へ!

 試練の洞窟攻略イベント当日。

 俺達はとある体育館のような場所に集められていた。


「おはようございます。皆さん、昨日はしっかりと寝れましたか?」


 イベントの担当教師であるクレアさんの笑顔が今日も眩しい。

 ちなみにしっかりと睡眠をとることができた俺の体調は万全だ。

 ゴブリン共かかってこーい! この俺様が相手になってやるぜ! ハーハッハッハッハ!

 などと調子に乗りたいところだが自重する。

 目標はフィオの足を引っ張らないようにしつつ、レイナとアイリスの安全を保持すること。真面目に考えたらこれぐらいが丁度良いだろう。アイリスは俺より強いかもしれないが。

 基本的にフィオ任せなのは許してくれ。きっとあいつならやってくれるはずだ。

 ……ここまで他力本願なのは男としてプライドがと思わないでもないが。

 フィオから借りた剣に眼をやる。

 イベントを知らされてから、一応毎日素振りは続けてきた。

 だが、やはり自信はない。

 こちとらついこの間までただの高校生だったんだ。むしろ、戦いにしっかりと対応できる方がおかしい。

 魔法なんてものはもっと訳がわからない。結局、授業では理論のみで使うことはなかった。

 それとなくフィオに聞いてみたが、魔力を魔法に変換させる感覚は人それぞれなため説明が難しいとのことだ。

 試しに部屋で一人の時に色々とやってみたのだが上手くいかなかった。


「今日は待ちに待った攻略イベントです」


 知っている。だが、何故、体育館に集合なのだろうか。

 遠足とかみたいに皆で集まり、歩いて現地まで行くのかもしれない。


「皆さんにはこれから“試練の洞窟”と呼ばれる学園が保有している洞窟を攻略していただきます。気を抜くと怪我するので気を付けてください。ほとんど起きたことはありませんが、最悪重傷を負う場合がありますからね」


 軽く言い放たれた内容に体育館内がざわめく。

 何だかんだで学園の行事。軽く考えていたのだろう。

 そもそも、体育祭レベルですら最悪骨折をする人が出てくる。可能性だけなら魔物と戦う以上それなりのものがあるか。

 とはいえ……。

 剣を鞘から少し抜き、刀身にふれる。ひんやりと冷たい。

 その感覚に背筋がゾクッとする。

 まさか漫画やアニメのキャラクターみたいに剣を使うことになるとは……。日本にいたら一生触る機会などなかっただろうに。

 しかし、同時にわくわくしてしまうのは現実を直視できていないのか、そういう危ない気があるのか。

 小さい頃の英雄になりたいとの他愛もない夢が、下手したら叶ってしまう現実に恐怖を覚える。


「試練の洞窟には主にゴブリンが生息しています。身体能力はそれほど高くありませんが棍棒には気を付けてください」


 ゴブリンについては先日授業でもやった。

 教科書に載っている絵を見る限りでは棍棒以外は何も持っていないし、鎧のような身を守るものは身につけていない。

 身長は1mほど体重もあまり重くないらしい。また、個体差が結構あるとのこと。

 クレアさんが言っているように身体能力は大したことがない。気をつけるべきは棍棒が頭などに直撃すること。

 タイミングを見計らって剣を振るえば十分倒せるし、初級魔法でも対応可能な低レベルな魔物だって話だ。


「最深部にある魔力端末に触れるとゴールになります。ゴールまでの時間によって成績が決まるので頑張ってくださいね」


 にっこりと笑うクレアさんのエールは青少年には効果的だ。

 俺の周りの男連中はわかりやすくやる気をだす。

 こういうイベントでの最深部にはボスモンスターがいるのが定番だが、先生曰くゴブリンは自然に現れたものらしいのでボスを意図的に配置することはできないか。


「では、パーティーごとに分かれてください」


 クレアさんの言葉ににわかに騒がしくなる。

 誰の元に集まるかは決まっていないのでフィオの姿を捜す。


「やっほー!」

「ユーヤ君、おはようございます」


 フィオを発見し、移動しようとした矢先、アイリスとレイナがやってきた。

 アイリスはいつも通り元気たっぷり、レイナもいつも通り綺麗だ。


「うっす。おはようさん」


 片手をあげて挨拶を返す。


「にゃはは、おはがさん!」


 アイリスも似たように片手をあげた。

 今更だが、学年でも可愛いと噂な二人と気軽に話せる間柄なのは恵まれている。


「よし、三人揃ったことだし後はフィオだけか」

「ユーヤ」


 タイミング良くフィオが俺達を見つけてやってきた。

 三人が同じクラスとは言え、早く集まったのではなかろうか。

 その証拠に周りにはまだうろうろしている生徒が多い。


「うむうむ。我が軍の結束力は素晴らしい」

「いきなり何を言っているんだい」


 呆れた表情で冷静にツッコミをいれたフィオはレイナ達に気づく。


「……おはよう」

「おっはー! フィオフィオー!」

「お、おはようございます。フィオ、君……」


 アイリスは良いとしてフィオとレイナはやはり壁があるようだ。

 しかし、どうしてフィオフィオと二度重ねる。

 結局、コンビネーションへの不安はぬぐえなかった。更に、レイナは魔法が使えない。

 だが、レイナの事情に関してはこの布陣はベストだろう。アイリスはもちろんフィオもレイナの事情は知っているようだった。

 学年の優等生、魔導師の名家のお嬢様が初級魔法もままならないとなると噂になる恐れがあるが、そこら辺は心配いらない。

 とはいえ、後期には魔法を実戦するテストもあるので、早いところどうにかしないといけないが。

 改めて考えると問題の根は深い。既存の知識でどうにかなるならフィニアン家がわからないはずがないからだ。

 今まで存在しないか、それに等しいぐらい伝わっていない知識が必要だとすると、一学生でしかない俺にはますます手が届かない領域である。

 珍しいだけならあちらの世界の知識だが、残念ながら魔法関係は創作のものしかない。

 ……そういえば“英雄の記憶”などという変わった力を持っていたか。

 ふと、体に吸い込まれて以来一度も見ていない本のことを思い出す。

 祖父曰く一度だけなら英雄と呼ばれた人達の力を行使することができる能力。よくよく考えると無茶苦茶な力だ。

 どこまで信憑性があるかはわからないが、本当だとすると限定的だが世界最高峰の存在になれる可能性がある。レイナのことも何とかできるかも――、


「……なんてな」


 嘆息をもらす。

 俺が力になれる唯一の可能性ではあるが、不確定なものに全てを託すのはリスクが高すぎる。

 宝くじのようなものだ。頭の片隅に追いやっておこう。

 とりあえず、今はやるべきことに集中しよう。


「はいはーい! みなさーん! パーティーで集まったら座ってくださーい!」


 クレアさんの指示にしたがって四人揃っている俺達は床に座る。

 待つこと数分。立っている者はいなくなった。

 壇上に立っているクレアさんはそれを確認すると遠目でもわかるように大きく頷き、袖にいる誰かを手招きする。


「うむ」


 出てきたのは教師が身につける黒のローブをはおった還暦を迎えているであろう老人だった。

 誰かは知らないが、推測はできる。何故なら、容姿がまさにTHE学園長だからだ。

 良く見れば黒いローブの胸の所に何か縫われており、たたずまいに歴史を感じる。


「んん! ……こほん、えー、本日はお日柄も良く、絶好の攻略日和となりました」


 日本ではお目にかかれない姿からの定番の挨拶。 

 新鮮味があるのは攻略日和の部分ぐらいだろうか。


「――であるからして最近の魔導師協会は」


 開始早々に学園は関係なくなっていた。

 はあ、もういいや……。適当に聞き流しておこう。

 見るとフィオは剣の感触を確かめており、アイリスは眼を閉じて寝ている。寝るのが早い。

 最後の良心であるレイナは……本を読んでいた。フリーダム、一番リラックスしている。

 聞いているフリをしている自分が、とても真面目なのではないかと勘違いしそうだ。


「――私としては到底納得できることではなかった!」


 気づいたら話題は武勇伝へと移っていた。

 眼を見開き、拳に力を込めて力説しているが生徒達との温度差が激しい。

 袖の方を何となしに見てみるとクレアさんとアリシアさんが談笑していた。もはや先生すら聞いていない。

 自分の世界に入っているのか、よくもまあこんな空気の中で熱弁できるものだ。


「――こうして私は自分の理想を守ったのであった……!」


 ぼんやりとまどろみに身を任せること更に十分。やっと話が終わった。

 固まった体をほぐすために背伸びをする。


「はい。教頭先生ありがとうございました」


 クレアさんの誘導で教頭は袖へと消えていく。

 てっきり学園長だとばかり思っていたが、どうやら教頭だったらしい。

 未だに見た事のない学園長に思いを馳せる暇もなく、クレアさんが再び口を開く。


「では、今から帰還石を配りますのでリーダーの人が前に取りに来てください」


 クレアさんの後ろにいるアリシアさんが箱を軽く持ち上げる。

 帰還石……初めて聞くアイテムだが、漢字が間違っていないなら効果は予想がつく。


「何かトラブルが起きた時や最深部までたどり着けなかった場合は、これで帰還していただくので、くれぐれも失くさないでくださいね」


 俺の考えは当たっていたみたいだ。

 所謂、緊急脱出用のアイテム。

 さて、リーダーが取りに行かないといけないらしい。もちろん、リーダーはフィオなので俺が取りに行く必要はない。

 だが、フィオが動く気配はなかった。それどころか同種の視線を俺に向けてくる。……こいつ、まさか俺にリーダーをやれとのたまうのか。

 助けを求めようとレイナとアイリスを見る。しかし、残酷なことに二人はフィオと意見を同じくする者であった。


「おいおい、俺がリーダーなのかよ。どう考えたってフィオが適任だろ」

「申し訳ないが僕は辞退させてもらうよ。責任者にふさわしくない」

「ほらほら、無駄な抵抗はしないしない!」


 取り付く島もない二人は諦め、最後の希望とばかりにレイナを見る。

 ……もちろん、彼女も俺がリーダーになることに反対することはなかった。


「わかったよ……。じゃあ、取ってくるな」


 ため息をつき、アリシアさんの前にできている列に並ぶ。

 出遅れたため少しかかりそうだ。


「はい。地面に叩きつけたら1.5mから2mほどの魔法陣が展開して範囲の人を転位させるから、使う時は気を付けてね」

「ありがとうございます」

「アイリス達をよろしくね……」 

「え?」


 耳に届くかどうかの微かな声でアリシアさんがささやく。

 急いで顔をあげ、アリシアさんを見る。だが、その表情からは何も読みとれない。

 アリシアさんはアイリスのお姉さんだ。ならば、レイナの事情は知っているだろう。……だからか?

 受け取った帰還石を手にフィオ達の所に戻る。……一瞬アリシアさんの視線を感じた。

 先ほどの声と同じように、ただ過保護なだけと切り捨てるには抵抗を覚えるほどの真剣さだ。

 何かが起こるのだろうか。俺の勘違いだろうか。……わからない。


「お疲れー」

「……おう」


 考えこんでいたためアイリスへの反応が遅れる。


「どうかしたんですか?」

「あっ、いや、何でもない」


 気遣ってくれるレイナに両手をふり、大丈夫とアピールする。

 フィオは何か言いたげだったが、俺の心情を察してくれたのか何も言ってこなかった。


「あれれ? もしかしてユーヤびびっているの?」


 にししと意地悪く笑うアイリス。

 わざと流すためにこのような態度をとってくれているのだろう。ありがたく乗っからせてもらうとしよう。


「へっ! 誰がびびっているだって? 俺を誰だと思っているんだよ! ゴブリンごときおそるるに足らず! 俺をびびらせたかったらドラゴンでも連れてきやがれってんだ!」

「そうこなくっちゃ! ということで今日の戦闘はユーヤに任せるねー!」

「おいおい!? それとこれとは話が別だろ!」


 わざと不遜な物言いをする俺をアイリスがいじり、いじられた俺は大げさにツッコミをいれる。


「え~? で~も~、ユーヤって~ゴブリンぐらい~簡単に倒せるんでしょ~?」

「うざっ! 心の底からうざいと感じるぜ! ……だが、許してやろう。良いか? 俺の話を良く聞け!」


 俺は堂々と、そして力強く言いきる。


「お願いします! 私めに力を貸してください!」


 直立不動からの完璧なおじぎ。もちろん、おじぎの角度は90度だ。


「にゃははははっ! ユーヤかっこわるーい!」


 嬉しい事にアイリスが楽しそうに笑ってくれる。


「あったりまえだっての! 命あっての物種。死んじまったら意味がないじゃないか」

「そこはほら、男の子の意地ってやつ?」

「意地で生き残れるならやってやろう。だけど、どう考えたって助力を得たほうが確率高いっての」


 これがテニスのシングルスのような個人でのスポーツとかならリスクを負っても良い。だが、命が賭け金とかレートが高すぎる。


「へえ、思っていたより現実主義者なんだね。ユーヤって」

「おいおい、俺ほど地に足をついて生きている人間はいないって噂なのに、ずいぶんな言われようだ」


 アイリスの言いように外国人ばりのオーバーリアクションをとる。

 するとフィオが嘆息を、レイナは苦笑をもらす。ぬぬっ、失礼な奴らだ。

 だが、一番酷い反応を見せたのはアイリスだった。


「そう、だね……。うん、ユーヤがそう言うなら、きっとそうなんだよね…………」

「待てこら! そんな可哀想な人を見るような目で見るな!」

「わかっているよ……。ユーヤは強いから、乗り越えられるよ…………」


 まるで俺が現実から目をそらし、自分に都合のいいように思いこむダメ人間みたいな言い方だ。


「オーケーオーケー、俺の負けだ! だからそろそろやめてくれ!」


 このまま続けようものなら終いには泣くはめになる。

 俺の心はガラスで出来ているのだ。もう少し優しく扱ってほしい。


「……ガラスはガラスでも魔法でも破壊できない強化ガラスだろうけどね」

「そこ、人の心の中を勝手に読まない!」


 さらっと心の声に対応するフィオに全力でツッコミを入れる。


「はーい! 各パーティーに一個ずつ帰還石は渡りましたか? まだもらっていないパーティーは挙手してください!」


 そんなこんなでふざけあっていると配り終えたらしく、再びクレアさんの声が響く。


「大丈夫みたいですね! じゃあ、いよいよ出発です!」


 やっとこさ出発するみたいだ。

 結局、教頭の話が一番時間を使った。


「それでは帰還石をもったリーダーにパーティーの人は触れてください!」


 クレアさんの指示にフィオが左肩に手を置き、レイナが右手にふれ、アイリスは背中にくっついてくる。

 出発と行ったからてっきり歩いていくものだとばかり思っていたが、クレアさんがオレンジ色のオーラに包まれていることから察するに、どうやら何かしらの魔法を使うようだ。


「今から帰還石にインプットされている試練の洞窟に飛ばします!」


 遂に始まる。初めての実戦。

 フィオとレイナのわだかまりや、アリシアさんの謎の発言などの不安要素に一抹の不安を覚えるが、そうそう酷い事にはならないだろう。もちろん、注意は配る。

 だが、所詮は学園の行事だ。よほどのことがない限り、大変な事態になることもないはず。


「着くと同時にスタートなので頑張ってくださいね! みんな行ってらっしゃい!」


 この時、俺は本当の意味では理解していなかった。


『飛べ!(フライ)』


 ――ここが異世界であるということを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る