そんな馬鹿なと俺は叫ぶ

 ローランス学園一学年恒例イベント――『チキチキ最速王者決定戦~ガチンコ攻略対決』は前期の成績に大きく関係する。

 更に、ここまでの一か月半は主に理論や歴史といった知識系統を習ってきた。

 実戦形式なのは精々素振りや型を中心とした武術訓練や基礎体力訓練としてやらされるマラソンのみだ。騎士を目指しているフィオなどは別として、基本的に魔導師志望の生徒たちの体力は日本の平均程度で少し物足りない。

 話を戻そう。要は今回のイベントは今まで習って来たことではなく、これまでの人生で培ってきた経験でどうにかしなければならないのだ。

 貴族の嗜みとして大抵の人が何かしら学んできているらしいが。

 ただ、他の人と組んで戦う実戦はまた違い、毎年苦戦するチームが続出するとのこと。

 だからこそ、才能あふれる人と組んで火力で押し切るのが手っ取り早くなる。その年のトップクラスの生徒なら無双できるレベルなんだそうだ。

 連携面の強化は簡単にできることではない。有力な人とパーティーを組み、のんびりとおこぼれに預かろうとするのはわからないではない。

 何より、今年のおこぼれ君は俺になる可能性が高かった。

 何故なら、学年で一、二を争うとされているフィオとレイナ、加えて成績が良いらしいアイリスと一緒だからだ。

 やったぜ! これで成績&景品ゲット! 人生楽勝だ!


「え、えーっと、とりあえず、何か食べるか?」


 ……とまあ簡単に物事はいかない。

 学園の施設とは思えないオシャレな(そして高そうな)カフェの一席で、俺は場の雰囲気を保とうとしていた。

 だが、俺の問いに丸テーブルの向いにいるレイナも、左隣にいるフィオも沈黙を貫く。

 唯一、右隣のアイリスは何かを言おうとしたが二人の様子に口を閉じる。


「わかった! 特別に俺がおごってやろうではないか! 何が飲みたい皆の衆!」

「…………」

「…………」

「…………(頑張って、ユーヤ!)」


 この間、授業で使う道具を運ぶのを手伝ったことで得た無料券を片手にテンション高めに再び問いかけるが、返って来たのはアイリスからのエールだけだった。

 必死になって盛り上げようとする俺の気にもなれ。子供か。まだ子どもだね。

 ……しかし、フィオが黙っている理由はわかるが、レイナの態度に違和感を覚える。

 話しかけたそうな雰囲気を醸し出しているのだが、口ごもるのはフィオの素っ気ない態度のせいだろうか。

 そもそも、フィオの気持ちも読めない。

 あれこれ理由をつけてはいたが、レイナを悪くは思っていない。だがしかし、態度は頑なだ。


「オーケー。とりあえず、飲み物でも買ってくるわ。フィオは紅茶で良いよな。レイナは何が良い?」

「あっ、私も同じもので」

「了解。じゃあ、悪いけどアイリス付き合ってくれないか」

「うん! いいよー!」


 このままでは埒があかないので強引に場を動かす。

 アイリスを誘ったのは情報が欲しいためだ。あと、邪魔者がいたら腹を割って話せないだろうとの気遣いもある。

 幸いにもアイリスは俺の意図に気づいてくれたらしく付き添いを承認してくれた。

 奥の方の席なので売店までは距離があり、話を聞くには十分だ。


「悪いな。何か強引に付き合わせて」

「ううん、気にしないで。状況が状況だしね」


 苦笑いを浮かべるアイリスに、まあな、と頷く。


「フィオから少し話を聞いていたから、知り合いだってのは知っていたんだけど……。あの二人、昔、何かあったとか?」

「うーん、僕も詳しくは知らないんだけど、小さい頃は仲良かったらしいよ? 途中から会わなくなっちゃったみたいだけど」

「まあ、歳をとって疎遠になるケースは良くあるけどさ。そんな感じじゃないよな」

「だよね。レイナも何だかどう接して良いか悩んでいる感じだし」

「そんな感じだった。となると、フィオの問題なのかね?」


 レイナは少なくとも友好的な姿勢に思える。だが、フィオはあからさまに壁を作っていた。

 昨夜の話を思い出す限り、仲良くはできなくても空気を悪くするとは思わなかったのだが。

 可愛さあまって憎さ百倍ということわざもあるため断言はできないが、どうも思い違いをしていたのかもしれない。

 幼少期のエピソード、フィオ曰くライバル視する原因の出来事からして普通は好き、もしくは好きだったと考えるのは妥当だろう。

 ただ、その様子が微塵も見受けられない。

 フィオは一見すると落ちついた美少年だが、子供っぽい一面もある。だからか、フィオの様子から一つの感情が見て取れた。

 しかし、勘違いとしか思えない。


「羨ましい……」

「どうしたの?」


 こぼれた独り言にアイリスが反応してくる。

 何でもないと手をふり流す。

 流石にこれはないだろと結論付ける。

 名家の子供同士、色々と思うこともあるかもしれないが、その程度でフィオがあのような態度をとるとは思えない。

 それこそ、同性ならまた違った理由があるかもしれないが、二人は異性である。

 フィオに変身願望でもあるのならば、話は違うのだが。


「フィオなあ。仲良くしているけど、まだまだ浅い付き合いなんだよな。過去のこととか全然しらねーや」

「そうなの? 二人のやりとりが自然だから長い付き合いかと思っていたよ」


 長いどころか、この世界に来てからまだ二カ月も経っていない。

 時間にしてみると浅い付き合いだが、濃度は濃いため一概には言えないが。

 居候をさせてもらっているのに加え、娯楽がないのも一役買っていた。読書以外に一人で遊ぶものがないため、必然的にフィオと遊ぶことが多いからだ。

 また、フィーリングが合うと感じる場面が多い。友達となってからの時間も大事だが、二人で積み上げてきた思い出も十分大切だ。

 そう考えると互いに知らないこともあるが、一般的には仲が良い友人関係と言えるだろう。

 もちろん、フィオの知らない一面、さらけ出してない部分は多々ある。

 今回のもその一つだ。

 同じように俺にもフィオに見せていない、語っていない秘密がある。“英雄の記憶”や“白桜”は、説明するほど知識がないのもあるが。

 隠し事は仲が良くてもあるものだ。それ自体は良い。

 だが、今回は弊害が出ているため、多少立ちいるはめになってしまうかもしれない。


「試験の時に知り合ってからだから……二カ月ちょいってところか」

「ほへぇ、それであのフィオ・カーティスと仲良くなるなんて凄いね」


 アイリスの物言いに疑問を覚える。

 素直に尊敬しているようだが、意味が理解できない。


「あの? まあ、フィオの家はでっかいけどさ。あいつ自身は気さくで良い奴だぜ?」

「あははっ……。そう思うのはユーヤだけだよ。フィオ君ってこっちの世界だと愛想がなくて有名なんだよ」

「こっちの世界?」


 一瞬、日本が思い出され、聞き返す。


「うん。貴族ってね、たまに社交界みたいなもの開くんだけど。そこでフィオ君は誰かと親しげに話をしている姿なんて見たことないもの。カーティス家は有名だし、カッコイイから女の子が凄く集まるんだけど挨拶だけで帰っちゃうし」


 そのクールな振る舞いがまた人気らしいけど、と続ける。

 しかし、社交界とはまた俺には縁のない言葉だ。


「うーん、社交界って裏に私利私欲が見え透いているイメージがあるんだよな」

「全員が全員ってわけじゃないけど、確かに結構いるかな。レイナとか毎回大変だもの」

「だろ? 本人が言っていたわけじゃないけど、フィオってそこら辺を気にするタイプっぽいからな。真面目というか、清廉潔白というか」

「やっぱり、レイナの親戚なんだね。そっくりだよ」

「あー、わかるわかる。レイナもそんな感じっぽい」


 本質的に生真面目で融通がきかないところはとても似ている。

 間違ってはいないのだが、適度に力をぬくということを知らないため、見ているこっちとしては放っておけない。

 流石にアイリスとレイナのエピソード程ではないが、俺もフィオの生真面目エピソードを持ち出し、二人で盛り上がる。

 気づいたら売店まで来ていた。もちろん、解決の糸口は未だつかめていない。


「ユーヤ君、アイリスちゃん」


 突然、名前を呼ばれたので振り返るとクレアさんとアリシアさんがいた。

 二人とも教師が身に纏う黒いローブを着ている。

 暑い中、よく着ていられるな、と感心しているとローランス学園お手製のマジックアイテムらしく、常に一定の温度を保ってくれる代物だとか。

 何それ欲しいと思わず前のめりになってしまうが、残念ながら教員のみに支給される非売品とのことで泣く泣く諦めた。

 生徒は気候に合わせて服装を選択できるし、常にローブを着用しないといけない教師とは違うか。


「それで二人はデートでもしているのかしら」

「い、いや、デートではないですよ!」


 アリシアさんが、そっか~、と楽しそうに笑う。にやにやしていると言ったほうが正しいか。

 ここで焦ると更につけこまれるのは火を見るより明らかなので、できるだけ冷静に対応しなければ。


「お姉ちゃん! へ、変なことを言わないでよ!」

「そうですよ、お姉ちゃん! ちょっと飲み物を買いにきた……え? お姉ちゃん?」


 頬をうっすらと赤く染めながら否定するアイリスに乗っかったところで、お姉ちゃんというキーワードに引っかかる。

 横を見る。アイリスだ。ちびっこ、ふわふわ髪、天真爛漫。

 前を見る。アリシアさんだ。平均より高めの身長、綺麗なストレート、ドS。


「アリシアはアイリスちゃんのお姉さんなんだよ。知らなかったの?」


 右斜め前を見る。クレアさんだ。平均より明らかに低い身長、ふわっと柔らかそうな髪、天然気質。


「どう考えてもクレアさんの方が親族っぽくないですか!?」

「にゃにゃ!? それはどういう意味かな!」


 琴線に触れることだったのか、アイリスが頬を膨らませて抗議してくる。

 アイリスを見る。とても可愛らしい。小動物のようだ。

 アリシアさんを見る。とても綺麗だ。肉食獣のようだ。


「アイリスはクレアさんと同じ可愛らしい系! アリシアさんは大人の色気たっぷりの美人系! どう考えたって系統が違うだろうが!」


 ただ、アイリスとクレアさんには決定的な違いがある。

 アイリスは精々が並み。クレアさんは結構な御手前。何がかは言えない。


「ぼ、僕だって後五年もすればお姉ちゃんみたいに「ダウトーーーーーッ! その言葉は許容できないぜ!」どういうこと!?」

「お前の未来の姿はクレアさんだ! あまりに幼すぎて生徒からからかわれ、けれど愛される! ドジって失敗する姿で保護欲をかりたてさせる魔性の女(笑)だ!」

「……ねぇ、もしかして私バカにされている?」

「ふふっ、どうかしらね」


 不服そうにしているクレアさんは意図的に視界から外す。

 だって、本当のことだし。アンケートを取れば涙目になるのは必至だ。


「クレアちゃんは可愛いし、すっごく好きだけど似ているって言われるのは心外だよ! 僕はあんなにドジじゃないもの! 百歩譲って容姿は受け入れても、そこだけは断固拒否するよ!」

「くっ……! 確かにアイリスは見た目と違ってしっかりしている! クレアさんと比べるのは失礼に値するか! すまない!」

「わかってくれたなら良いよ!」

「…………ねぇ、やっぱり私バカにされているよね?」

「ふふっ、どうかしらね」


 クレアさんがジト目で見てくるのを感じとると同時にアイリスとアイコンタクトをかわす。

 もう慣れたものだ。すぐさま、作戦を決行する。


「そんなことはないですよ! 俺達、クレアさんを尊敬しています!」

「そうだよ! 僕たちクレアちゃんが大好きだよ!」

「そ、そう? でも、何かさっきまでの会話が……」

「何を言っているんですか! 先生の存在が俺達のコミュニケーションを担っているんですよ! 先生がいなかったら俺達ここまで仲良くなれませんでした!」

「うんうん! クレアちゃんの普段のドジっ子っぷりが可愛くてついつい長時間話しちゃうものね!」

「やっぱり、バカに「それだけ俺達にとって身近な素晴らしい先生なんです!」そ、そう?」


 クレアさんは勢いにのまれる。これは既に学習済みだ。

 良く聞けば……聞かなくても褒めていないとわかることも言いきれば納得してしまう。

 案の定、素晴らしい先生というワードに照れている。隣のアリシアさんは一見すればほほ笑んでいるが、内心は誤魔化されるクレアさんにドS心をくすぐられてゾクゾクしていることだろう。


「クレアちゃん大好き!」

「あ、ありがとう。私もアイリスちゃんのこと好きだよ」

「俺もクレアさんのこと愛しています! 一人の男として!」

「えっ!? ユ、ユーヤ君、何言ってるの!!?」


 アイリスに便乗して告白してみる。もちろん、手を取って見つめながらだ。

 やめておけば良いもののクレアさんの反応が面白く、ついついボケてしまう。


「ユ、ユーヤ! どういうこと!?」


 そして楽しそうなことには乗っかってくるアイリス。

 どうせならとアリシアさんに目配せする。

 アリシアさんは俺のメッセージに笑みを深めた。


「ユーヤ君……。あの夜のことは遊びだったの?」


 切なげに問いかけてくるアリシアさん。

 テンション高めに叫ぶだけの俺とアイリスとは違い、嘘なのか判別することができない。無駄な演技力である。


「え!? えええっ!? ど、どどどういうこと!!?」


 あわあわと混乱し始めるクレアさん。俺、アイリス、アリシアさんと順々に視線を移す。

 その表情があまりにも面白くて思わず笑いそうになる。


「クレアさん……」

「ユーヤ……」

「ユーヤ君……」


 悲しみのこもった眼差しを二人から受けつつ、俺はクレアさんを見据える。

 この時、俺達三人の想いは同じだった。


(((どうやって終わらせよう……!)))


 無計画にふざけすぎた結果である。言い訳無用の自業自得だ。

 こうなればクレアさんのリアクションにかけるしかない……!

 などと他力本願全開でクレアさんの反応を待つ。


「…………」

「……クレアさん?」


 うつむいたまま身動きしないクレアさん。

 様子がおかしいので呼びかけて見るがピクリとも動かない。


「クレア、さん?」

「きゅう……」

「うわ!? な、なんてベタな気絶の仕方を」


 許容量をこえてしまったのだろう。小さく鳴くとくずれ落ちる。

 何とかすんでのところで抱きとめることができた。


「クレアちゃん大丈夫?」

「あらら、オーバーヒートしちゃったみたいね」

「みたいですね。どうします? 誤解したままですよ?」

「私が説明しておくわ」


 アリシアさんがクレアさんに右手をかざす。

 すると、うっすらとピンク色の光に包まれたクレアさんから体重が喪失した。

 おそらく魔法なのだろう。ペットボトル一本分ほどの重さしか感じない。


「保健室には私が連れていくわ。何か用事があるんでしょ」

「ありがとうございます。ちょっと今度のイベントに向けて話し合いをする予定なんです」

「あら? 二人が一緒にいるということは、フィオ君とレイナちゃんが組むわけね」

「そうなんですよ。楽できそうでラッキーです」

「ふぅん……」


 冗談半分本音半分を込めて笑うと、アリシアさんは意味深な眼で見てきた。

 探るような、疑うような……。


「お姉ちゃん?」


 姉の様子に何かを感じたのかアイリスが声をかける。


「……何でもないわ。その二人と組めるなんて、前期の成績はもらったものね」

「は、はい」


 あからさまな誤魔化し方に違和感を覚えるが、追求することもできず肯定する。


「あの、アリシアさん「ほら、二人を待たせているんでしょ。早く行かなくて良いの?」あっ、はい」


 俺の意見に被せる様に帰ることを促してくる。

 どうやら答える気はないらしい。


「えっと、クレアさんによろしくお願いします」

「ええ、わかったわ。レイナちゃんとフィオ君によろしくね」

「はい。失礼します」

「また後でね、お姉ちゃん」


 一礼し、売店へと入って行く。

 見送ってくれるアリシアさんの視線は険悪なものではなかったが、好意的なものでもなかった。

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