図書館の女神
試練の洞窟攻略を明日に控えた今日、俺は図書館に来ていた。
特に目的などない。フィオが生徒会関係者に呼ばれたため手持無沙汰になってしまったからだ。
コミュニケーションには少々自信がある。友人は結構作れた。
けれど、仲が良くなった人達は軒並み部活やら用事やらで捕まらなかったのだ。
当初は余裕がなかったので部活など入るつもりはなかったが、話を聞いていると楽しそうで今度見学にでも行ってみようかと考えている。
とりあえず、今は面白そうな本でも探そう。
「おっ」
適当に気になるタイトルを二、三冊手に取り、奥の方のテーブルに行く。
期待通りレイナの姿があった。やはり、教科書とノートを開いている。
やれやれ、本当に努力家だな。頭が下がる。
「よっ」
「あっ、ユーヤ君」
声の相手が俺だと理解すると破顔した。とても可愛い。
どうやら機嫌が良いらしい。
たまにいる笑顔を見ると、こっちまで嬉しくなるタイプ、レイナはそれであった。
「ご機嫌だな。良いことでもあったのか?」
「はい。今日はお母様達と外食に行く予定なんです」
場をわきまえて小声だが声が弾んでいる。
両親と食事か。外食が楽しみと言うよりは両親と行くのが楽しみなようだ。
フィオの家もそうだが、名家となると忙しいのだろう。
「へえ、良かったな」
「はい!」
思わず声が出てしまったのだろう。慌てて手を口にあて、周囲を見回している。
先週、この時間帯は混んでいたが、ざっと見る限りあまり人はいない。
前回は何かしら集まってやることでもあったのだろうか。
「そういえば、図書館で勉強なんてしていて大丈夫なのか?」
「食事まで時間がありますから。復習だけでもしておこうかなって」
「はー、本当に真面目だな」
「そんなことないですよ」
本人は謙遜するが、全くできない俺からすると尊敬に値する。
テスト前など追い込まれた状況ならまだしも、普段は中々できない。
終わった瞬間は毎回、これからは真面目にコツコツやろうと心に誓うのだが、実績は悲惨なものである。
「んじゃ、あまり邪魔はできないな。勉強頑張ってくれ」
「はい。ありがとうございます」
図書館でレイナと会うと結論はこうなってしまう。
そもそも本を読むか、勉強する場所なので仕方がないが。
本を読もうと視線を下に落とすと、レイナの綺麗な金色の髪が視界をかすめた。
自然と口が緩むのがわかる。
容姿や性格が理由なのか、レイナの空気は人をリラックスさせる成分があるようだ。
日は傾き、時刻は夕方。窓に近い席に座るレイナは半分夕日色に染まっている。
その姿は、一つの作り上げられた名画のようだった。
芸術的感性に欠ける俺でも長時間見ていられる。そんな光景だ。
「……私の顔に何かついてますか?」
ジッと見過ぎてしまったらしい。
視線に気づいたレイナが手鏡をとりだして自分の顔を確認する。
「ごめんごめん。何も付いてないぜ」
「そうですか? なら、どうして」
この時、俺はレイナに見惚れていたため少しぼんやりとしていた。
故に、思っていたことが素直に口から飛び出てしまったのである。
「レイナが綺麗だったからさ」
「……え? そ、その! い、いきなりそんなこと言われても……!」
少し遅れて意味を理解したレイナの顔が真っ赤に染まる。
言われ慣れているだろうにこの初心な反応は何だか笑えてくる。
「ははっ、今は綺麗っていうより可愛いだな」
「ユ、ユーヤ君!? か、かかか可愛いって……!」
突然レイナが立ち上がる。もちろん今まで座っていたわけで結構な音がした。けれど、声はしっかりと抑えている。
「あっ!? ご、ごめんなさい……」
近くにいる人達の視線が集まり、先ほどまでとは違う意味で頬を染めて頭を下げる。
そして、何故か椅子に座りなおした彼女は涙目で俺を見てきた。
「えーっと、もしくかして怒っていたり?」
「怒っていません! でも、ユーヤ君が悪いです」
本人いわく怒っていないらしい。
なら、どうして俺が悪いのだろうか。
「どこが?」
わからないので素直に聞き返す。
すると、レイナは言いづらそうに視線をさまよわせながらボソボソと呟く。
聴力は悪くはないが、特別良くもないので当然聞えない。
「悪い、聞こえなかったからもう一回言ってくれない?」
聞き返すとレイナは縮こまってしまう。
無理に聞きだす場面でもないため、レイナが言いやすいタイミングを待つ。
チラッと窺うように見てくる。小動物が警戒している様が思い浮かぶ。
言いやすいようにと笑いかけてみると、勢いよく眼をそらされた。
「……その」
深呼吸を数度繰り返した後、決心を固めたのか口を開く。
ちなみに、胸の前に持って来られた両手が俺的に高ポイントなのは秘密だ。
「ユ、ユーヤ君が」
「俺が?」
核心の部分は恥ずかしいのか、もじもじとしている。
「き、綺麗とか、か、可愛いとか言う、から……」
人と話す時は眼を見ないといけないとでも教えられてきたのか、恥ずかしさを我慢して目を合わせている。
彼女は気づいていないだろうが、身長の差に体勢もあって上目づかいだ。
…………うん、どストライクっす! おおっと、本音が。
「なんだそのことか。事実なんだからしゃーない」
「じ、事実じゃないです……」
美的感覚は人それぞれ。周りが可愛い、綺麗と思っていても本人はそう思えないことなんて良くあることだ。
「よし、事実はどうかはおいとこう。これは俺の意見だ。俺の個人的な意見。大衆の感覚なんて知ったことではない」
俺はお世辞はあまり言わない。俺がもらっても嬉しくないからだ。
心のこもっていない称賛まがいなんて喜べない。自分が良いと思えないものを人に送ることはどうしても憚られる。
円滑に物事を進めるために、場面によっては濁したりすることはあるけれど。
「少なくとも、俺はレイナは綺麗で可愛いと思っているぜ」
二の句がつげないレイナの様子に、にししと笑い声がもれる。
気分としてはイタズラに成功した感じだ。
どうよ、他は関係ない。俺の、藤堂雄也とうどうゆうやの個人的意見だ。レイナの性格を考えると否定はできないだろう。
「あ、あの、その……」
ショート寸前なのか焦点がぼやけはじめてきたレイナの顔は夕日以上に真っ赤だ
ここにきて、凄くこっぱずかしいことを言っている気がしないでもないが、もう引き返すわけにはいかない。直進あるのみだ。
「あ、あまり、こういうことい、言われたことないので、何と言ってよろしいのか……」
今までは褒められたら否定してきたのだろう。
だが、このケースは俺の感覚だから一刀両断できず、何と返せばいいのか迷っている。
言われたことない、か。まあ、本気と受け取ってこなかったが正解だろう。
「ハハッ、そんなの簡単だろ」
簡単に反応したレイナが俺を見てくる。
あくまで、俺が相手ならだ。全員に通じるかは知らない。
「ありがとう、って言えば良いんだよ」
褒めてもらったなら、そう感じてくれてありがとう。感謝すれば良い。
お世辞で本心ではないかもしれないが、人の心を正確に理解するのは難しいことだ。
相手を思っての行動が裏目にでることなんていくらでもある。ならば、称賛の言葉ぐらいは全部真に受けたって良いじゃないか。
自分で納得できない高評価だとしよう。ならば、それに見合うように頑張れば良いだけ。
などと偉そうに考えているが、俺自身出来ない時の方が多い。
「他の人は知らないけど、俺は褒めたいと思った事しか褒めん! 信じて良いぜ?」
「……ユーヤ君は何だか凄い人ですね」
レイナが俺に聞えるか聞えないかぐらいの音量でポツリと声をもらす。
「まあ、俺だからな。お褒めの言葉痛みいる」
「ふふっ」
調子に乗りやすいのは俺の悪いところであり、可愛いところ……なはず。
レイナも笑ってくれているし、きっと大丈夫だ。
「ユーヤ君は凄い人です」
「おっ、もう一度お褒めの言葉タイムか? あざーっす! 嬉しいっす!」
俺の圧倒的なカリスマにレイナもようやく気づいたみたいだ。
この調子でフィオ、アイリスとどんどんと取り込んでいくぜ。ゆくゆくはこの学園のトップに立ってやる。
もちろん、そんな大それた目標は持っていない。
「でも、私はユーヤ君みたいに前向きには考えられないです……」
「え?」
「ちょっと、中庭でお話しませんか?」
レイナが一瞬見せた儚げな表情に、俺は頷くことしかできなかった。
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