第24話 実家に招待

「すごい高さですね……」


 都心にあるタワーマンションを見上げ、琴梨ちゃんが放心状態の呟きを漏らす。

 ここの四十三階にうちの両親が住んでる。

 今日はついにうちの両親と琴梨ちゃんが会う日だ。


「うー……なんか緊張してきました」

「高所恐怖症?」

「違いますっ! ご両親と会うのが緊張するんです」


 今日の琴梨ちゃんは俺のファッションに合わせることなく、紺色で白い襟の品のよいワンピースを着ている。

 足元はタイツを穿いており、キュッと引き締まったイメージがある。


 七階までは商業施設が入っており、居住者用のエレベーターはそれらの入り口とは反対方向にある。

 渡されていた鍵でエントランスに入り、エレベーターホールへと向かう。


「わっ……なんかホテルみたい」


 琴梨ちゃんは抑えた声で呟き、俺の隣に隠れるように歩く。


 エレベーターで四十三階まで上り、実家のドアの前で一旦止まる。


「じゃあ行くよ?」

「は、はい」


 インターフォンを押すとパタパタとスリッパで駈けてくる気配を感じる。


「いらっしゃい! ようこそ、琴梨ちゃん!」

「お、お招き頂きありがとうございます! あの、これ! つつ、つまらないものですが……」

「まあ、ここのフィナンシェ好きなのよ! ありがとう、気を遣っていただいて。じゃあ遠慮なく」


 お母さんは可愛らしいものを見るようにニマニマと笑って受けとる。


「さ、上がって」

「お邪魔します」


 琴梨ちゃんはガチガチに緊張して、昭和の頃のアニメに出てくるロボットみたいにカクカク動いている。

 快活で物怖じしない琴梨ちゃんにしては珍しくて、なんだか可愛らしい。


「大丈夫だよ。家では別に普通の人だから」

「はい」


 落ち着かせるように頭をポンポンと撫でる。


 リビングに行くとソファーに座っていたお父さんが立ち上がってこちらへやってくる。


「はじめまして、拓海の父です。君が拓海の彼女の琴梨ちゃんか。いつも拓海がお世話になってます」

「こ、こここちらこそ……えっと……すいません。台詞が飛びました。せっかく練習してきたのに」


 お父さんとお母さんはぽかんとした顔になり、次の瞬間愉快そうに笑った。

 彼氏の両親と会うなんてだけでも緊張するのに、ましてや自分の好きな芸能人夫婦なのだから緊張するのも仕方ない。


「可愛らしい娘さんじゃないか! 拓海、よくこんな素敵なお嬢さん捕まえたな!」

「まあ、僕にはもったいない女の子だよ」

「そんなことありません。先輩はすっごく素敵なんですから」


 琴梨ちゃんは僕が貶されたらフォローをするプログラミングでもされているのか、緊張していても速攻で反応した。


「こんな素晴らしい彼女が出来たのに、拓海はまだ前髪も見えない髪型で顔のサイズに合ってないメガネをかけてるのか? 姿勢も猫背のままだし」

「それとこれとは、また別の問題だろ」


 もちろんお父さんも俺がなぜこんなみすぼらしい格好をしているのかは知っている。


「それに関しては私も変えていただきたいんですけど、先輩が嫌がるので。無理に変えてもらうのも悪いかなって思ってます。私は先輩がご自身で変えたいというタイミングを待ってます」

「優しいのね、琴梨ちゃん」

「いえ、そんな……ただ私はいつもの先輩が好きなので無理をして欲しくないだけです」


 お母さんもお父さんも静かに微笑み頷いていた。

 なんで俺は琴梨ちゃんを誘惑しようとスズキなんて仮名を使って変装してしまったのだろう。

 あれをしてしまったせいで決して琴梨ちゃんに素顔を晒せなくなってしまった。



 挨拶を終えて話題は学校のことや琴梨ちゃんのこと、俺たちが普段どんなことをしているかに移っていく。

 二人とも普段は自分たちが私生活について質問されて飽き飽きしているくせに、琴梨ちゃんには質問責めだ。

 そして琴梨ちゃんもそれに嬉々として答えていた。


「最初のデートがラーメン屋のあと、ネットカフェ!? ちょっと、拓海! 琴梨ちゃんが可哀想でしょ!」

「いや、それは……」

「いいえ、それがすごく楽しかったんです。ああいうラーメン屋さんは女の子だけでは入りづらいですし。それに人生初デートで私も緊張してちょっと疲れていたからネカフェで休憩できて助かりました」

「俺ならこんな可愛い彼女と一緒ならもっと別のところで『休憩』しちゃいそうだけどなぁ」

「ちょっと。和哉さん」

「冗談だよ、冗談」


 お父さんのちょっと大人なジョークの意味が分からなかったみたいで琴梨ちゃんは首をかしげて愛想笑いを浮かべていた。

 世の中には宿泊しないホテルもあるんだよ。

 心の中で琴梨ちゃんに教えてあげた。


「そういえば琴梨ちゃんは拓海の食事を作ってくれるんだって?」

「はい。まだまだ下手くそで、先輩を実験台にするような拙い料理ですけど」

「またまたぁ。謙遜しちゃって。琴梨ちゃんの料理はなかなかのものよ」

「そんな、お母様。ありがとうございます!」



 二人はまだまだ話したかったようだが、琴梨ちゃんが疲れてしまうので一時間ほどで帰ることとした。


「もう帰るの? 来たばっかりじゃない」

「そうだぞ、拓海。ゆっくりしていきなさい」

「琴梨ちゃんが疲れるだろ」

「いえ、先輩。私は大丈夫です」

「駄目。ゆっくりするのはまた今度にしよう」


 強く押しきって席を立つとお父さんたちはニッコリと笑った。


「拓海は人に気遣い出来る優しさが出たんだな」

「ええ。これも琴梨ちゃんのおかげかしら?」

「昔からじゃないんですか?」

「とんでもない。小さい頃の拓海はわがままで人の気持ちなんて考えられない子だったわ」

「意外です」

「きっと琴梨ちゃんのおかげよ。ありがとう」


 マンションを出ると琴梨ちゃんは嬉しそうに笑って俺の手を握ってきた。


「ごめんな。うちの親、話好きで」

「いいえ。とっても楽しかったです」

「そう? ならよかったよ」


 相変わらずアレルギー反応はあるが、琴梨ちゃんの手を握り返す。

 琴梨ちゃんを悲しませたくない。

 そんな強い強い気持ちが俺の中で大きくなっていた。


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