08話.[そう思ったのだ]
消えたい。
どうせ上手くいかないならお母さんのところに行きたい。
そう考えてしまうぐらいには今回のダメージが大きすぎた。
馬鹿で自業自得なのはわかっているが。
「うっ……」
無理やり出てきたのはやけくそになっているだけ。
それでも自分が辛いだけなのだから馬鹿としか言えない。
まあいいか、どうせ誰とも話さないのだから移すこともないだろう。
今日の私は席の精霊だった。
授業の始まりと終わりの挨拶以外は離れずにそこにいた。
「あ、明日香ちんっ」
「……どうしたのよ」
「顔色が凄く悪いよっ? 保健室に行った方がいいよっ」
「そうね……」
階段から落ちるなんてことにはならないが、かなりの牛歩だった。
予鈴が鳴り、本鈴が鳴り、そこからも果てしない時間をかけて保健室に到着。
が、先生がいなくて勝手に利用するわけにもいかず、保健室近くの階段の段差に座っているというのが現状だ。
「はは」
呆れて笑いたくもなってくる。
どうしてせっかく寝たのに治ってくれなかったのだろうか。
先輩が帰った後は朝までずっと暖かくして寝たというのにどうして。
「立て、あ、いや、立たなくていい」
「……いまは授業中じゃ」
「終わったよ、まあまだ次もあるけどな」
先輩は私を遠慮なく保健室のベッドに寝転ばせて柔らかい笑みを浮かべた。
「調子悪いんだから勝手に利用しておけばいいんだよ」
「……消えたいわ、お母さんのところに行きたい」
「振られた程度でなんだよ」
残酷だなあ。
それなら笑みなんか浮かべないでくれ……。
「運んでくれてありがとう、少し休ませてもらうわ」
「おう」
やけくそになったところで損ばかりだとわかったから明日調子が悪かったら休もうと決めたのだった。
「明日香ちゃん起きてー」
「……おはようございます」
「おはよう、もう19時だけどね」
ああ、翼先輩の顔を見ると落ち着く。
というかもう19時か、早く帰らないと。
「新夜なら昇降口で待ってるよ」
「そうなんですか」
よし、なんとか頑張って寝すぎて治ったーという感じに演じようと思う。
まずは背筋を伸ばして真っ直ぐに歩く、ぐぇ、結構きついけど大丈夫。
「お、自力で歩けるんだな」
「はい、今朝はありがとうございました」
「これからは遠慮なく保健室を利用しろよ」
「できるだけ利用しない方がいいんですよ」
外に出て傘をさしてからも同じこと。
寧ろ顔を見られない分、用意なのではないだろうか。
「新夜、僕はこっちだから」
「おう、それじゃあな」
「また明日もよろしくお願いします」
これで中間ポイントまでは突破。
「明日香、今日は泊まるからな」
「え、大丈夫ですよ?」
「嘘をつくな。調子が悪いようだったら明日は絶対に休ませるからな、それが嫌なら今日で治せよ」
まあいいや、いまひとりだとそれこそ本当に母のところに行きかねない。
「お、うどんがあるな、作ってやるよ」
「あ、そういえば作れるって言ってましたよね」
「敬語は気持ちが悪いからよせ」
「お願い、少し辛いの」
「ソファにでも転がっておけ、あとで部屋まで運んでやるから」
ああ、いつまでも風邪を引いていればこうして先輩が構ってくれるのだろうか。
それとも、いまの内だけだから最大限に味わっておけということだろうか。
それかもしくは、いまもなお倒れたままで夢を見ているだけなのかも。
「運ぶぞ、うどんはその後に持ってくるから安心しろ」
「好きなの」
「はいはい、とりあえず明日香がしなければならないのは食べることと寝ることだ」
夢なら、最後なら、風邪を引いたときだけなら、それなら積極的にいくしかない。
治った後に死にたくなったとしても、多分、なんだかんだで生きられると思うから。
「美味しいわ……」
「濃くないか?」
「ええ、丁度いいわ。……あなたがいつもこうして家にいてくれればいいのに……」
「待て待て、しょっぱくなるだろうが」
危ない、鼻水が美味しいおつゆに入るところだった。
意外と食欲があって全てを食べ終え、先輩に言われた通りにしておく。
「新夜……先輩」
「いるから寝ろ」
「でも、今日は長く寝てしまったから……」
「寝れる、その後に話そう」
電気が消されて、大人しく目を閉じた。
あれだけ寝たというのに不思議なもので、本当に眠気がやってきてくれた。
上手くいかないことばかりだと呟きつつ、流れに身を任せた。
「おはよう」
「……何時なの?」
「まだ3時だな」
雨の音が聞こえる。
天井を見つめたままその心地のいい音に耳を澄ませていた。
「少しやけになっていたの、だからごめんなさい」
「ああいうことをされると迷惑だ」
「ええ、もうしないわ、辛いのは自分だもの」
少しだけ体調がよくなっている。
だからってまた馬鹿なことをしようとは思わなかった。
タオルでも濡らして拭けばいいだろう。
「体調はどうだ?」
「ある程度よくなったわ」
「よし、ただ念のために今日は休め」
「そうね、またあなたに迷惑をかけてもあれだもの」
「じゃ、俺は1階で寝させてもらうからな」
困っている人を見かけたら放っておけない性格。
だからこそ異性同性問わず、彼は好かれている。
なら、邪魔をしてはいけない。
なんてことを考えつつ朝まで過ごして。
「おはよう」
「ええ」
いまなら凄く自然に彼といられる気がした。
余計な枷から解放された感じ、付き合うことが全てではないと教えてくれている。
「放課後になったらまた来る」
「あなたと話したい人もたくさんいるだろうしそっちを優先してほしいの、いつもしてきたことでしょう?」
最後と決めてある程度の力で彼を抱きしめておいた。
勝手に満たされて、とびきりの笑みを浮かべて。
「やっぱり今日休むわ」
「え、調子が悪いの?」
「おう、悪い」
「だ、駄目じゃない、布団に転びなさい」
「……明日香も一緒に寝てくれ」
どうしてこうなってしまったのか。
いつもならスルーしてくれるところなのにどうして。
「ほら」
「え、ええ」
もう電話は済ませたから問題はない。
今日は本当に体調がまだ微妙だから迷惑をかけるだろうし。
「……分かってないよな、テストはできるくせにさ」
「……求められなかったもの、わからないわよ」
……終わらせようとするとこうして抱きしめてきたりするのだ。
天の邪鬼なのは彼もそうみたい。
「いいのかよ、俺みたいな男で」
「どうして急に?」
「……また不安になるかもしれないぞ、中々生き方は変えられないからな」
「……受け入れてくれるの?」
「勘違いしていただろうけどさ、一緒に帰っていた女子はみんな彼氏がいたからな? 告白は確かにされたことはあるけど結局受け入れることはしなかったしさ」
確かに美人な人たちだった。
間違いなく、彼氏さんがいなければ彼は狙っていたと思う。
翼先輩が彼もなんだかんだで男の子だって言っていたから間違いなくそうだ。
「翼だけ名前で呼んでむかついていたんだよな」
「あれは言うことを聞かないと何度も言ってきそうだから了承したのよ」
「頭を撫でられて喜んでいたしな」
「前にも言ったと思うけれどお父さんにもされたことがなかったのよ、だから余計に嬉しかったの。ただ、あなたの手は根本的に違くて驚いたわ」
「一応、運動部だったからな」
それだけはない。
いまも筋トレをしているはず。
そうでもなければ維持は難しいだろう。
「不安だった、明日香をひとりにさせておくのは」
「その割にはあなた、あまり来てくれていなかったわ」
「結構忙しかったんだよな、あとは適度の方がうざがられないで済むと思ってな」
「……来てほしかったわよ、たまに来ては優しくするから私は……」
「俺は興味がないかと思ってた、こういうことに」
そんなことはない。
興味はあっても相手がいなかったというだけで。
友達を作ることすら容易ではなかったというだけで。
「お母さんとの話を黙って聞いてくれたのが1番嬉しかったわ」
「俺には妹がいたんだけどさ、最後の言葉を聞くことすら、なにかをしてやることすらできなかったんだ。そういうのもあって困っているやつを見つけたら今度はって動かせてもらっていたんだ、あのときの明日香は泣きそうだったから話しかけたことになるな」
「そういうことだったのね……」
「家でゆっくりしていたら事故に遭ったって急に母さんから聞かされてさ、それまでは本当に明るい人だったからそのときの顔が本当に印象的だったよ」
大切な家族を彼も亡くしていたのか。
「た、たらしとか言ってごめんなさい」
「男友達にも言われたことがあるから気にするな。さ、休んでるんだから寝るか」
「……このままでもいい?」
「おう」
早く治さないと。
それでまた早川兄妹と、そして彼と元気よく話すのだ。
まだおめでとうも満足に言えていないから早くと気が急く。
「俺らは似ているのかもしれない」
「あなたは泣かなかったでしょう?」
「泣いたよ、わんわん泣いた」
「ふふ、……本当に大切だったのね」
「ああ、間違いなくそうだった」
大切な人を裏切らないようにしないと。
とにかくいまはすぐに泣くことをやめにしたい。
「好きよ、あなたのことが」
「ありがとよ」
「だから早く治そ……うと、頑張るわ」
数秒で駄目になったが気にならなかった。
いまが駄目なら次は我慢できるようにすればいい。
それも駄目なら次、次と、いくらでも新しい目標はできるから。
「泣き虫だな、まあ泣きたいときはいっぱい泣いておけ」
「ふふ、なんだか懐かしいわ」
「だろ?」
「あなたがいてくれてよかった」
「はは、じゃあもっとそう言ってもらえるように頑張るかな」
わざわざ頑張る必要はない。
頑張らなければならないのは私の方。
多分、この先も似たような失敗を重ねることだろう。
それでも、ときには開き直りつつ努力できればいいなと、そう思ったのだった。
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