04話.[全く来ないのだ]
翼先輩は変わらずに来てくれた。
でも、その度に早川さん――菜緒の様子がおかしくなっていった。
先輩がこっちの頭を撫でたり、よく遊びに誘ってくれたりしたのも影響している。
これは間違いなく、もう私と先輩に不満があるとしか言えないだろう。
それでも一緒にお弁当を食べたり、話しかけたりしてくれるんだなと。
「菜緒、私と翼先輩が一緒にいるの、嫌なのよね?」
「え、別にそんなことは……」
「でも、毎回暗い顔をしているわ」
私たちが話しているタイミングでやって来ては私にしか話しかけてこないから微妙だった。
そんなつもりはないと言ったところで距離を作るつもりがないのだから説得力がない。
「翼先輩のことが好き、なのよね?」
「……でも、兄さんが明日香ちんのことを気にしているなら邪魔するべきじゃないから」
そんなのじゃない、なんて言うことはできなかった。
相手の気持ちなんかなんにもわからない。
ただ心配して来てくれているかもしれないし、気に入って来てくれている可能性もある。
「わ、私には気になっている人がいるのよ、あなたには悪いけれど、翼先輩じゃない人が」
嘘なようで本当のようなこと。
……渡部先輩が来てくれないのもあって寂しさがどんどんと増えていく。
メッセージを送れば返してもらえる可能性はあるが、返ってこなかった場合を考えてできていなかった。
「もしかして、新夜さん?」
「そんなことは言っていないわ」
「そっか」
いま私が誰を気にしているかなんて話す必要はない。
どうすれば彼女が微妙な気持ちにならなくて済むのかを話し合う必要がある。
「せっかく来てくれているんだもの、自分から来ないでほしいなんて言えないわ」
「うん、仮に言っても兄さんは聞かないと思う。もし聞いたら……そのときはよほど明日香ちんのことを大切に思っているということになるね」
来ることが相手のことを考えていないなんて言うつもりもない。
どちらにしても相手のためを考えているからこそではないだろうか。
だって離れてほしいなんて言うことはいつかあるかもしれないが、その内ではあなたとずっといたい! って絶対に思っているだろうからだ。
「やっほー、なんの話をしているのー?」
「最近、渡部先輩がまた来てくれなくなったという話をしていたんです」
「新夜かー。人気だからねー、後輩ばかり相手にしているわけにはいかないんでしょ」
1度来たら1週間ぐらい来なくなる。
……私だったら、それなら来てくれなくていいって言いたくもなる。
その間がより寂しくなるから、遠距離というわけでもないのにまるで他県に住んでいるみたいだから。
でも、問題なのは私の弱い脳や心だった。
……すっかり渡部先輩といたいと考えてしまっているからだ。
この前も言ったように彼女さんがいようと関係ない、別にそれで傷つくようなことにもならないというのに。
ただ、完全に来なくなってしまったら……とマイナス思考をする自分がいる。
「それに、なんだかんだで同級生の方がいいんじゃないかな」
「そうですか、ちなみに翼先輩もそうなんですか?」
「うーん、同級生の方が話が合いやすくはあるよね」
「教えてくれてありがとうございます」
余計なことを聞いてしまっただろうか。
変に動こうとしたりすることはやめよう、逆効果になりかねない。
「兄さん、ちょっと廊下に」
「うん、いいよー」
もうGWが目の前にある。
このままだとまず間違いなくひとりで過ごすことになるだろう。
中学1、2、3年生のGW、全部ひとりで過ごしたから変わらないと言えば変わらない。
違う点はまだ部活があったことで、孤独ではなかったということだ。
だが、今年は違う。
高校1年生の、つまり初めてのGWをひとりで過ごしていいのかという考えがある。
が、誘えるような友達もいない、誘ってくれるような友達もいない。
できれば父とゆっくりするか、……渡部先輩と一緒にいたい。
恐れて1度も自分から動けなかったことを思い出して頑張ろうとしてみた。
「あ、待って」
「どうしましたか?」
「GWなんだけど4人で集まろうよ、絶対に新夜も連れてくるからさ」
「どこかに行くんですか?」
「行くというか、お泊り会みたいな感じかな」
自宅でひとり父が帰宅するまで待つよりもずっといい提案だ。
でも、泊まるとなると話が変わる。
ある程度のところで解散となるお出かけならともかくとして、……空気を悪くしてしまうだけなのではないかという不安。
「すみません、私は――」
「俺はいいぞ」
「よしっ、これで決まりだねっ」
「ま、待ってくださいっ、私は――んっ!?」
「まあまあそう不安になるな。心配ない、大丈夫だ」
いや、口を手で塞がれていることの方がいまとなっては不安、心配だ。
幸いすぐに離してくれたものの、有無を言わせない感じが怖かった。
違うか、どうして普段は全く来ないくせにって文句を言いたくなったのだ。
「ちょっと来てくださいっ」
「おう、行くか」
階段の踊り場まで連れて行ってから向き合う。
「どうしていつもは来てくれないくせに……こういうときばかりは来るんですかっ」
素と敬語と、自分が全く違う人間になったような気分になる。
敬語のときは後輩系女みたな感じ、素のときは無個性な感じで。
「なんだ、寂しかったのか?」
「違います、私はみんなのことを考えて断ろうとしたんですよ。それなのにあなたが邪魔をするから……」
「どうなるのかは分からないだろ? それなのに勝手にマイナスに考えて拒むのは勿体ないと思ったんだ」
これもあれだ、行きたい気持ちは凄くあるのだ。
それでも、空気を悪くしてしまうところばかりしか思い描くことができないからこうしているわけで。
「大丈夫だ、悪い空気には俺がさせないから」
「……それにどうせ3人だけで盛り上がるんですよ、私を仲間外れにして」
「怖いのか?」
「……他人の家に泊まったことがないんです。トイレを使うのも、お風呂に入らせてもらうのも、ご飯を食べさせてもらうのもなんか……そうかもしれません」
いつもの悪い癖が出てきている。
本番がくるまで、そして近くなればなるほど怖くなるのだ。
直すことができないまま、高校1年生の春現在まで生きてきてしまった。
「どうせ場所は翼の家だろうから気にすんなよ。それにお粥を作ってやったんだろ? そんな感じで当日も調理でもしてやれば文句を言われないさ」
「面白いこととか言えないので……」
「求めてないだろ、難しく考えすぎだ」
無理だ、構ってほしいわけじゃなくて……現実的じゃなさすぎる。
どうせこの人、翼先輩や菜緒とばかり盛り上がるだろうし……。
「やっぱりやめますっ」
「ま、佐伯がどうしても参加したくないのなら仕方がないな」
あ……、気まずい思いを味わうことになるぐらいなら家の方がいい。
どうせ帰ったら常にひとりなんだから我慢すればいい話だろう。
そもそも本気で誘ってくれていると考える方が異常だ。
明らかに3人だけで集まった方がいいのにこちらにも声をかけてくれたのは一応、話せる相手だからだろうし。
「別にいいわよ……」
「なにか言ったか?」
「なんでもありませんっ」
逆にひとりで最大限に楽しんでやろうと決めたのだった。
「暇ねえ……」
菜緒が「初日からやりましょう!」と何度も大きな声で言っていたのでそろそろ集まっている時間だと思う。
私はベッドの上に寝転んで携帯をずっと持っていた。
どうせこないのはわかっている、けれど、期待してしまう自分がいるのだ。
馬鹿らしいと思った私は携帯を置いて外に出ることにした。
もちろん、翼先輩の家とは真反対に意味もなく歩いていく。
「暖かくなったわね」
風がぬるい、結構強くてその度に髪がまとわりついて鬱陶しかった。
持ってきていたゴムで適当にまとめてお散歩を続けて――いこうとしたのだが、あまり詳しくないから学校の方へと歩いて行くことにした。
途中で駄菓子屋さんに寄って10円ガムをまた購入して食べながら歩いていたんだけど……、
「なにやってるんだ?」
大きなスーパーの袋をふたつも持っている渡部先輩と遭遇してしまったのだ。
「時間がいっぱいあるので適当に歩いていただけです、ほら、これも買って」
「それ好きなんだな」
「味はすぐになくなりますけどね、あ、どうぞ行ってください」
邪魔をするのは申し訳ない。
行かないことを選んだのは自分だ、被害者ぶるつもりはない。
「俺にもひとつくれ」
「どうぞ」
「食べさせてくれよ、手を見れば分かるだろ?」
小さな丸いガムを指先でつまんで持ち上げたら先輩が私の指を食べる勢いでそれを口に含んでびっくりした。
「うん、美味いな」
「……失礼しますっ」
「まあ待て」
気まずいということがわからないのだろうか。
経験値が違うからこれぐらいなんてことはない、のかもしれない。
「いまからでも遅くない、来い」
「あのときは止めなかったくせに……」
「だって、滅茶苦茶暇って感じの顔をしているからな」
もうあのふたりには情報がいっているだろうからいまさら参加はできない。
行ったら嫌な顔をされる、そんなところを見たくなかった。
例え裏で悪口を言われていたとしてもいいから、この目で直視することだけは避けたいのだ。
「佐伯の家なら問題ないのか?」
「もう参加しないって言ったわけですからね、いまさら参加なんかできませんよ」
「ちゃんと相手をしてやるから」
「ありがとうございます。でも、私は大丈夫ですから、3人で楽しんでください」
露骨に走ったりはしないであくまで普通に歩いて時間つぶしをする。
お昼頃には家に帰ってご飯を作って食べた。
一緒にいたいとは考えたものの、対複数人で集まるのは絶対に無理だ。
部活をやっていたときなんかは空気が悪すぎて吐きそうになったぐらいだし。
「もし――」
「佐伯、家の前に出てろ」
それだけで切られてしまう。
どうせ家はわからないんだからと外に出てみたのが、普通に失敗だった。
「見つけた、ここか」
「な、なんで……わかったんですか?」
「別れ道はあっちだ、だから探してみただけだな」
別れ道からそう離れていないのが駄目だったか。
意味もなく地面に直接座って、よく見てみれば汗をかいている先輩を見上げて。
「本当は来たかったんだろ?」
「……そうですよ、でも、目の前で悪く言われたりするのは嫌なんです」
「あのふたりはそんなことをしないだろ」
「それだけじゃなくて、明らかに気を使われていたりすると嫌なんです」
愛想笑いをされたことがいっぱいあるから余計にそう思う。
父なんかそうだ、再婚して一緒に暮らし始めた頃は常にそうだった。
それが間違いなくきっかけだと言える。
「戻ってください」
「あのふたりだけで盛り上がっていてな、来てくれるとありがたいんだけど?」
「……いまから行けるわけがないじゃないですか」
「じゃ、夕方頃まで佐伯といるわ、泊まることにならなければいいんだろ?」
「……そうしたらあのふたりに怒られますよ?」
一瞬、翼先輩のことが好きなんだからふたりきりの方がいいのでは、なんて考えてしまった私は馬鹿だ。
菜緒的にはそうでも翼先輩の気持ちを考えないで行動するということだから。
普段はいられないから渡部先輩と一緒にゆっくりと過ごしたいかもしれないし。
「大丈夫だ、心配するな」
「絶対に楽しくないですからね?」
「寂しいって顔に出てるやつを放っておけないだろ」
さて、それでもこれからどうすればいいのだろうか。
家の中に入れるわけにはいかない、外で1対1と中で1対1は違うから。
しかもこの人は女の人といるのが大好きな人だから余計なことはしない方がいいだろうし。
「ラーメンでも食べに行かないか?」
「この前は嫌そうな反応をしていた気がするんですけど」
「それはあれだよ、勘違いされたくなかったんだ。しかも菜緒はほら、翼のことが好きだから」
「言って、いたんですね?」
「おう、本人から聞いた。それに前々から翼の近くに女子が来たときはあからさまに嫌そうな顔をしていたからな」
好きだしもう5月になるというところだから行かせてもらうことにしよう。
いつまでもそこに存在していてほしい。
たった450円でも少しぐらいは……支えられるはずだ。
お財布を取ってきて先輩と一緒にお店に向かう。
「今日は珍しく結ってるんだな」
「はい、風が強くて正直鬱陶しかったので」
「なんか運動部に所属している女子に見えるよ」
「残念ながら運動神経はだめだめですけどね」
ファミレスなどに比べれば細々とした感じ。
それでも、店内に入れば賑やかな空間が私たちを迎えてくれる。
「どうする?」
「私は醤油ラーメンでいいです」
「じゃ、俺もそうするかな、もちろん大盛りだけど」
注文を済ませてくれたので少し足を伸ばしてみた。
……先程お昼ご飯を食べたわけで、食べきれるかがわからないから。
「渡部先輩こそ運動部に入っていたんですか?」
「中学はそうだな、強制だったからその中で1番楽しめそうな野球部に入っていたな」
袖を捲くっているのもあって……筋肉質な腕が見える。
身長が高いのと、優しいのと、そういう細々としたところがまた……。
「あっ、どうして高校では続けなかったんですか?」
「人といることを大切にしたいと思ってな、あとは単純に上を目指したいわけじゃなかったからだ――お、きたな」
とにかく、いまは頑張ってこれを食べるだけに集中しよう。
「美味いな」
「そうですね」
美味しいうえにあっさりとしているから昼食後であったとしても普通に食べることができた。
このラーメンは1ヶ月に3回ぐらい食べたくなる。
ただ、楽をすると家事などを疎かにしやすいから1度と決めて動いているのだ。
……今月はこれで2度目だけど、た、たまにはいいだろう。
「ふぅ、食べた後は動きたくなくなるな」
「少しわかります」
「でもどうするか、公園にでも行くか?」
「はい、お店の前にずっといるよりはその方がいいと思います」
よし、練習のおかげか泣くようなことはなくなった。
でも、今度は別の問題が私を襲う。
近いのだ、物理的な距離が近すぎる。
あの女の人が一方的にしていただけだと考えていたのに、これは先輩特有のアレらしい。
「さっきから腕ばかり見てどうしたんだ?」
「ち、近いです」
「普通だろ、間にひとり分ぐらい空いてるぞ?」
「端と端にしましょうっ」
「ん? ま、佐伯がそう言うなら」
実は筋肉質な感じに見惚れるような人間だったなんてわからなかった。
異性同性問わず一緒にいることができなかったから無理はないかもしれないが。
「眠くなってきたわ」
「寝ていいですよ、あとで起こすので」
「膝、貸してくれ」
「で、できませんよっ」
「けちだな……、いつもこうして行ってやっているのに」
うっ、そう言われると痛い。
だからって……いきなりそんなことできるわけがない、恥ずかしすぎるから。
「じー」
「み、見ても駄目ですよっ」
こうして平気で頼んでは相手をその気にさせているのかもしれない。
私は絶対に流されない、今日だけ仕方がなく付き合ってあげているだけだ。
「なんかさ、敬語のときは普段と違う感じがするな」
「それはわかります」
「敬語じゃなくていいぞ」
……勘違いして、好きになって、告白して振られる。
そこまで本当に鮮明に想像することができてしまった。
「寝る」
「わ、わかりましたっ、それなら貸しますからっ」
「ありがとな、寝る」
仰向けのまま芋虫のように近づいて来て頭を乗っけてきた。
別に後でどうなろうと気にしなくていい。
こうしてしてしまっている時点で私の思考など無駄に終わるだけなのだから。
「全く……」
無理してこっちなんかに来るから体力を無駄に消費することになるのだ。
されて嬉しいからと頭を撫でたくなったものの、我慢。
「……佐伯、悪かったな」
「なにがですか?」
「無理やり付きまとうみたいなことをして」
「いえ、来てくれて……嬉しいですからね」
「どうせなら4人で楽しみたかったんだ、俺らは相性は悪くないと思うんだよな」
私にも優しくしてくれる人たちといたいとは思っている。
だから泊まりは無理でもお昼に会う程度なら問題もなかった。
「すみません、可愛げがない後輩で」
「ま、そこは人によって違うからな」
もっと上手く甘えられるようになりたい。
後輩というポジションを利用して近づけるぐらいわがままになりたい。
が、現実的ではないから、相手が何度も誘ってきてくれたら受け入れるぐらいの人間でありたかった。
「でも俺には、慣れてくれたか?」
「最初から渡部先輩の近くには安心していられましたけどね」
「それで初日に友達になってくれとか言ってきたんだったな」
そうだ、断られて恥ずかしかったところばかり意識してしまうが。
「ただ歩いていただけなのによく声をかけてこられましたよね、というか、木の上でなにをしていたんですか?」
「猫がいたから登ってみたらぴょんと下りられてしまってな、なんか悲しい気持ちになってそのままでいたら佐伯が向こうへ行こうとしたって感じだな」
それは確かに……虚しくなるかもしれない。
難しいところだ、よかれと思ってやったことが相手のためになるわけではないと教えられている気がする。
「なあ」
「なんですか?」
「いまからでも行こうぜ」
「またそれですか? 行きたいなら渡部先輩だけ行ってください」
先輩だって翼先輩とゆっくり話したいこともあるだろう。
それなのにこんなところで時間を使わせるのは申し訳ない。
自分がいないことでなにも気にせずそれを叶えられるのだから行けばいいのだ。
「なにがそんなに怖いんだ? あ、じゃあさ、入浴とか済ませてから行けばいいだろ?」
「どれだけ来てほしいんですか……」
「どうせ知り合ったからには仲良くしたいだろ」
仲良くしたいという気持ちはある。
けれど、
「どうせ……今日だけ相手をしてくれているだけじゃないですか」
これだ。
仲良くしたいと言う割には全く来ないのだ。
そのくせ、ああいうときだけは不意に現れて勝手なことを言っていく。
振り回されるのは嫌だ。
ひとりも嫌だけど……それよりはまだましと言えるから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます