第6話 藤堂くんのトラウマ

 琴梨ちゃんはキラキラした目で俺を見詰めている。

 一方俺は頭のなか真っ白で固まっていた。

 これじゃまるで琴梨ちゃんが告白してきて、俺が断りたいみたいな絵面だ。


「い、一回落ち着こう! はじめての彼氏なのにそんなに簡単に決めちゃダメだ」

「えっ!? 先輩が告白してくれたんじゃないですか!?」

「それはそうなんだけど……」

「まさか嘘告白だったんですか? そんなっ……ひどいですっ!」


 急に琴梨ちゃんは目をうるうるっとさせる。


「ち、違う! そんなんじゃない」

「じゃあ私を彼女にしてくれるんですね?」

「えーっ……と…………うん」

「ありがとうございます!」


 琴梨ちゃんはきゅっと俺の手を握ってきた。

 触れられた瞬間、ばくんっと心臓が跳ね、きゅーっと萎縮していくような感覚に襲われた。


 一緒に帰ろうという琴梨ちゃんをなんとか断って、一人になってからカメラを回収する。


「神回どころかお蔵入りだな、これ……」


 そうしてしまいたいが、あいにく今さらそれは出来ない。

 一週間にも渡って琴梨ちゃんにフラれる前振りをしてきた。

 視聴者の期待はかつてないほど膨れ上がっている。

 今さら『琴梨ちゃんに告白するのはやめました』とは言えない。

 どんな勝ち目のない戦いでも挑むのが『非モテの勇者TAC』なのだから。



 俺がキモオタを偽り、『こっぴどくフラれてみた』を始めたのには理由がある。

 子供の頃から俺は大人からも子どもからも人気があった。

 両親が有名芸能人な上に、自分で言うのもなんだが整った顔立ちだったからだろう。


 子供の頃から周りにはいつもたくさんの友だちがいた。

 ちやほやされて育ってきたが小学校高学年辺りからそれがなんだか煩わしく、また他人の打算的な態度に嫌気もさしてきていた。


 そんな俺が中学生の時に出会ったのが『雪村ゆきむら紗智さち』だった。

 紗智はどんな人にも優しく、分け隔てなく付き合う心の美しい女の子だった。

 人の好意や善意に懐疑的になっていた俺は、そんな紗智に惹かれていくのは当然のなり行きだったのかもしれない。


 周りの仲間には「もっと可愛い子いるだろ」とか散々言われたが、俺は紗智と付き合うことにした。

 付き合い始めてからも紗智は俺にベッタリ依存することもなく、適度に距離をおいてくれた。

 そしてこれまで通り俺以外の他人にも優しく接していた。

 そんな打算的じゃない沙智が好きだった。


 一方周りの女子は相変わらず俺に付きまとっていた。

 沙智と付き合ってると知ってるのに、そんなことはおかまいなしの様子が腹立たしかった。


 恐らくみんな俺の見た目に惹かれて言い寄ってくるのだろう。

 そう思った俺はある日キモオタファッションのコスプレをしてみた。


「うわ、きも。これなら女子に言い寄られないかも」


 なかなかの出来映えに満足し、そのままの格好で紗智との待ち合わせ場所に向かった。

 他愛のないイタズラのつもりだったが、そこで悲劇が起こってしまう。


「や、やあ……久し振りだね」


 悪のりした俺はおどおどした口調で紗智に話し掛ける。

 紗智は怪訝そうに眉をしかめて俺を睨んだ。


「は? 誰?」

「ぼ、僕だよ……忘れちゃった?」

「きも……話し掛けんなよ、キモオタ」

「え?」


 それは見たことない紗智の表情だった。

 まるで生ゴミでも見るかのような嫌悪感溢れる目付きだった。


「どこの誰だか知らないけど、私って大人しそうに見えるからか、あんたみたいなキモい奴らからよく親しげに声かけられるんだよね。マジ迷惑なの。どっかに消えて」

「い、いや……沙智……ちょっと待って」

「は? なんで私の名前知ってるわけ!? キモい! ストーカー? もうすぐ彼氏来るからボコってもらうから」

「ど、どういうこと? 本当に沙智なのか?」

「近づくな! てか死ね。キモオタ陰キャは死ねよ! マジなんで生きてんの? 意味分かんないんですけど?」


 あの優しい紗智とは思えない、残酷な薄ら笑いと罵詈雑言だった。

 沙智は俺に気に入られるために、俺の前でいい人を演じていたのだと今さら気付いた。


 その日以来俺は女性を信用できなくなった。

 女性不信なんて生やさしいものではなく、女性アレルギーになってしまった。

 触れられるのはもちろん、話をするのも、なんなら近寄られることすら受け付けなくなってしまった。


 そして心を閉ざし、他人との間に壁を作りはじめた。

 所詮はみんな見た目で他人を判断している。

 気持ち悪い見た目の奴は見下しても構わない。

 そして俺自身も知らずにそんな考えに染まっていたと自己嫌悪にも陥った。


 だからいま、イケメン時代の俺を知るものがいないこの土地で、自戒の念を籠めてキモい振りをしている。

 そしてそんな俺を冷たくあしらう人たちを見て、なにかを悟ったような気分になっていた。


『こっぴどくフラれてみた』はそんなカースト底辺とレッテルを貼られた世界から見える世の中を映し出すものとしてはじめたものだった。

 いびつな考えだということは自分でも分かっている。

 でも不思議とちやほやされて暮らしていた頃より、虐げられながら暮らしている今の方が『生きている』ということを強く感じられていた。


それに女子から蔑まれることでアレルギー反応を軽減させられる効果もある。

ゴミのように蔑まれて暮らす方が圧倒的に生きやすいとさえ感じていた。


「あー、更新どうしようかな……」


 そんなことを考えながら歩いていると、あるひとつの憶測が頭をよぎった。


「まさか!?」


 もしかして琴梨ちゃんは俺と同じように動画チャンネルを開設してるんじゃないだろうか!?

 きっとそうだ!

 陰キャに優しく接して告白されるまでのドキュメンタリーをアップしているに違いない!


 スマホで『キモオタ』『陰キャ』『告白されてみた』などを検索するが、それらしいものはヒットしなかった。


「そんなわけないか……」


 そんな悪趣味なことを、あの純真無垢な琴梨ちゃんがするはずない。

 人は疚しいことをしていると、他人も同じことをしているんじゃないかと疑るものだ。


 先ほどの嘘告白なのかと悲しんだり、付き合うと言ったときに見せた笑顔に嘘や偽りはないように思える。


 このままでは『こっぴどくフラれてみた』チャンネルは閉鎖だ。

 そう思ったとき、ひとつの閃きが降りてきた。


「そうだ。これならいけるかもしれない」


 苦肉の策かもしれない。

 しかしこうなった以上それ以外手立てはないだろう。

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