第25話 琴梨ちゃんの悩み

 琴梨ちゃんを愛したいという気持ちは強い。

 でもどうしても身体が拒絶してしまう。

 琴梨ちゃんが俺を愛する力が強すぎるのが理由なのかもしれない。


 それともう一つ気になることもあった。

 最近少し琴梨ちゃんが寂しそうな表情をすることだ。

 なにか悩みがあるのと訊いても、はぐらかされてしまう。


「あ、そうだ……」


 自転車置場の謎のナンパ野郎スズキに変装して接触してみよう。

 もしかしたら悩みを聞き出せるかもしれない。


 それにアレルギー反応がどれくらい違うのかも確認できる。

 相手の好意とアレルギーの関係性を調べるチャンスだ。


 どうせ一度素顔を晒してしまっているのだからもう一度くらいいいだろう。





「やあ、また会ったね」


 スズキに変装した俺は偶然を装って琴梨ちゃんに声をかけた。


「あなたは確かスズキさん……お久しぶりです」


 琴梨ちゃんは警戒したように俺と距離を取る。

 でも前回よりも少しだけ態度は軟化しているようにも思えた。


「元気にしてた?」

「なぜ私の体調をあなたに教えなきゃいけないんですか?」

「相変わらず手厳しいね。まだ例の彼とは仲良く付き合ってるの?」

「おかげさまで。それでは」


 ものすごく無愛想な態度だった。

 関わり合いたくないというのがひしひしと伝わってくる。


 俺のアレルギー反応もほとんど出ない。

 やはり琴梨ちゃんの態度にもかなり影響しているようだ。


「そんなに嫌われてるんだ。ちょっとショックだな」

「嫌ってはいません。ただ見知らぬ人と仲良くする必要もありませんから。彼氏もいますし」

「もしかして彼氏ってすごく束縛する系?」


 軽いノリで訊ねると琴梨ちゃんはピタッと立ち止まった。


「やっぱり彼氏って彼女のことを束縛したくなるものなんでしょうか?」

「いや、まあ……人にもよるんじゃない? 琴梨ちゃんみたいに可愛い彼女だと束縛したくなるかもしれないけど」

「ううん……」


 琴梨ちゃんは悲しげに笑いながら首を振る。


「私の彼氏は束縛なんかしません。むしろ放し飼いです」

「いいことじゃない。相手を縛り付けようとするなんてよくないことだよ」

「そうでしょうか?」


 偶然にも琴梨ちゃんの悩みを引き出すことに成功出来たらしい。

 それが原因で最近琴梨ちゃんは落ち込んでいたのか。


「私は束縛されてみたいです。他の男子と話をするなとか、どこに行くのもついてこいとか、頻繁に呼び出されたりとか、そういうのされてみたいんです」

「されたら嫌になるよ。相手を尊重する関係の方がいいよ」

「そうかもしれないけど……でも不安なんです。優しい人なんですけど、なんか壁があるというか、避けられてる気もするし。愛されてないんじゃないかって気がして」

「まさか! そんなわけないだろ。そういう人なんだって。もっと彼氏を信じてあげないと」


 つい熱くなってしまい、言葉に力が籠った。


「スズキさんって変な人ですね。私をナンパするくせに彼氏の肩を持つなんて」

「いや、それは、まぁ……」

「悪い人じゃないんだなってことは分かりました」

「じゃあ今度デートする?」

「絶対嫌です。私には彼氏しかいませんから」

「あ、そう」


 やはり琴梨ちゃんは俺以外には難攻不落のようだ。


「それに最近、自信もないんです」

「そうなの? 可愛いのに」

「見た目とか、そんなのどうでもいいです。実は最近、彼氏がすごくセレブな家庭で育ったと知りまして。私なんかじゃ釣り合い取れないんじゃないかなって不安なんです」


 それは衝撃の告白だった。

 両親が芸能人と知っても琴梨ちゃんはそれまでと変わらず接してくれていた。

 でも内心ではそんなことを思っていたんだ。

 どうやら一番の悩みはこちらのようだ。


「それこそ関係ないだろ。そいつはセレブ一家を鼻にかけてるのか?」

「いいえ。むしろ隠したがってましたし、私が知ってからも極力その話題は避けてるみたいなんです」

「じゃあいいだろ。むしろそんなことで距離を感じてると知ったら彼氏が悲しむんじゃない?」

「そうですけど……」

「セレブだろうが貧乏だろうが、そんなの親の話だろ? その子どもにはなんの関係もない。自分がどうなのかが大切だと俺は思う」


 熱弁すると琴梨ちゃんはキョトンとした顔をした。


「そうですよね。ありがとうございます。なんかスッとしました」

「分かってくれたならいいけど」

「すいません。なんかこんな愚痴ばっかり。心が弱っていたので、つい」

「気にしないで」

「ありがとうございました。私、もっと頑張って彼氏を好きになります!」

「い、いや。いまでも十分頑張ってるよ?」

「それじゃ、失礼します!」

「あ、ちょっと!?」


 琴梨ちゃんは自転車で颯爽と立ち去っていく。

 これ以上好き好きオーラが強まられるとこまる。

 けど琴梨ちゃんの悩みを聞け、勇気づけることが出来たことには満足していた。

 たとえ『スズキ』としてでも琴梨ちゃんを苦しみから救えてよかった。


「あ、そういえば……」


 今のやり取りでアレルギー反応に関してはほぼ感じることはなかった。

 やはり琴梨ちゃんの態度により症状は大きく変化するようだ。


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