第8話 グダグダのデート
わずか五日間でフォロワーは二万も減って三万人程度となり、今も現在進行形で減ってきている。
やはりフラれるのが売りのYouTuberは彼女ができると一気にファンも減るのだろう。
早くフラれないと新展開にならないのだが、相変わらず琴梨ちゃんはなぜか俺にベタ惚れでグイグイやって来る。
確かに琴梨ちゃんはいい子だ。でも真剣に付き合おうとは思えない。
理由は明確で、俺がアレルギーのせいで女性を受け付けないからだ。
中学時代のあのトラウマから、女性の隣を歩くだけで気が滅入ってしまう体質になってしまった。
話をするなんてもっての他で、好意を向けられてると感じるとアレルギー反応のように嫌悪感を抱くようになってしまっていた。
正直琴梨ちゃんは可愛いし、性格もいいと思う。
彼女に非はないし、俺がこんな体質じゃなければ好きになっていたかもしれない。
でもどうしても身体が受け付けることを拒んでいた。
悪いけれど偽交際も今日までだ。
週末の今日ははじめて琴梨ちゃんとデートする約束になっている。
最低のデートプランで嫌われてやるつもりだった。
だるだるのチェックのシャツによれっとしたチノパンを穿き、シャツの半分だけパンツにインする。
靴下は白、スニーカーは薄汚れたキャンバス地のハイカット。
チノパンのポケットに財布やスマホを押し込んでパンパンにするという細かい芸も忘れていなかった。
待ち合わせ場所に向かっていると、朋友『ブサエル』からメッセージが届く。
『TAC氏。フラれるために無理に嫌われようとしてないか?』
さすが古参。鋭い指摘だ。
『まさか。そんなことしてないよ』
『だったらいいけど。無理するなよ。TACだって幸せになる権利はあるんだから』
『ありがとう』
『それに小鳥ちゃんも可哀想だから泣かせる真似はしないように』
ブサエル氏の言葉が胸に突き刺さる。
こんな親友が出来たのだから、やはりあの動画チャンネルをはじめてよかったと心から思った。
「お待たせしました!」
待ち合わせ場所にやって来た琴梨ちゃんはカレッジマークの入ったパーカーにハーフパンツというスポーティーなものだった。
恐らくこちらの服装を予想して、それに合うようなものを選んでくれたんだろう。
よく気の利くいい子だ。
「今日はなにする?」
自分で誘っておいて開口一番にこの台詞だ。しかも初デートで。
さすがの琴梨ちゃんもこれには腹が立つだろう。
「だったら私行きたいところがあるんですけど!」
全く気にした様子のない琴梨ちゃんはむしろ嬉しそうに俺を連れて雑貨屋巡りをはじめる。
さすがは琴梨ちゃんだ。この程度では怯まないらしい。
「すいません。付き合わせてしまって」
「いや。普段行かない店だから面白かったよ」
「本当ですか? よかったです」
「そろそろお昼にしようか?」
「はい!」
「行きたい店あるけどいい?」
「もちろんです! 先輩のおすすめのお店なんて楽しみです」
なにも知らず喜ぶ琴梨ちゃんを見てほくそ笑む。
連れてきたのは山盛り野菜が有名ならーめん店だ。
見た目はバラックさながらに小汚ない。
「ここなんだけどいいかな?」
「はい! 私一度こういうお店でらーめん食べたかったんです! ラッキーだなぁ。先輩のお陰です」
「お、おう……」
期待したりアクションと違う。
野菜が文字通り山盛りで背脂がびちゃびちゃっと振りかけられたビジュアル的に女子受けしなさそうなものだ。
らーめんが出てきたときの唖然とした琴梨ちゃんの表情もしっかりと隠しカメラに収めておく。
「美味しい!」
恐る恐るの琴梨ちゃんだったが、食べはじめると大興奮だった。
とはいえ普通サイズでも鬼のような量だ。
琴梨ちゃんのような小柄な女の子に完食は厳しい。
まだ麺も野菜も残っているが箸は止まりかけていた。
「無理しなくていいよ。食べきれなかったら残してもいいし」
「いいえ。食べ物を粗末にするわけにはいきません」
琴梨ちゃんは覚悟を決めた顔で再び箸を進める。
別に大盛りを食べさせて苦しめようというつもりはなかったので、なんだか申し訳ない気分になる。
「僕にもちょうだい」
「え、でも先輩もお腹いっぱいなんじゃないですか?」
「男子高校生舐めんなよ」
本当は結構きつかったけど無理して食べる。
二人の努力の甲斐もあって見事完食を果たした。
「あー、美味しかった! 手伝ってもらってありがとうございます」
「ちょっと休憩しようか」
食べすぎて動きづらいのでネカフェに入る。
初デートで来るようなところじゃない。
でも琴梨ちゃんは嬉しそうにたくさん漫画を抱えていた。
琴梨ちゃんが真剣に読んでいる隣でボーッとしていると眠気が襲ってきた。
(やば……さすがに寝るのはまずいよな)
今日は琴梨ちゃん人生はじめてのデートだ。いくら嫌われるためとはいえ、あまりにひどいことは出来ない。
「眠いんですか?」
「いや、大丈夫」
「いいですよ。疲れたなら寝てくださいね」
「さすがに悪いよ」
「よかったら膝枕しましょうか?」
琴梨ちゃんはちょっと照れながら自らの太ももをポンポンと叩く。
「えっ……」
「さ、遠慮なさらず。一度彼氏に膝枕するのが夢だったんですよねー」
促されて仕方なく琴梨ちゃんの太ももに頭を置く。
ぷにっと柔らかく、それでいてしっかりとした感触が心地いい。
「先輩の髪の毛、柔らかくてサラサラですね」
「えっ、あぁ、そうかな?」
まるで猫でも撫でるかのような手つきで髪を撫でられる。
こんなめちゃくちゃなプランなのになぜこの子はまともなデートにしてしまうのだろう?
そんなことを思いながら、いつの間にか眠りに落ちていってしまった。
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