不 完 全 燃 焼
190cmはあるだろう長身に鍛え上げられた肉体。
盛り上がった筋肉に加え、ゴツイ顔、低い声はそこに立っているだけで威圧感を与える。
「後日、行われる試練の洞窟攻略に向け、今日は実戦形式の授業を行う」
実技担当教師――バーナード・ブルース先生は体育座りをしている俺達に向けて説明を行う。
手伝いなのだろうか、いつもとは違ってバーナード先生を含め、五人の教師が立っている。
「とはいえ武器を振り回すには基礎体力が足りぬものもいるだろう。なので、今日指導するのは防御のみだ」
周りを見渡す。
女子も混ざっていることもあり、三分の一ほどの生徒に疲れが見受けられる。
フィオとレイナは大丈夫そうだ。
「今までの順位からグループを五つに分ける。名前とグループをあげていく。覚えておくように」
全て一番だった俺は一番目か五番目のグループになるはずだ。
地球にいた時はクラスレベルですら一番だったことはあまりないので純粋に嬉しい。
「――以上が一グループだ」
言い終わると一人の先生が手を挙げる。
どうやら一グループはあの先生が教えるようだ。
そして後ろの方の生徒が呼ばれていたので、この分だと俺は五グループになるだろう。
「――以上が四グループだ」
それから順々に呼ばれていき、呼ばれなかった面子が五グループというわけか。
担当教師は残っているブルース先生だろう。
「呼ばれなかった者は五グループで俺の指導を受けてもらう」
他のグループは集合の後、移動したため、俺達はここで指導を受けるようだ。
得物を尋ねられ、先生から皆に希望の物が配られる。
奇しくも全員が剣を希望した。
「武器は持ったか?」
五人しかいないので返事をする必要はなかった。
ブルース先生は一度頷くと、手に持っている棍棒を見せつけるように持ち上げる。
「今度の行事の舞台となる試練の洞窟の主な魔物はゴブリンだ。ゴブリンの攻撃は棍棒が主体であり、方法もワンパターン」
ゴブリン、日本でもおなじみの魔物だ。
漫画やゲームの中で、という意味だが。
「武器を扱うのに大事なのは足腰だ。最低限それがあるであろうお前たちにうだうだと説明などしない」
何となく嫌な予感がする。
習うより慣れろ。俺の攻撃を防いでみろとか言わない、よな?
「だから、これから一人ずつ俺の攻撃を受けてもらう。棍棒の衝撃、攻撃パターンを体に覚えこませろ」
嫌な予感とはかくも当たるものだ。
見た目で判断して悪いが、論理的に説明をするタイプに見えないのもある。
感覚重視は嫌いではないが、初めての授業で攻撃を受けてみろは無茶ではなかろうか。
そう思ったのは俺だけではないらしく、何人かの生徒が憂色ゆうしょくを浮かべる。
「安心しろ。殺さないように気を付ける」
そんな俺達の心情を察したのか、ブルース先生が真顔で爆弾発言をしやがりました。
口元を引きつらせつつ、冗談であることを願う。
トーンも表情も変化なく、サラリと言われたせいで全員に緊張が走った。
「冗談だ。今までは酷くても骨折程度で済んでいる」
本人から冗談認定が下りたことで、ホッと胸をなでおろす。
そして、一拍遅れて骨折のワードに背筋が寒くなる。
「安心しろ。ローランス学園の魔導師は優秀だ。来週の行事には間にあう」
そこではない。問題はそこではない。
ツッコミを入れたくて仕方がないが、ブルース先生は何事もなかったかのように授業を進める。
「では、呼ばれた者は前に出てこい。他の者はしっかりと観察しておけ」
……そうか、本気か。本気と書いてマジと読むのか。
楽しそうだな、と思っていたさっきまでの自分に教えたやりたい。この授業は戦闘訓練であるということを……!
「まずは、ロバート! お前からだ」
ロバートと呼ばれた男子学生はまるで死地にでも赴くかのような絶望的な表情を浮かべる。
頑張れ! むしろ、ブルース先生なんてぶっ飛ばしちまえ!
心の中で無茶なエールを送るが、もちろんのことロバート君には届かない。
「お、お願いします!」
3mほど離れた場所でブルース先生と向かい合うと、手に持っていた剣を構える。
端々から緊張が見えるが、その姿は素人目にも堂に入っていた。
少なくとも剣の扱いには慣れていそうだ。
「彼の家も騎士の家系でね。幼少の頃から剣は扱ってきたんだろう」
俺の疑問に気づいたのか、隣にいたフィオが小声で教えてくれた。
なるほど。もしかしたら、一人目なので剣の扱いになれている人を選んだのかもしれない。
ならば、安心して見ていられる。彼が無残にもボコボコにされたら、大抵の人間がそうなると暗示されるようなものだからだ。
「ひよっこにしては良い構えだ」
「あ、ありがとうございます!」
ブルース先生もロバート君の腕前を評価する。
思い出せば体育の時間、器械体操のお手本として経験者である友人が一番手に指名されていた。
つまりはロバート君を真似ろと。挙動を見逃さず、どれだけ盗めるか。観察眼が問われているのだろう。
何かしらヒントを得ることができるはずだ。ロバート君だけではなく、できればブルース先生の動きも合わせて視界に収めたい。
あくまで相手あっての防御なのだから、ブルース先生の動作も重要だ。
けれど、今回に関しては先生はゴブリン役。攻撃はワンパターンらしいので優先順位は後になる。
「ゴブリンの攻撃は振り下ろして横になぐ。単純だが、腕力やスピードはそこそこのものがあるから気を付けるように。余裕があるなら反撃しても良いが、優先するべきは防御なのを忘れるな」
「はい!」
ふむふむ。こちらのアクションに対してのリアクションはないのか。
気を付けるべきは油断。その前にどれぐらいの威力に速度なのかだ。
ブルース先生が棍棒を上段に構え、腰を沈める。
「では、いくぞ!」
言うが早いか、ブルース先生が駆ける。いや、跳んだ。
――速い。
凄まじい圧に踏み込んだ地面が少しへこむ。
3mもの距離をバネだけで一瞬で無にする。魔法を行使したのか、純粋なる身体能力なのかはわからない。
あまりの早技にロバート君は不意をつかれる。
が、流石は騎士の家系、振り下ろされた棍棒をとっさに剣で受け止めた。
打ちつけられた金属音が訓練場に鳴り響く。
均衡は瞬く間に終わりをつげる。
「ッ!?」
「鍛錬が足りん!」
受け止めたように思えた一撃は剣を弾き飛ばし、そのままロバート君をも吹き飛ばした。
衝撃は相当なものだったのか、大の字になっているロバート君は立ちあがる気配がない。
『腕力やスピードはそこそこのものがあるから気を付けるように』とは聞いていたが、そこそこの基準を見直す必要があるようだ。
目を凝らすと薄らとブルース先生の体が紅色のオーラを纏っている。どうやら魔法を使っていたらしい。
改めてこの世界は元の世界とは違うことを認識させられる。
今までは便利な道具程度の感想しかなかった魔法を戦闘に使うと、これほどまでに恐ろしい物になるのか。
あちらの世界は技術で人より強い動物から勝利をもぎとった。
こちらの世界は魔法で人より強い魔物から勝利をもぎとってきたのだろう。
身体能力が上がったこともあり、どこかで自分が強くなった気になっていた。最初に出会った化け物は例外だと思い上がりをしていた。
気を引き締めろ。お前は一度死にかけたんだ。
負けるかもしれない、死んだら終わり。剣と魔法の世界は、死と両隣なのだ。
先入観をなくせ。ゴブリンという名前に騙されるな。相手が格下だと決めつけていたら生き残れない。
「おかしいな……。ゴブリンはあんなに強くないはずなんだが」
「は?」
フィオがポツリと漏らした事実に思わず声がでる。
幸い、次の生徒の相手をしているブルース先生には聞えなかったようだ。
「どういうことだよ」
目線は眼の前の戦闘に向けつつ尋ねる。
「前にゴブリンとは戦った事があるんだ。でも、その時は一般男性並みの身体能力だった、はず」
フィオも少し困惑しているのか自信なさげだ。
うーむ、先生は確かに主な魔物はゴブリンだと言った。だから、攻撃パターンを体に覚えさせろと。
……あれ?
「もしかして、ゴブリンの攻撃方法だけを真似ている、とか?」
「多分ね。あれほどの凄まじいスピードとパワーを体感しておけばゴブリンなど子供みたいなものだ」
二人目の挑戦者が描く軌跡を見ながら、フィオは納得いったとばかりにうんうんと頷いている。
……わからないではないけどさ。これ、下手したらトラウマになるんじゃないか?
ほら、三人目の子なんて既に涙目じゃん。
「ふん!」
まるでリプレイかのように三人目の女の子も弾き飛ばされる。
容赦がない。確かに、魔物は女性だからと手加減なんぞしてくれないだろう。それにしても大丈夫か心配になる。
他の人の反応が知りたくてフィオを盗み見る。当り前のことなのか特に変化は見られない。
やはり、戦いが身近な人は感覚が違うようだ。俺は男ならまだしも女の子や子供がやられる様はあまり見たくない。
「次、カーティス!」
「はい」
「頑張れよ」
「ああ」
遂にフィオの番がやってきた。
流石は騎士名家の一人息子。剣を携える姿が様になっている。
「お願いします」
配置につくと優雅に一礼をし、流れる動作で正眼に構える。
たったそれだけの動きに、滑らかで一切の無駄がないそれに眼を奪われた。
美しい……。
失礼だがロバート君とは比べものにならない。
熟練された動きは静かな水面を思い起こさせる。
薄らと白銀のオーラを纏ったフィオの姿に息をするのも忘れてしまう。
「――中々やるようだな」
「お褒めにあずかり恐縮至極です」
称賛に答えながらもフィオの眼光はブルース先生を貫く。
先生の口角が上がり、眼の色がかわる。
……あれは教師の目ではない。何となくそう思った。
一人の剣士としてフィオの実力に、才能に心が躍っているのだ。
これは死合ではない。最高でも二振りで終わってしまう指導だ。
緊張感が場を包む。先ほどまでとは全く違う空気に両の手を強く握りしめる。
「……では、いくぞ!」
左足のバネを溜めに溜め、踏み出した一歩は今までよりも速い。
推定190cm、100kg強の筋肉の塊がフィオに襲い掛かる。
「うぉぉぉおおおおおッ!!!」
ブルース先生の雄たけびが体の芯を貫く。
普通なら恐怖し、動けなくなってしまうほどの威圧感を前にしてもフィオの表情は微塵も揺るがない。
前に出していた右足を引き、振り下ろされた全てを潰してしまうのでないかと言う棍棒を刀身の腹で受け流す。
金属音は鳴り響かない。それほどまでに衝撃を殺していた。
だが、ブルース先生も予想していたのか、前のめりになりながらも棍棒をなぐ。
フィオの脇腹を狙った腕力のみで振るわれた一撃は一発目ほどではないが速い。
しかし、それすらもフィオは柳に風と受け流してしまう。
左足を軸に右足を更に回し、半回転しながら再び刀身で棍棒を運ぶ。
一歩も動かず、180度回転しただけで二度の攻撃を防いでしまった。
ゾクゾクする。恐怖ではない。武者震いとでもいうべきだろうか。
俺は眼の前にいるフィオと言う騎士に心を奪われていた。
「……流石はカーティスと言うべきか。今後も精進しろよ」
「ありがとうございました」
一礼し、フィオが戻ってくる。
ダメだ。にやにやが止まらない。
いつも通り軽口を叩けば良いのに、どうしても違う感情が湧きでてくる。
「……君はその表情も似合っているよ」
どんな表情だよ。こちとら今すぐにでもお前と戦いたいってのに。
ロバート君の時はあんなに深刻にしていたのに、どれだけ単純な性格なんだか。
戦いたいって、ただのバトルジャンキーではないか。漫画だと最初は敵だが、後々味方になるタイプ。ラストあたりで死にやすい。
抑えきれない歓喜に、自分の思考回路の幼さを自覚する。
これでは命がいくつあっても足りない。
「最後、トウドウ!」
「はい!」
心の底から湧いてくるエネルギーを少しでも放出するために大きな声で返事をする。
使った事もあり、剣は気持ち手になじむ。
だが、白桜しろざくらを使った時の一体感とは程遠い。あの戦い以降一度も出すことが出来ていない白銀の剣。
もしかしたら祖父の力だったのかもしれない。考えても答えはでないが。
「よろしくお願いします!」
位置につき、再び大きな声で挨拶を行う。少し落ち着いた。
さて、冷静になったところで、どうやって構えたものか。
剣など習ったことも、振るったこともない。触ることすら二回目だ。
白桜を使った時は体が勝手に動いてくれたため、どうしていいのかさっぱりわからない。
だが、正面にいるブルース先生が眼に入った瞬間、俺は自然と地の構えをとっていた。
不思議と体が勝手に四肢に力を蓄える。ギアも入れ替わったのか視界がクリアだ。
「むっ」
「ユーヤ……!」
ブルース先生が警戒の色を濃くする様や、視界の端でフィオが息を飲むのがわかる。
負ける気がしない。
強いと思っていた眼前の存在は俺にとって取るに足らない生き物だと本能がささやく。
だが、俺はそんな本能に喝を入れる。
強い者が勝つとは限らない。隙をつくるな。毛ほどの油断もしてはならない。
最初の振り下ろしを横にかわし、一撃で仕留める……!
「ぬぅ……」
ブルース先生が額の汗をぬぐう。未だに飛び込んでくる気配はない。
疲れたのか? いや、フィオはともかく他の三人は疲れる要素などなかった。また、この程度で疲弊する者が実戦指導にあたるわけがない。
俺の意図が見抜かれており、間をとっているのか。
関係ない。やることはかわらない。俺なら見切れる。
――キーン コーン カーン コーン――
「え?」
だが、無情にも鐘の音が授業の終わりをつげる。
「……これにて今日の授業は終了だ。武器は箱に入れておけ。後、来週までイメージトレーニングをしておくように」
「ちょ、ちょっと! 俺だけ戦ってもらってないんですけど! ねぇ、せんせーーーッ!」
去っていくブルース先生の背に向かって声を投げかけるが、聞えていないのか行ってしまった。
そういえば、この場にいるのは俺とフィオだけだ。イメージトレーニングしておくようにって俺達が三人に言わないといけないのだろうか。
「何か俺だけ損した気分だ」
「ユーヤ」
ぶつくさと文句を呟いているとフィオが近づいてきた。
「フィオもそう思うよな」
「ユーヤ、君は……」
同意を得るべくフィオの方向を向く。
フィオは珍しく汗をかいていた。
はて、ブルース先生との対決で汗をかいたのだろうか。気づかなかった。
それより深刻そうに俺の名前を呼んできた方が気になる。
「どうした?」
「……いや、何でもない」
「なんだよ、変なフィオ」
「すまない。ちょっと疲れただけだ」
合点がいった。
所謂、気疲れだ。短時間とはいえあれだけ濃密なやり取りをこなしたのだから疲れて当り前。
深刻そうに聞えたのは、単に疲労がにじみ出ていただけなのだろう。
「そりゃ、あれだけのことをすれば疲れるよな。よし、さっさと着がえて昼飯にしようぜ」
「……そうだね。そうしよう」
いつもと違って弱弱しいフィオの様子が気がかりだったが、ひとまず教室へと足を向けるのであった。
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