考え足らずのバカ野郎

「ほれ」

「ありがとうございます」


 買ってきた紅茶をベンチに座っているレイナに渡す。

 ちなみに俺はスポーツドリンク的なものだ。


「時間は大丈夫なのか?」

「はい。まだ大丈夫です」

「そかそか。なら良いんだけど」


 ベンチに座り、飲み物を口に含む。

 気づいていなかったが結構喉が渇いていたらしい。喉に沁み渡る。

 ここはローランス学園にいくつもある中庭の一つ。現在は見える範囲には誰もいない。

 何を話すかは知らないが、人がいない方が良いだろう。

 図書館でのレイナの顔が脳裏に浮かび上がる。人の好意を素直に受け取れないのには何か理由があるのかもしれない。

 隣のレイナを盗み見る。特に暗い雰囲気は感じないが、明るくもない。


「フィニアン家は優れた魔導師を輩出する家系です」


 一口紅茶を飲んだあと切りだしてきた。


「らしいな。フィオに聞いた」

「昔、大戦で王を敵の主力部隊から守った恩賞に貴族となりました」


 大戦……。そこまでの規模の戦争が行われていたのか。

 魔物の出現増加によって人と人の争いが減るとは何とも皮肉な話だ。


「それから常に国有数、大陸有数の魔導師が当主となり、地位を築いてきました」


 戦いは常にありましたからね、と苦笑する。

 この世界の魔導師には戦場で戦果をあげるタイプと、研究者として名をあげるタイプがあるらしい。

 どうやら、フィニアン家は前者みたいだ。


「アイリスのコーンウェル家、フィオ……君のカーティス家とは戦場で友に戦ってきた戦友なんです」

「アイリスの家もなのか」


 カーティス家とフィニアン家の話は聞いていたが、コーンウェル家についてはフィオから何も教えてもらっていない。


「コーンウェル家は少し特殊なんです。一緒に戦ったと言う意味なら騎士であるカーティス家ですね」

「……そうなのか」


 コーンウェル家について気にならないと言えばウソになるが、レイナに聞くのは筋違いだと思うし、多分教えてくれないだろう。

 眼で先を促すとレイナは手に持っている缶を強く握りしめた。

 そして震える声である事実を口にする。


「私、魔法が使えないんです……」

「え?」


 意味がわからなかった。

 いや、言っている意味は理解できる。

 ただ、どういうことなのかがわからなかった。


「ど、どういう意味だ? だって、レイナは学年でもトップクラスの魔力保持者って」


 レイナは俺の疑問に自嘲気味に話す。


「魔力は持っています。それこそ、フィニアン家の歴史の中でも一番ぐらいの。……でも、それを使うことができないんです」

「使うことができないって、魔法を使えないってこと、か?」


 レイナが力なく頷く。

 ――学年トップクラスの魔力を保有している。

 確かに魔法の「行使」に触れてはいない。あくまで潜在能力。そう言うこともあるのだろう。

 しかし、レイナや周りの反応を見るに……悪い意味で稀なのは想像に難くない。


「……小さいころから、小さいころから、いっぱいいっぱい練習しました」

「レイナ……」


 うつむいていて顔は見えない。

 ……だが、声が震えていた。


「頑張れば……努力すれば、きっと使えるようになるって…………!」


 絞り出すようなレイナの声はこれまでの苦悩を物語っていた。

 いや、俺が勝手に感じた気になっているだけだ。わかるわけがない。


「お父様も、お母様も、おじい様も、おばあ様も、みんなみんな笑ってくれるんです……。魔法が使えなくったってレイナがいるだけで、みんなは幸せになれるって…………」


 きっと心からの言葉なのだろう。レイナはいるだけで人を癒す力を持っている。

 だが、レイナは自分を思ってくれての嘘だと、皆の優しさだと受け取っているのかもしれない。

 だって、こんなにも辛そうにしているのだから……。


「勉強、したら、原因がわかる、と、思って……」


 スカートに涙が降る。

 言葉は泣き声で途切れ途切れになっていた。

 その苦悩を推し量ることはできない。

 必死に勉強する姿の、称賛を素直に受けきれない姿に隠された彼女の苦しみなど想像できるはずがない。

 胸が締め付けられる。どうにか涙を止めてあげたかった。止めたかった。


「でも「レイナ」……ユーヤ君?」


 彼女の悲しんでいる姿を見たくなくて思わず抱きしめてしまう。

 普段であればこんな大胆な行動はできないが、必死に言葉を捜していた俺は気づかなかった。

 考えが纏まらない。思い浮かぶ慰めの言葉は軽く、口に出すことはできない。

 でも、口にせずにはいられなかった。


「頑張ったさ! 何も知らない俺だけど、レイナが頑張ったってわかる! わかってやる! 誰が何と言おうと俺はレイナが凄いと思うッ!」

「っ!」


 レイナの体が震えた。


「ごめん……」


 独りよがりな行動を謝罪する。

 どうにかして元気づけたかった。だが、それはレイナにとって重いものかもしれない。

 わかっていても自分のために言葉にしてしまった。

 己の軽薄さに唇を噛む。


「そんなことないですよ……」


 レイナは振りほどくこともせず、そう囁いてくれた。


「でも、俺……」

「まだ知り合って短いですけど、ユーヤ君がどんな人かは何となくわかっているつもりです」


 落ちつきをもった優しい声が耳に心地よい。

 空気だけではなく、声でも人を癒してくれる。


「ユーヤ君は単純です。すぐに周りの影響をうけてしまいます」


 思い当たる節しかなかった。


「でも、根は純粋で真っ直ぐ……。前向きに生きていくことができる凄い人です」


 レイナが語ってくれる藤堂雄也は俺の理想だ。

 現実は相手のことを欠片も思いやれず、それを俺らしいと言って逃げている。


「最初はあまり関わる気はなかったんです。でも、何でも素直に口にしてしまうユーヤ君だから……」


 一旦言葉を止め、体を離し、レイナは俺の顔を見た。

 柔らかいコスモスのような笑顔だ。


「聞いてほしくなっちゃったんです」


 不思議ですよね、と笑う。


「ははっ」

「ユーヤ君?」


 不意に祖父との想い出が脳裏を駆け、笑いが込みあがった。

 祖父は事あるごとに、一番大事なのは相性だと豪語していたのだ。

 当時は、よく意味がわからなかったが、腑に落ちた気がする。


「いや、じいちゃんことを思いだしてさ」

「ユーヤ君のおじい様……。どんなことを思いだしたんですか?」

「いやいや、大層なことじゃないよ。……ただ、そうだな」


 祖父を思い出すと自然と幼馴染―—峰岸空みねぎしそらとの想い出が蘇る。

 幼稚園、小学校、中学校、高校といつも隣にいてくれた。

 相性の話も空といる時によく聞かされていた。


「ただ?」


 レイナの声に現実へと引き戻される。

 空の事は一旦おいておこう。今はやるべきことがある。

 幸いなことに、ここにも仲が良い人たちが着々と出来てきた。

 とりあえず、前向きに取り組んでいきましょう。何せ俺はそういう人間らしいからな。


「俺とレイナは相性が良かったんだなって」


 もちろんフィオともアイリスとも相性が良い。

 過ごした時間は短いが、一緒にいて心地良いと思えるのだから。


「ユーヤ君……。はい、そうですね!」

「おう。俺とレイナはパーティーも共にするからな。運命共同体と言っても過言ではない!」

「そ、そうですね!」


 俺のテンションに合わせて力強く返してくれる。

 ……よし、このまま押し切ってやろう。


「つまり、力を合わせて困難に立ち向かっていかなければならないのだ! わかるか、レイナ君」

「は、はい! わかります!」

「よろしい! つまり、俺もレイナが魔法を使えるように手伝うのは至極もっともだ!」

「はい! ……え!?」


 言質を手に入れ、ニヤリと笑う。


「じゃあ、今日はこんなところで帰るとしようか」

「ちょ、ちょっと、ユーヤ君! ずるいです! だますだなんて!」


 ズルいかもしれないが、だましてはいないのでスルーする。


「聞いているんですか!? ユーヤ君!」

「ぬはははっ、嘆くなら自分の愚かさを嘆くんだなー!」


 わめくレイナをしり目に門へと向かう。


「ま、待ってください! まだお話は終わっていませんよ!」

「なんだよ。レイナだってそろそろご飯食べにいく時間だろ?」

「そ、そうですけど! ユーヤ君に言いたいことがあるんです!」


 服を掴まれ、逃亡を阻止されたので仕方がなく話を聞くことにする。

 はてさて、言いたいこととは何なのだろうか。

 そういえば、いきなり抱きしめてしまったのだった。

 もしや、セクハラとして訴えられるとか……!

 昨今の事件が脳裏を駆け巡り、顔を青くする。


「ありがとうございます」


 だが、いつ土下座するかと追い込まれていた俺の耳に幻聴か、感謝の言葉が聞えてきた。

 レイナを見る。彼女は微笑んでいた。


「ユーヤ君が褒めてくれた時は、こう言えば良いんですよね?」


 傍から見たら、きっと俺は呆けていたことだろう。

 数秒遅れてレイナが図書館での話を指していると気づく。

 嬉しくて顔が自然とほころぶ。


「お、おう! ばっちりだぜ!」

「ふふっ、良かった」


 俺の気のせいかもしれないけど、レイナの空気が優しいものへと変わる。

 いや、最初から優しかったのだが、今まではどこか緊張感が漂っていた。

 しかし、目の前のレイナには――


「何か、変わった?」


 思った事がそのまま口からでる。


「あっ、いや、そんなすぐに変わるわけないよな」


 脊髄反射で喋りすぎだ。

 もう少し相手のことを考えていかないと。


「……ユーヤ君のおかげです」

「えっ?」


 レイナは俺に背をむけ、門へと歩き出す。


「ちょ、ちょっとタンマ! 何で俺のおかげなんだよ!」


 慌ててひきとめる。先ほどとは立場が逆だ。


「教えてあげません」

「えー!?」


 だが、レイナは教えないと申すではないか。

 気になることがあると夜も寝れなくなるタイプなため、どうにかして教えてもらおうと尋ねる。

「ちょ、ちょっと、教えろよ! 教えてよ! 教えてくださーい!」

「だーめ。秘密です」

「ぐぬぬぬぬっ」


 だったら何で気になるような言い方をするんだよと文句の一つでもぶつけたいのだが、立場を考えて堪える。


「じゃあ、私、そろそろ時間なんで行きますね」

「おおーい! マジで!? マジで答え教えてくれないの!?」

「ユーヤ君への宿題です」


 語尾にハートがつきそうな可愛さで俺を不眠症へといざなう。

 宿題ということは考えればわかる答えなのだろうか。


「ふふっ、答えはいつでも良いですよ。それじゃあ、また明日」

「……あー、もう! 絶対、解いてやるからな! 楽しんでこいよ! また明日!」


 この場で解くことを諦め、レイナへと挨拶を返す。


「夜、寝れるかな……」


 レイナの姿が見えなくなるまで見送った後、俺は肩を落とす。

 繊細な俺はきっと寝不足で明日を迎えることになるだろう。

 だが……。


「レイナが楽しそうだし、まあいいか」


 中庭を茜色に染め上げる夕日は半分ほど地に消えていた。

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