お肉
僕は合コンに来ていた。
小洒落た居酒屋に男女3人ずつの計6人が机を挟んで向き合っている。
僕はいちばん隅の席に座っている。
場は中盤で会話も程よく弾み、皆ほろ酔いでいい気分だった。
僕の向かいに座っていたAさんという女性が料理を追加で一通り注文してくれた後、真ん中に座っていた友人のKがおもむろに口を開いた。
「俺さぁ〜、ガツガツ食う女って苦手なんだよね〜」
僕はぎょっとした。程よい雰囲気だった居酒屋の個室の空気が、明らかに引き締まる。
Kの顔を見た。頬から上が真っ赤になって、よく見たら上半身が若干フラついている。
ちょっとK…と言いかけた僕の言葉を遮るようにしてKは続けた。
「特に肉とかさぁ〜? すげぇ量注文してさ、女ががっついて食ってる姿見るの無理なんだよね〜」
男性陣のもう一人であるYは絶句して何も言えないようだ。そして僕は口下手なのでどうフォローすればいいのか分からない。
Kは笑い声を上げ手を叩いた。酒の席で手を叩くのは本来好意的な行為であったはずが、ひどく独りよがりに鈍く響いた。Kはそれに気づかない。最悪の雰囲気だ。
女性陣は口を結び、心なしか眉間にもシワが寄っている。
と、おもむろに向かいの女性のAさんが口を開いた。
「そうなんですか…私はとってもお肉が好きなんですけどね」
僕はますます焦った。Kの失言はどうやらAさんを不快にさせてしまったらしい。
Kはまだヘラヘラ笑っている。
Aさんはそれを見てからひと間置き、続けた。
「そういえば、知っていますか?」
Kの顔を覗き込む様に、グッと体を前に倒した。
「人の肉ってね、すっごく美味しいらしいんですよ。」
Kは笑いやんだ。
「え…?」
「鶏肉よりも、豚肉よりも、牛肉よりも1番美味しいんですって。」
Kはなんとも言えない表情になった。
僕を含めた他の人間たちは、腹の底が落ち着かないままに二人のやり取りを見守る。
Aさんはそんな僕らを見かねてか、ふっと表情を柔らかくする。
「あら、そんなに怖がらせようなんて思っていないの。ごめんなさい。ただちょっと興味があるだけ。」
Aさんは乗り出していた身をストンと元通りにした。
「さて、ずいぶんKさん出来上がっているご様子だし、もしよかったら私とホテルに行きませんか?」
おいおいこの流れでホテルのお誘いかと僕は心の中で思った。
Aさんは続ける。
「そのホテルね、腕のいいシェフがいるレストランがあるんです。わたし、とっても美味しいお肉が食べたいな。よかったらご一緒にいかが?」
僕の背筋がひゅっと音を立てて冷たくなった。
Kの赤ら顔はいつの間にか青白く変わっていた。
Aさんはニコニコと好意的な笑顔を浮かべている。
「あ、俺さ、ちょっと仕事で用事あるの思い出したから先帰るわ、ごめん。金、ここに置いてく、またね」
慌ただしくKはコートを着て金を置いてそそくさと部屋を出ていった。
一瞬の沈黙。
と、突然Aさんが大声を上げて笑いだした。
僕らはぎょっとする。
「あぁおかしい。あたしね、演劇やってたんです。あの人いっぱい食べる子無理とか嫌なこと言うなぁって思ったから、ちょっと怖がらせてやろうと思って冗談を言ったの。でもあんなにビビっちゃって、ほんと笑っちゃう」
そうだったんだ。
僕を含めた他の人間たちの肩の力が抜け、場の空気が軽くなるのを感じた。
以前のような雰囲気に戻り、Aさんの演技力をたたえて更に盛り上がった。
盛り上がる雰囲気の中、僕はさっきと少しだけ違う味のする酒をあおった。ふっと体に力が入らなくなるのを感じた。視界が闇に包まれる。周りの人間の声がかすかに響き渡る。
ーーーー
「ん…」
あれ、ここはどこだろう。
手足が自由に動かない。仰向けに寝かされているようだ。背中には冷たくて硬い物を感じる。
遠くでかすかに声がする。
「……から、あたし……にく……見つけたの……」
にく?にくってなんだろう。
そしてこの声はさっきのAさん?
僕はゆっくり目を開ける。
厨房のような場所に寝かされている。
壁に並んだ棚には色んな調味料のようなものがある。そしてシンクがあったり刀ほどに大きい包丁が壁に吊り下げられている。
「…だーかーら!」
Aさんの声が近づいてくる、はっきり聞こえる。
「あたし、いいお肉を手に入れたの!見て、若くて肌も弾力があって健康な男よ!」
厨房に入ってくるAと目があった。横には見知らぬ太った男がいる。
「あっ、起きた?睡眠剤がよく効いたのね。よく眠ってたわ。」
「…ここはどこです?僕、居酒屋にいたはず」
「あのあと私が介抱してここまで連れてきたのよ。」
彼女は僕から目を離し、隣にいる男に話す。
「どお?良いお肉でしょ。しかも、身よりがなくて友達づきあいも浅いみたいだから、社会的にも殺して大丈夫な存在なのよ。」
「え…」
どこでその情報を。しかも、殺す?
「ずっと前から狙っていたんだけどなかなかチャンスが無かったのよ。Kが合コンの連絡してくれたのはラッキーだったわ。」
男が喋る。「分かったよ。お前なりによく調べて大丈夫だったんだな。で、今回はどうするんだ。」
「そんなの決まっているわ、こんなにいい肉なんだもの。」
「生のまま頂くわ。解体して頂戴。」
さっきの大きな包丁が蛍光灯の光を受けて鈍く光った。
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