07話.[どうせそもそも]
どうやら翼先輩は受け入れたみたいだ。
菜緒が凄く嬉しそうな感じで報告してきてくれた。
普通に羨ましかった。
内ではどうであれ、好きな人に求め、その人が受け入れてくれたら嬉しいことだろう。
「明日香ちゃん」
「お久しぶりです」
「うん、久しぶり」
今日はあのラーメン屋さんでふたりでいた。
もし菜緒がいなかったら翼先輩を狙っていた。
もっとも、似たようなことになって終わっただけだろうが。
もうラーメンも食べ終わっているから本来なら退店するべきだ。
けれど、雨が降っているというのもあってもう少しのんびりしたいというのが正直なところだった。
「新夜のことは諦めちゃったの?」
「最初から無理なことですからね」
が、申し訳ないから結局出ることになった。
いまはお財布しか持ってきていない状態だから楽だ。
今日は傘をさしているが、仮に濡れても問題な、
「へぶっ」
「だ、大丈夫っ?」
車がはねた水が一斉に私に襲いかかってきた。
今日は濡れたくなかった、だって明日も普通に学校だから。
「は、早く家に帰らないとっ」
「翼先輩は自分の家に帰ってください」
「そういうわけには……」
「また菜緒に叩かれてしまいますから。今日はありがとうございました、これで失礼します」
荷物を家に置いてからでよかった。
お財布も守ったから紙幣が濡れているようなこともなく、とにかく今回は風邪を引きませんようにとお願いをする。
こうなったら私に頑張れるのは皆勤を狙うとか、テストで高得点を取ることだけだから。
でも、
「上手くはいかないわよね……」
天の邪鬼なところが可愛くない。
どうして風邪を引きたくないと願ったときに限って風邪を引くのだ、しかもあっさりと休んでしまった自分が弱すぎて嫌になる。
「あー……」
私は馬鹿なはずなのに風邪を引いたということは馬鹿ではないということだろうか。
この前のテストの平均点は89点以上だったから実はいいのかもしれない。
この前、すっきりするとか言って雨に濡れたのはアホとしか言いようがないからいまさら恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。
そんな感じで朝からずっと悶えているとインターホンが鳴ったので玄関へ向かう。
「はい」
「よう」
「はぁ……」
今日は意地でも中に入れたりはしない。
女たらし先輩と話すようなことはなにもないのだ。
先輩はこっちを微妙そうな顔で見つつ「失礼なやつだな」と言っていた。
「大丈夫か?」
「昨日、車がはねた水が直撃しまして」
「ああ、翼から聞いた、中に入ってもいいか?」
「いいじゃないですか……、失礼――閉じれないですよ」
「いいから入れろ」
だるいから飲み物の準備すらしない。
先輩はソファに座って、横に座れと誘ってくる。
「少し触れるぞ――熱いな、ちゃんと寝ていたのか?」
「いえ、この前の恥ずかしいこととか、あなたに言った無駄なことを思い出してどうにかなりそうでしたよ」
「俺に言った無駄なこと?」
「あなたみたいな人に寂しい、一緒にいてほしいとか言うのはおかしい状態でなければありえませんよ。女の人を取っ替え引っ替えして、好きになれるわけじゃないとか言って、優しくしたら好かれるとわかっているくせにわざとそうして被害者を増やして、馬鹿じゃないですか? もうちょっと考えてあげてくださいよ」
どうせなにもないから嫌われても構わない。
私はやはり代弁者だ、みんなが感じている不満をぶつけるために存在している人間。
だったら言いたいことを全部言わなければ駄目だ、中途半端で終わらせることだけはしてはならない。
「もう来ないでください、女たらし」
「好きとか可愛いとかは言ったことがないんだけどな、これまで誰にも」
「それでもイメージは変わらないのよ」
気持ちが悪い、慌ててトイレに駆け込んだ。
おぇぇと吐いてすっきりさせる。
翼先輩ぐらいこの人だって決めて動いてほしいものだ。
「佐伯、とりあえず寝ろ」
「変な人が帰らないと寝られないわよ」
保険ということか。
怖い怖い、片付けた後だからよかったものね。
「いいから寝ろ、寝たら帰ってやる」
「鍵はどうするのよ?」
「寝て起きたら帰ってやる」
「なによそれ……」
それでも調子が悪いのは本当のことだから口を洗ってから部屋に戻ることにした。
「ほら、ちゃんとかけろ」
「うるさいわね……」
兄がいたらこんな感じなのだろうか。
菜緒みたいに好きになったりはしないだろうが。
寝よう、無理して起きていても無意味だから。
「頭痛い……」
治るどころか悪化していた。
部屋の床に寝転がって死んだゴキブリみたいになっていた先輩を放っておいて、1階に移動してきた。
寝汗をかいてしまったからお風呂に入りたい。
昨日、洗っておいたから溜めるだけで入れるのは大きい。
ただ、溜まったお湯を見て入るべきなのかどうか、を考えるアホがいて。
「治ったのか?」
「……寝汗をかいてしまったのよ」
「拭けばいいだろ」
ええい、ままよっ。
まずは先輩を追い出して鍵を閉める、そこから一切迷いなく脱ぎ捨てて湯船に突入した。
汚いが洗うのはここでする、冷えると駄目だからだ。
あー……、ふわふわするー。
馬鹿なのは確か、それでも汗をかいたままいたくはなかったのだー。
「ぐぇ……」
縁に足を引っ掛けて危うく転びそうになってしまった。
私は学習する女だから転んだりなんかしな、
「へぶ……」
それよりもさらに低い段差で足を引っかけて床とキスをする羽目になった。
気持ちがいい、寒さなんかよりもそっちに意識がいってそのまま……。
「ん……いたっ、ここは……?」
「起きたかよ」
「ちょ、変態……」
私の服が体の上にかけられてある。
情けない貧相な裸体をずっと見られていることにならなくてよかった。
「悪い、扉をぶっ壊したわ」
「そうですか……」
「服を着ろ、見ないようにある程度しか拭けていないから拭いてからな」
面倒くさいからしたくない。
とはいえ、貧相なのを見られても嫌だから一旦出てもらった。
「よし……」
「よしじゃねえ」
「なにが駄目なの?」
もう服も着たのだから部屋に帰るだけだ。
にしても、扉を壊してしまったのか。
父に怒られないだろうか、転んでぶつかって破壊したと言えば許してくれるだろうか。
「前の方の髪が全然拭けてねえ、ちょっと立ってろ」
「壁に寄りかかっていい? ……ふわふわしていて留まることが難しいのよ」
「おう、それでもいいから」
少しでも困らせてやろうと思って壁にではなく先輩に寄りかかってみた。
「私にしなさいよ……、可愛い後輩じゃない」
「調子が悪いのに風呂に入る馬鹿な後輩だな」
「……初めて異性にあんなことを言ったのよ? お父さんにだって一緒にいてなんて言ったことがないのに……」
そう考えると遠慮していたのは私もそうなのかもしれない、私たちはまだ本当の意味で家族になれたわけではないとそう思ってしまった。
「……お父さんも仕事でほとんどいないの。だから誰かにいてほしいのよ、そして新夜先輩なら1番いいのよ」
「拭けたぞ、部屋に戻ろう」
「そうね……」
ベッドに転ぶのは抵抗があるから1階で敷布団を敷いて寝ることにした。
「もう大丈夫よ、ありがとう」
「そうか」
泊まることをやめると言ったときみたいに先輩――彼はあっさりとそう言って客間から出ていってしまった。
どうせそもそも痛い人間だったのだろうから気にしないで寝ることにする。
その際、何故か涙がたくさん出て溺れるかと思った。
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