第14話 一木にザマァ

 宣言通り琴梨ちゃんは翌日から俺の家に夕飯を作りにやって来た。

 でも一人の時間が欲しいと言った俺に気遣ってか、長居はしない。

 どうやら俺に逢いたいとか、寂しい思いをさせたくないというより、俺の健康を気にして食事を作りに来てくれているようだった。

 相変わらず優しくて気が利く女の子だ。



 ここ数日、はじめて琴梨ちゃんが家にやって来た時のことを思い出していた。

 ホラー映画を観ていたときにしがみつかれても嫌な気分がしなかったあの出来事が気になって仕方なかったからだ。


(もしかすると琴梨ちゃんは俺の女性アレルギー症を治せるのかもしれない)


 そんな淡い期待を抱く。

 しかしその後何度か琴梨ちゃんに体を触れられたが、申し訳ないがそのときはやはりゾワゾワッと嫌な気分が走った。


(もしかすると琴梨ちゃん以外でも恋愛感情関係なければ触れられても平気なのかも?)


 そんな仮説が脳裏をよぎる。

 期待と不安が入り乱れ、確かめずにはいられなくなった俺はすぐに家を出た。

 辺りは暗くなっているが、まだそれほど夜の深い時間ではない。


「あ、しまった……」


 家を出てしばらくしてからオタクファッションをしていないことに気付いた。

 しかし今から戻って整えるのも面倒だ。

 なにせあのボサボサの髪型をセットするのは意外と時間がかかる。

 ちょっと確認するだけなのだから、とそのまま近くのコンビニへと向かった。

 だがあいにくその店は男性の店員だった。

 仕方なく駅前の方へと歩いていく。


 駅前のコンビニは女性店員だったのでさっそく店内に入り、適当にお菓子を購入した。


「223円のお返しです」


 店員さんがお釣りを手渡ししてくる。

 その手に少し触れると、いつものあの形容しがたい不快感が込み上げてきてしまった。


 素顔を晒してしまっているからか、店員も少し笑顔だ。

 いつものキモオタスタイルなら店員から嫌な顔されることすらあるので、それほどアレルギー反応は起こらない。


(ダメだ。やっぱり無関係の女性に触れられてもあの感覚になってしまうっ……)


 やはり琴梨ちゃんだけは特別ということなのだろうか。


 不自由な自分の体に嫌気がさす。

 さっさと家に帰ろうとしたそのとき、視線の先に俺が48人目にフラれたバカギャル一木の姿を見つけてしまった。


(面倒な奴と会っちまったな)


 ただの偶然で会っても『ストーキングしている!』とか騒ぎ出すような自意識過剰な奴だ。

 見つかる前に立ち去ろうとしたが、向こうも振り返ってしまい、バッチリ目があってしまった。


(やばっ……)


 しかし一木はいつものようなゴミを見るような目付きにならず、じーっと俺を見詰めてきた。


(あ、そうか。オタクの格好してないから俺だと気付いてないんだ)


 その事実に気付き、むくむくとイタズラ心が芽生えてしまった。

 普段罵声を浴びせてくる仕返しだ。


「よお、なにしてんの?」


 チャラい感じで声かけると一木はサッと顔を背けた。


「別に……」

「暇ならカラオケでも行かね?」

「は? 暇じゃないんで」


 スマホを弄って興味なさそうに対応する割にはこちらをチラチラ見てくる。

 これは確実に意識してそうだ。

 彼氏がいてもイケメンには惹かれるなんて、俺が最も嫌う類いの女だ。


「奇遇だね。俺も暇じゃない」

「なにそれ? 忙しいならさっさと行きなよ」

「行くわけないじゃん。俺は今可愛い子をナンパするのに忙しいんだから」

「なにそれ、ウケる」


 別に大して面白いことを言ってないのに一木は笑った。

 面白さの沸点が相手によって違うタイプなのだろう。


 カラオケは面倒くさいので近くのファストフード店に連れていく。

 もちろん俺が同級生の陰キャ君であると気付いた様子はない。


「あそこで何してたの? もしかして彼氏と待ち合わせ?」

「は? 彼氏いないし」

「えー? 意外。モテそうなのに」

「面倒だからそういうの作らないの」


 彼氏がいるくせに嘘をついている。

 これは確実に俺の見た目に惹かれているな。

 それにしても話をしているだけで吐き気を催すくらい気持ち悪い。

 普段罵声を浴びせてくるときより、甘えた空気を出している今の方が会話をするのが辛いくらいだ。


「で、名前は何て言うの?」

「あたし? 一木美佳。あんたは?」

「拓海だよ。スズキ拓海」


 名前だけ本名を伝えてみたがピンと来た様子はない。

 一木はどこの学校かとかどこに住んでいるのかとか訊かれるままに教えてくれる。

 警戒心ゼロだ。


「なあ美佳。このアニメ知ってる?」


 スマホの待ち受けを見せる。壁紙は『転生勇者は社畜に戻りたい』だ。


「あー、見たことあるかも。いま人気のやつだよね? 興味あるけど観てない」


 一木が『社畜勇者』に興味あるとは知らなかった。

 普段は俺のキーホルダーを見てバカにしているくせに。

 そろそろ飽きてきたので終わりにするか。


「美佳って特徴的な顔だよね」

「そうかな?」


 誉めてもらえるとでも思ったのか、一木は少し澄ました顔になる。


「目が離れてて口がひん曲がってる。髪も傷んでバサバサだし、鼻の穴もおっきいよね」

「はあ!? なにそれ? 失礼なんですけど!」

「だってそうじゃん。もしかして鏡見たことないの?」

「っざけんな!」


 一木は怒って立ち上がる。


「いるんだよね、美佳みたいにブス隠しのためにギャルやる子って。ギャルならとりあえずブスでもすぐやれそうと思って男集まってくるし」

「調子のってんなよ! 友だち呼んでボコらせるから」

「うるせーよ、ブス。言っとくけどお前の彼氏の原って奴、相当喧嘩弱いからな? その友だちの鳩田ってのはもっと弱い」

「えっ……ちょ、なんで……」


 一木は顔を青ざめさせて口をパクパクする。


「尻軽女がひょいひょいついてきたってことは原には黙っておいてやるよ。せいぜいブスと不細工で仲良くやってろ」


 一木は怒りと羞恥で顔を真っ赤にして逃げていった。

 ざまぁ見ろ。


 しょせん彼氏がいてもイケメンにナンパされたらコロッとついていってしまう。最低な奴。

 そんな美的至上主義な連中を騙してからかう俺はもっと最低な人間だ。


 深いため息をついてから、俺もその店をあとにした。

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