第13話 薄いアルバム
映画を観終えたあとは、少し早いが料理の準備にとりかかった。
とはいえやっているのはほぼ琴梨ちゃんだけで、俺は隣で野菜を切ったり、生肉を触って手が自由に使えない琴梨ちゃんの代わりにものを取る程度の仕事だ。
琴梨ちゃんは鶏肉の筋やら余分な脂身を削ぎ、一口サイズにカットしてから調味料に漬け込んでいく。
「唐揚げって鶏肉をそのまま揚げてるだけかと思った」
「調味料に漬け込むと味が染み込んで美味しいんですよ。でも鶏肉本来の旨味を消しちゃうといけないからそんなに強い味付けにはしないんです」
唐揚げのほかには根菜類の煮物、サラダ、そして揚げ茄子の味噌汁を作ってくれた。
「ずいぶんたくさん作ってくれたんだね」
「そうですか? 二人分だし、こんなもんですよ?」
「え? 琴梨ちゃんも食べるってこと? 家で食べなくていいの?」
「はい。うちは両親が遅くまで働いているので、一人で食べることが多いんです。今日は作れないから外食してきてと親にお願いしておきました」
「普段から琴梨ちゃんが作ってるんだ? えらいなぁ」
手際がよかったのも納得だ。
完成した唐揚げはきれいな黄金色だ。
早速ひとつ齧ると肉汁がぴゅぴゅっと飛び散る。
「熱っ……美味しい!」
「よかった!」
カリッとした衣と弾力のあるプリっとした鶏肉の食感がいい。
そしてほんのりと香る醤油やスパイスの香りがたまらなかった。
「そんなに慌てて食べなくてもいいですってば、先輩」
「ごめん。美味しくてつい」
「ふふ。もりもり食べるのを見ると、先輩も男子だなって感じで可愛いです」
琴梨ちゃんはにこにこと微笑みながら俺を見詰める。
唐揚げの味は美味しい。
しかし琴梨ちゃんの気持ちがこもった手料理ということで身体がアレルギー反応を起こす。
それでも残すのは申し訳ないとなんとか完食した。
「先輩、お願いがあるんですけど」
食後のコーヒーを淹れながら琴梨ちゃんがそう言った。
「なに?」
「先輩の子供の頃の写真、見せてください」
「写真か……」
気乗りしないが美味しい料理を作ってもらった手前断れない。
押し入れにしまっている『他人に見せられる用』にまとめたアルバムを持ってくる。
「え、これだけですか?」
薄いアルバムを一冊手渡すと琴梨ちゃんは残念そうな顔になる。
「プリントアウトしてるのは少ないらしいんだよね」
「デジカメの画像って意外とプリントアウトしませんもんねー。私も赤ちゃんとか保育園の頃の写真は多くても、それ以降は年々減っていってますもん」
「そんなもんだよねー」
嘘だった。
本当はたくさんの写真がある。
しかしそれらには有名人である父や母が写っているものが多くて見せられない。
このアルバムは俺一人が写ったものばかりだ。
「わー、赤ちゃんの時の先輩だ! 可愛い!」
琴梨ちゃんは写真の中の俺をあやすかのように優しい笑顔を向けている。
「泣いてる姿ですら可愛いですね。あ、立ち歩きはじめました。お庭でプールもしてる!」
アルバムの俺はみるみる成長していく。
ハイハイから歩きだし、幼稚園の運動会で走り、小学校入学、音楽会では大太鼓を演奏していた。
そして小学二年生辺りでアルバムは終わる。
「え? これで終わりですか?」
「その辺りから写真ないんだよ」
「うー。残念」
本当はもちろんある。
しかしその年頃になるとかなり顔立ちもはっきりとしてきてしまう。
実はイケメンというのを隠すために成長してからの写真は入れてなかった。
「もう一回最初から見ようっと」
「もういいだろ」
本当は琴梨ちゃんも気付いているはずだ。
両親と写った写真が一枚もないという事実に。
しかしなにも訊いてこない。
それどころか俺が一人暮らししていると伝えてから一度も家族の話についての質問がなかった。
恐らく複雑な事情があるだろうと気を遣ってくれているのだろう。
その優しさに胸が熱くなった。
「……うちの親は忙しい人でさ。仕事場と高校が遠いから離れて暮らしているんだ」
「そうだったんですね。高校生で一人暮らしなんて、先輩はえらいですね」
「別にえらくなんてないよ。食事も作ってないし、生活はろくなもんじゃないから。お金だってもらってるから不自由はないし」
「だって一人きりの家に帰ってくるんですよ? 寂しいじゃないですか。それでも文句も言わずに頑張ってるんだからえらいです」
おかしな話だが琴梨ちゃんに指摘され、はじめて自分は寂しい環境なんだと気がついた。
好き勝手できて自由で楽だとしか思っていなかった。
「あ、そうだ!」
「なに?」
「これから毎日私がご飯を作りに来ます! そうしたら一人ぼっちで寂しくないでしょ?」
「いや、さすがにそこまでしてもらうわけには」
「そりゃ毎日今日みたいに一緒に食事はできませんけど、作るだけならできますから」
琴梨ちゃんは俺の手を握って微笑む。
ゾクッとしてしまうが、なんとか堪えた。
「彼女なんですからそれくらい当たり前です」
「いや、ごめん……」
俺はさっと手を引っ込めて琴梨ちゃんと距離を取る。
ホラー映画を観ていたときにはなかった嫌悪感が突然襲ってきた。
恐らくあのときは恐怖を感じて掴んできていたからなにも感じなかったのだろう。
「僕は一人でいる時間も好きだから。悪いけどそこまでされるのは、ちょっと」
「そっか。そうですよね。失礼しました」
琴梨ちゃんは相変わらず笑顔だけど、先ほどより少し寂しそうに見えた。
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