第7話 正解のない問い

 琴梨ちゃんとの告白シーンをネットでアップした。

 ただし今回の動画はいつもと違い、ラストに別撮りの俺自身のインタビューを加えていた。

 もちろん頭にはいつも生配信で使用しているリアル豚のマスクを被っている。


「こうして僕にも無事彼女が出来ました。しかしこのまま順調に交際が続くとは限りません。付き合って一週間でフラれる可能性も大いにあると思ってます。だからこのまま付き合っている様子もアップしていきます。フラれるまでがこの『こっぴどくフラれてみた』チャンネルですから」


 付き合ってしまったものはしょうがない。

 ならば恋人としてフラれるまでのドキュメントをアップしようという作戦だ。

 まさに苦肉の策だった。


 今回のアップにはかつてない凄まじい反応が返ってきた。


『うらやまけしからん』

『ふざけるな!』

『TACにはがっかりしました』

『末長く爆発しろ!』

『おめでとうございます!』

『チャンネルのコンセプトに反したものをアップするとは。失望しました』

『やらせ確定』

『キモオタ男とキモオタ女のお似合いカップルw』

『はい解散』

『TAC、幸せになれよ!もうここには戻ってくるなよ!』


 悲喜こもごもなメッセージでコメント欄は荒れている。

 チャンネル登録数はガリガリと減っていき、一日で万単位のフォロワーを失ってしまった。

 別に広告収入を得ているわけでもなく、フォロワー数を心の拠り所にしていたわけではないが、それでもこのフォロワー現象はさすがに凹んだ。




「おはようございます、先輩っ!」


 翌朝。琴梨ちゃんは小走りで息を弾ませて駆け寄ってくる。

 仕方なく一緒に走ってきた隣の友だちは刺し殺してきそうな表情で俺を睨んでいる。

 恐らく俺たちが付き合いはじめたという報告を既に聞いているのだろう。


「おはよう、琴梨ちゃん。今朝も元気だね」

「分かります? 実は私もついに昨日、先輩の夢見られたんです!」

「そ、そうなんだ。それはよかったね」

「あと、これ」


 琴梨ちゃんは恥ずかしそうに鞄を見せてくる。

 そこにはひとつだけアニメキャラのキーホルダーがぶら下げられていた。


「私も一個だけ付けてみました」

「お、おう……」


 あまりのハイテンションに、嫌われようとする気持ちの出鼻をくじかれてしまった。




 やはり相手を知らなくては戦うこともままならない。

 琴梨ちゃんの情報を得る必要がありそうだ。

 取りあえず琴梨ちゃんのことを知ってそうな奴といえば──


「鳩田くん、ちょっといい?」

「は? な、なんだよ?」

「ちょっと校舎裏に行こうか?」

「なんでお前なんかと」

「断ったら今度は指の骨折るよ?」


 ボソッと耳打ちすると鳩田は大人しく従ってくれた。


「なんの用だよ!」

「桃山琴梨ちゃんについて教えて欲しい」

「知らねぇよ。てかあれ以降もうちょっかいだしてねぇし、勘弁してくれよ」

「やだなぁ。そんなこと心配してないよ」


 ばしんっと強めに背中を叩くと鳩田は背筋を弓なりにして身悶えた。


「どんな子だとか、趣味だとか、嫌いなものとかを教えて欲しいんだ」


 低く抑えた声で眼光鋭く訊ねる。


「き、嫌いなもの? そんなものは知らないけど……」


 鳩田はもはや反抗する気力はなさそうな怯えた目をしている。


「そうだな……琴梨ちゃんは一年の間ではすごい人気だ。性格は明るくて見た目によらずそこそこ活発な子らしい。部活はしてないけど運動は得意で、他にも絵を描くのが上手いって聞いている。趣味はよく知らない」

「大したことない情報だなぁ。もっと調べておいて」

「は? なんで俺が」

「僕らは拳で語り合った友だちだろ?」


 髪を鷲掴みにしてニッコリと微笑む。

 鳩田はビビった顔でコクコクと何度も頷いていた。




「先輩、一緒に帰りましょ!」


 放課後、琴梨ちゃんは教室までやって来た。

 まだ残っていた数名のクラスメイトは何事かと驚愕の眼差しで俺の顔を見ていた。


「いつものお友だちは?」

「マキちゃんですか? あの子は部活がありますんで」

「そっか」


 恋人なのだから断る理由もなく一緒に帰ることとなった。

 並んで歩いているといろんな人から奇異の目を向けられる。

 そりゃそうだろう。誰彼構わず告白しまくっている異常者キモオタとこんな美少女が一緒に歩いているのだから。


 嫌われることを目標としているものの、琴梨ちゃんを好奇の視線に晒させるのは申し訳ない気分になる。


「僕の噂とか聞いてるだろ?」

「はい。色んな女の子に告白して気味悪がられているとお聞きしました。本当ですか?」


 ド直球ストレートだ。

 そこまで知っててよく一緒に帰ろうと言ってきたものだ。

 いや、むしろ知った上でやっぱり付き合うのはなしにして欲しいと振りに来たのかもしれない。


 鞄に仕込んだカメラを琴梨ちゃんへと向けながら答える。


「うわぁー、ばれちゃった? そうなんだよねー、アハハ。引いた?」

「引いてません。むしろラッキーって思いました」

「は? ラッキー?」

「はい。だってそのコクられた人が先輩と付き合ってたら私の番は回ってこなかったんですから。色んな人に断られたから私みたいな特徴もない退屈な女の子にもチャンスが回って来たんです!」


 もしかして琴梨ちゃんはハイパーポジティブシンキングな人なのだろうか?

 ていうかこんな美少女なのに自分の評価が低すぎないか?


「俺なんかと付き合ってると今みたいにみんなからジロジロ見られるよ? それでもいいわけ?」

「ジロジロ見られるのは慣れてます。ジロジロ見てきて、私のことよく知らないのに『可愛いね』とか言ってくるんです。正直どう返していいのかも分かりません」

「あー、分かるかも……」


 かつての俺と同じだ。

 見ず知らずの人から知り合いみたいに声をかけられ、見た目を誉められる。

 いったいそれになんて返せば正解なのだろうか?


「知ってる」とか「まあね」なんて答えたら調子に乗ってると裏で叩かれるのは目に見えてる。

「全然そんなことないよ」と答えれば謙虚な振りをしている腹黒い奴と陰口を叩かれる。

 正解なんて分からないからあやふやに笑うしかなかった。


 あのときの俺と同じことを、琴梨ちゃんも悩んでいる。


 あ、そうか!

 だったら──


「琴梨ちゃんは可愛いよ、うん。見た目が大好きだ」

「えへへ。ありがとうございます!」

「ふぁっ!?」

「同じ言葉でも好きな人に言われるときゅーんってなるんですね!」


 なんだそれ!?

 余計好かれちゃったんですけど!?

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