第9話 初喧嘩

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 ──


 ゆらゆらと漂う意識のなか、目を覚ます。


「ん……?」


 目蓋を開くと目の前に琴梨ちゃんの顔があって驚いた。


「わっ!?」

「ご、ごめんなさい。よく寝てるなぁって思って、つい……」


 琴梨ちゃんは真っ赤な顔を逸らして謝る。


「こっちこそごめん。がっつり寝ちゃってた。いま何時?」

「六時過ぎくらいです」

「ええっ!?」


 なんと四時間近くも寝てしまっていた。

 最悪だ。

 いくらなんでも琴梨ちゃんに失礼すぎる。


「そろそろ帰りましょうか?」

「なんかごめん。せっかくのデートだったのに」

「ううん。先輩と一緒にいられて楽しかったですよ。漫画も読めましたし、それに寝てる先輩の顔も可愛かったです」

「えっ!? まさか触ったりしてないよね? 髪をあげたり、メガネを外したりとか」

「してませんよ。眺めていただけです」

「ならいいけど」


 素顔を見られたのかと思って焦ったが、それはセーフだったらしい。

 ネカフェを出ても外はまだ暗くはなかった。


「そうだ。帰る前にプリクラ撮りましょう! 初デートの記念です」

「おっけー、いいよ。確かこっちだな」


 裏路地を通っていくと向かいからガラの悪そうな二人組が歩いてきた。

 俺と琴梨ちゃんの顔を交互に見て、ニヤリと笑う。


「ちょ、なにあれ? なんでキモオタがあんな可愛い女連れてんの?」

「そんな奴より俺たちと遊ばね?」


 低能そうな二人組は野生動物の威嚇の声みたいな甲高い笑い声をあげていた。

 琴梨ちゃんは怯えた様子で俺の腕を掴む。


 ここで琴梨ちゃんを放り出して逃げれば相当嫌われるだろう。

 しかしそんなのは俺の美学にも、『こっぴどくフラれてみた』のポリシーにも反する。


「下がってて」

「え?」


 琴梨ちゃんを背後に残し、俺は素早くバカAの懐に素早く飛び込む。

 まさかキモオタくんが突撃してくるとは思っていなかったのだろう、懐ががら空きだった。

 思いっきりボディにパンチを打ち込むと、バカAは呻きながらしゃがみこむ。


「てめぇ! ぶっ殺す!」

「わー、殺されちゃう!」


 笑いながら脚を振り抜きバカBの顔面を蹴り飛ばす。


「ぐえ……」

「きゃあっ!」


 琴梨ちゃんの悲鳴が聞こえたがお構いなしに転んだ二人の腹や尻を蹴り回す。

 こういうやつは最初に徹底的に痛め付けておけばあとは大人しいものだ。


「もうやめてください!」


 琴梨ちゃんに羽交い締めにされ、仕方なく動きを止めた。

 バカ二人組は頭を庇うように丸く蹲って震えていた。


「大丈夫だった?」


 笑いながら振り返ると涙を目にためて震える琴梨ちゃんの姿があった。


「喧嘩なんてダメです! 先輩のバカ!」

「ば、ばかって……琴梨ちゃんを守るために」

「だとしても逃げればよかったじゃないですか! 」

「逃げても追ってくるって」

「それでも逃げたらいいんですよ! 喧嘩なんてよくないですっ」


 琴梨ちゃんは涙を溜めた赤い目で睨んでくる。

 嫌われようとしたことで好かれ、守ろうとしたら嫌われるとは……


 気がつくとバカ二人組は既に逃げて姿がなかった。

 やるだけやって逃げるとは、本当に迷惑な奴らだ。


「あ、ちょっと琴梨ちゃん」


 琴梨ちゃんは怒ったまま歩いていってしまう。

 これで、無事フラれたのだろうか?

 なんだか知らないが、とにかく結果オーライだ。

 性格いいふりして、俺のことを理解しているふりして、それでいてちょっと気に入らないことをしたら怒って別れると言い出す。

 所詮そんなもんだ。

 危うく騙されかけたけど、やっぱり琴梨ちゃんもよくいる女と一緒なんだ。


 これでよかったはずなのに胸がモヤモヤする。

 こんなかたちでフラれるのが不本意だからなのか、それとも純粋に琴梨ちゃんを失いたくないからなのか……


「……琴梨ちゃん」


 呼び掛けるとぴたっと足を止めた。

 その背中へ駆け寄る。


「ごめん。琴梨ちゃんを守りたかったのは事実だけど、やり過ぎた。反省している」


 振り返った琴梨ちゃんは泣きそうな顔で首を横に降った。


「ううん。ごめんなさい。私も言いすぎました。私のために戦ってくれたのも分かります。でも先輩には危ないことして欲しくなかったんです」

「あんな奴らには負けないよ」

「そんなの分かんないじゃないですか。もしあの人たちがナイフとか出してきたら、刺されちゃうんですよ」


 琴梨ちゃんは俺の胸にぴとっと顔を押し当ててきた。

 ほっとする反面、アレルギー反応でゾクッとなる。

 でもそれを抑えて琴梨ちゃんの肩をそっと抱いた。


「そうだね。軽率だった」

「私のせいで先輩が死んじゃうとか嫌ですもん」

「大袈裟だなぁ」


 頭を撫でると琴梨ちゃんは擽ったそうに笑う。


「それにしても先輩はなんであんなに強いんですか?」

「むかし空手を習っててね。その応用だよ」

「へぇ。なんだか先輩って謎に満ちてますね」

「そんな大層なもんじゃないって」

「もっと色々先輩のことを知りたいです」

「それはまあ、時間をかけて徐々にということで」

「楽しみにしてます!」


 嫌われるためのデートだったはずなのに、なぜか琴梨ちゃんと仲良くなってしまった。

 これでますますチャンネル登録数は減少してしまうことだろう。

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