やっぱりこの能力はズルい
結論から言うと、話し合いは特に進展もなく終わってしまった。
そもそも、顔合わせが目的なので一応達成しているのだが、チームワークに一抹の不安を覚える。
また、フィオとレイナの仲を修復までとはいかずとも緩和したかった。
その意味では失敗だったのが痛い。結局、レイナは終始遠慮気味でフィオも口数が少なかった。
フィオは最低限の体面を守るタイプなので意外だったが、良く考えれば昔から知っている親戚なのだ。体面なんてあまりないのかもしれない。
何はともあれ、俺のお節介は意味がなかったわけだ。下手したらマイナスになっているかもしれない。
やはり下手に動かない方が良かったのだろうか。だが、パーティー組むことになった以上、タイミングとしては間違っていないはず。
とりあえず、嫌っているわけではないため悪手にはなっていないと信じよう。
「それにしても毎度毎度マラソンって飽きてきたな……」
色々と考えて暇をつぶしていた俺の意識が現実へと引き戻される。
今は週に一回ある基礎体力訓練、マラソンの授業中だ。
始まってからおよそ十分。いつも通りだとすれば、これから後十五分もの間たんたんと走っていなければならない。
アルバイトをするため部活に入っていなかったが、運動は好きなためそれなりに体を動かしていたので体力の心配はない。
更に、こちらの世界に来てから身体能力が向上しているため、手を抜いていてもなかなかの速度がでる。そういえば、英雄の記憶の力はある程度残るとの話だった。
まるで風が背中を押してくれているかのように足が前に進む。
むしろ、余裕綽々すぎて暇な現状だ。だから、反省をしていたのだが。
他の生徒たちを見るために後ろを向く。
日本の学校とは違い、広大な面積を持つローランス学園ではトラックを何周するとかではなく、決められた道順を一周すれば良いだけだ。
そのため、遅れている生徒の姿を確認することはできない。
「やっぱり、フィオしかいないか」
今までと変わらず俺が視認できる距離にいるのはフィオだけであった。
そもそも、魔導師を目指す生徒が多いこともあって体力面で不安がある生徒が多い。
このしつこいまでのマラソンも最低限の体力を鍛えるのが目的らしい。
武術の試験で受かった生徒たちなら話は別なのだろうが、そういう人たちは一つのクラスにまとめられている。
評価された才能が違うのだから同じカリキュラムを組むのは難しいか。
学年が変われば関係ないとのことだし、来年になれば同じクラスになることができるだろう。
わざわざ探しに行くほどではないが、興味はあるので楽しみだ。
「おー、良い風」
ゆるやかな風が体を冷やしてくれて気持ち良い。
単純作業は好きではないが、体を動かす唯一の時間なので甘んじて受けとめよう。
知識を詰め込むことで頭を使うよりは、暇をもてあまして頭を使う方が楽しいし。
(走りこみは終了だ。至急訓練場に戻ってくるように)
「お?」
風にまぎれ、この授業の担当教師の声が耳に届いた。
どうやら魔法のようだ。本当に何でもありだな。
すぐに立ち止まるのは体に悪いので徐々にスピードを下げていく。
「フィオ、今の聞こえた?」
まさかとは思うが、聞き間違えだったら困るのでフィオに尋ねる。
「はぁはぁ……ああ、聞こえた。どうやら今日は何かやるみたいだね」
「んだな。まあ、マラソンには飽き飽きしていたし、ちょうど良かったぜ」
膝に両手をついて息をみだしているフィオは、まるで化け物を見るかのような眼で見てくる。
「毎回、思っていたけど君の体力は無尽蔵なのか?」
息を整えたフィオは呆れ半分尊敬半分の表情だ。
ある意味ドーピングのようなものなので誇らしくするのは憚られる。
元の世界の体力だと、フィオよりなかっただろう。
「たまたまだ」
「……はあ」
流石に無理がある言い訳だった。フィオがため息をつくのもわかる。
適当に濁しておこうとの結果がこれとは、自分で自分が信じられない。
「まあまあ、俺のことは気にするな。なんたって俺は、悪の組織と戦うために改造された正義のヒーローだからな! 一般ぴーぽーと比べてもらっちゃあ困るぜ」
「…………」
フィオの視線が胸に刺さる。
「さ、さて、訓練場に戻ろうぜ」
「ふっ、そうだね」
慌てて話をそらす俺の姿に、フィオはわずかに口角を上げ、同意する。
事実、優しい教師が多い中、体育会系っぽいこの授業の教師は厳しい。遅くなるのは得策ではない。
軍隊上がりだからだろうか。
「つーか、半分ぐらいまで来ている俺達が一番遠いじゃん」
「残念ながらね」
一番、速い人が損をするのはどうなのかとも思うが、不満を覚えても距離は短くならない。
「フィオ、体力はどうだ?」
「君に合わせてならギリギリかな」
「んじゃまあ、ジョギング程度で行きますか」
集合をかけられたのだから、きっと何かをするはず。わざわざ無駄に体力を使う必要もない。
俺達は示し合わせたかのように同時に一歩目を踏み出した。
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