第23話 心のコミュニケーション
正直ここまでアレルギー反応が起こらない女性は珍しい。
近い年齢の人でははじめてかもしれない。
「もしかしてブサエルにアレルギー反応が起きないっていうのは、僕の体質を改善するヒントが隠されているのかもしれない」
「いや、たぶんその理由は小鳥ちゃんには使えないと思うよ」
「なんで?」
「恐らくTACが私と普通に接しられるのは会う前から友だちだったという特殊な状況が大きいと思う。今から琴梨ちゃんとそういう関係になるのは不可能でしょ」
「それもそっか……」
「それに私はTACに1ミリも、1ミクロンも、いや1ナノも好意を抱いていない」
「そんなに単位をどんどん下げていかなくても……」
「それに比べ小鳥ちゃんはグイグイ来る。その関係である以上、私のようにアレルギーを感じない状況にするのは無理なんじゃないかな」
残念だがブサエルのいう通りだ。
「やっぱアレルギーを克服するなんて無理なのか……」
「ショック療法にしてみたら? あえてこちらからもガンガン絡んでいき、無理矢理身体に馴れさせて行く作戦」
「出来るかな?」
「小鳥ちゃんが好きなんでしょ? そこは頑張らないと」
「それもそうか」
「やるだけやってみなよ。無理だったときは、ま、まあ、アレルギーが出ない女の子を探すっていうのもアリだろうし」
「わかった! ありがとう! 試してみるよ」
うじうじ悩んでも仕方ない。
ここは思いきりやってみよう。
やはり持つべきものは友だ。
「いっそ女性アレルギーのことを小鳥ちゃんにカミングアウトしてみるのは?」
「僕も考えたけど、それはダメだ」
「なんで?」
「伝えたら小鳥ちゃんのことだからなんとか克服しようと手助けしてくれると思う。でももし克服出来なかったら、きっと小鳥ちゃんは僕を苦しめないために身を引いてしまう。それに苦しむ小鳥ちゃんを見るのは僕だって辛い」
自分のために無理させてるなんて、 知ったら、きっとあの優しい子は心を痛めてしまう。
なんの罪もない小鳥ちゃんにそんな悲しい思いはさせたくなかった。
それに俺としても小鳥ちゃんを失いたくはない。
「なるほどね。TACがそのまで本気ならなおさら頑張ってもらわないと。古のファンとして私も出来るだけの協力はするよ」
「ありがとう、ブサエル」
相談はひとまず終了し、その後は二人でこれまでの『こっぴどくフラれてみた』チャンネルの歴史について語り合った。
「はじめて見たのは第四回だったっけかな?」
「おおー。あの『街で見かけた美少女に一目惚れしたので凸ってみた』の回ね」
「そうそう。それ。すぐ近くに彼氏がいて追い掛け回されるやつ。なんてバカなことしてるんだろうって笑っちゃった」
「あれは大変だった。逃げきるまで一時間くらいかかっちゃったから」
「なんて非常識な人なんだって思ったけど、なんか憎めない感じで嵌まっちゃったんだよね」
最初はおどおどしていたブサエルだが、馴れてきたのか表情も明るい。
「一番面白かったのはどれ?」
「んー、そうですねー。面白かったのは『憧れの美人教師に養われてみたい』かな」
「おー。あの問題作ね」
「はじめは『気持ちは嬉しいけど無理よ』なんて断ってるのに先生がだんだん怒ってくるのが見ていてハラハラした」
「あの女教師はイケメン生徒とエッチをしていたから、年下オッケーだと思ったんだけどなぁ」
「ただしイケメンに限る、でしょ、それは」
「イケメンくんとの交際を指摘したときの美人教師の顔はすごかったよ。編集の都合でお見せできなかったのが残念」
見せられない代わりに俺のつたない似顔絵でみんなには我慢してもらっていた。
「絶対嫌われるって分かっててコクってたでしょ、あれ」
「ソンナコトナイヨー」
「棒読みだし!」
今日はじめてあったのにまるで昔からの知り合いだったかのように会話が弾む。
性別など関係ない世界で、言葉だけを介して心のみで触れあっていたお陰だろう。
非接触型のコミュニケーションというのは弊害もあるだろうが、ありのままの人の心が分かるという利点もある。
「どう?」
突然ブサエルが訊ねてきた。
「なにが?」
「私と会話しててアレルギー反応は出た?」
「いいや。出ないね」
「これならどう?」
ブサエルはぎこちなく俺の手に自らの手を重ねてきた。
「いや。全くなにも感じない」
「そっか。じゃあやっぱり女子なら誰でも反応するわけじゃないんだ」
「そうみたいだね。ありがとう」
「ていうか指きれいじゃない? TACのくせに生意気だ」
ブサエルは笑いながら俺の指を弄る。
ここまでされても嫌悪感もなにも感じないのだから驚きだ。
やはりこのアレルギーは治そうと思えば治せるものなのだろう。
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