03話.[メロンソーダ味]
「よう」
「すみません……、決して構ってほしくてしているわけではないんです」
「分かってるよ、そこに座ってくれ」
私がベンチに座ると渡部先輩は目の前に立った。
身長が高いのと、そもそもここが暗いのもあって少し怖い。
「悪い、俺がいちいち聞くからだよな」
「違いますよ、自分だけで行ったときは懐かしさを感じただけでしたからね」
少し薄着で来てしまったのは不正解だったかもしれない。
もう5月になるというのに普通に冷える。
「寒いのか?」
「いえ、大丈夫です」
さて、どうして私は呼ばれたのだろうか。
いちいち泣くなっていい加減面倒くさくなったのかもしれない。
翼先輩から聞いた先輩の情報だけで判断するのであれば、心配してくれた、という可能性が1番高いが。
「無理するな、肩からでもこれをかけとけ」
「……してほしくて言ったわけでは……」
「細かいことは気にするな」
先輩の上着は普通に暖かった。
……凄く気恥ずかしくもあったのは確かだが。
「悪いな、泣かれると……どうしても近くにいてやりたくなるんだ」
「謝らなくていいですよ」
「横、いいか?」
「はい」
これは多分、なんらかのきっかけがあったのだろう。
そうしなければならないような、そんな感じのなにか。
「家族が明るくなくなった話はしたよな」
「はい、昔は明るかったとも」
「実はさ、あ、いやこんな話、佐伯は聞きたくないだろうからやっぱりこれはなしな」
「そ、そうですか」
教えてもらえるわけがない。
卑下しているわけではなく、単純に時間が足りていないから。
早川兄妹には言っている可能性もあるものの、悔しいとは感じなかった。
「俺、最初佐伯は冷たい女子なのかと思ってた」
「冷たい、ですか?」
いま余計ななにかを付け足すと「そんなことないよ」と言ってほしくてぶつけているように見えるからやめた。
冷たいのではなく色々なことが駄目な人間だと言おうとしたが。
「分かりやすく変わるのは泣いていたときだけだったから」
「表情に出づらいんですかね?」
「分からないのか?」
「はい、指摘されたことがないので」
蓋をしている可能性もある。
けれど、逆に表にばかり出てしまう人間だと自分は考えていた。
泣くのだって通話が終わってからでよかったものを、……そのせいでこうして時間を使わせてしまっている。
「佐伯、お前さえよければ母さんとの思い出の場所に行ってみないか?」
「渡部先輩には関係のないことじゃないですか、申し訳ないですよ」
「……俺にできることならしてやりたいんだ」
「それなら他の人のためにしてあげてください、早川さんとか翼先輩とか他の人たちのために」
そういう場所には自分で行くから大丈夫だ。
大体、先輩を利用するなんてどうかしている。
だから私はこう言うことしかできなかった。
「確かに最初とは違うんだな、弱々しい感じがあんまりしない」
「はい。渡部先輩や翼先輩、早川さんが来てくれたからです、ありがとうございます」
「悪い、余計なことだったな」
「いえ、そんなことはないですよ」
過去のあれに比べたら高校生活なんて普通だ。
……もうあんな思いを味わいたくない、変に信用して消えてほしくない。
それなら適度な感じが1番なのだ、挨拶や少しのお喋り程度で終えるそんな関係が。
「可愛げがなくてごめんなさい、せっかく外に来てくれたというのに」
「いや、佐伯が謝る必要はないだろ」
「……これで失礼します、心配してくれて本当にありがとうございました」
来てくれるかどうかはわからない。
こうして拒み続けていたら言うだけ無駄、近づくだけ無駄って判断して離れるかもしれない。
そうなったらもう仕方がないと……割り切れるだろうか?
全く強くないから上手くいくかどうか、それだけがただただ不安だった。
「明日香ちーん」
「今日も元気ね」
昨日のことが気になってしまっている。
もう本当になんとかしてほしい、あの涙腺の緩さはなんなのだろうか。
あと、なんとかして誤魔化すとかすればいいのに、そのままなんて……。
「今日は兄さんが風邪で休みだからさ」
「え、そうなの? 心配ね」
「お、それなら放課後に来る? 多分、明日香ちんが来てくれれば喜ぶと思うから」
「そう……ね、普段からお世話になっているからたまにはいいかもしれないわね」
お粥などを作ってあげれば回復に繋がるだろうか。
私はどちらかと言うと優しい味のうどんの方が好きだけれど。
まあ、残念ながら熱を出しても自分で作る羽目になるから、微妙だ。
どうせ急いでも父の帰宅時間は約21時から23時の間なので行かせてもらうことにした。
「明日香ちん行こー」
「ええ」
今日は渡部先輩も来なかった。
せっかく言ってくれたのだからと受け入れておくべきだっただろうか。
昨日のはとりあえず受け入れておいて、そのときがきたら色々な理由を作って断るということもできたというのに私ときたら……。
あんなすぐにNOと言われたらなんだこいつってなるかもしれないし……。
「あ、新夜さんとはお付き合いしていないからね?」
「なんで急に?」
「だって、明日香ちんは新夜さんのことを気に入っているように見えるから」
あの人の近くにいると何故か安心できる。
話し方は違くても父に雰囲気が似ているのかもしれない。
一緒にいるときはこっちのことを考えて行動してくれるところもそうかも。
逆に申し訳なくなってくる感じも似ている。
「上がって」
「お邪魔します」
義理の兄、か。
彼女もなんとか仲よくなろうとしてあれを選択しているのかもしれない。
他者にとってどんな感じなのだろうか、急に家族が増えるというのは。
私は母が苦労していたのを知っていたから父と再婚すると知ったときには嬉しいぐらいだったけれど。
「兄さん入るよー」
そ、そういえば私が入っていいのだろうか。
私はまだ学校での翼先輩しか知らない、家では違うかもしれないのに。
でも、彼女はどんどん行こうとしてしまうため、慣れない他人の家というのもあって付いて行くことしかできなかった。
「あれ、今日に限って大人しく寝てるんだ」
「いつもは違うの?」
「うん、熱があるのに元気なふりしてさ」
ということは、それができないぐらい弱っているということだろうか。
そんなところに来てしまっていいのかと不安になっていたら「ん……」と先輩が小さく声を漏らした。
「あれ……、まだ夢を見ているのかな? 明日香ちゃんが見える」
「来てくれたんだよー」
「ごめん……、今日は行けなかった」
「あ、いえっ、休んでください」
そうか、あれから毎日先輩は来てくれていたのか。
どうしてかはわからないけれど、本当に来てくれていたから寂しさも少なく済んだ。
「ちょっと来て?」
「は、はい」
続いてしゃがんでと言われたからしゃがんだら頭を撫でられてしまった。
熱い手、本当に調子が悪いことがよくわかる。
「ありがとう」
「いえ……」
「お粥とかって作れるかな? お腹空いちゃって」
「作れますよ」
「じゃあ……お願いね」
早川さんに使っていい物を教えてもらって作り始めた。
もちろん、作り終えたら顔を見せずに帰ろうと思う。
お礼をするなら今度元気なときでいい、なにも今日行って余計なことはしなくていい。
「信用されているんだね」
「多分、渡部先輩と同じだと思うの。初対面のときも情けないところを見せてしまったから心配してくれているというか、私がもっとしっかりすれば時間を無駄遣いさせなくて済むのにっていつも考えているわ」
できたのを早川さんに頼んで持って行ってもらう。
こっちはここで終わり、彼女が2階に上がる前に外に出させてもらった。
お粥なんか誰でも作れるし、ある程度ご飯を作れる人であればある程度の具合になる。
あれでは先輩のためにはなにもできていないのと同じだ。
それと、あれでは早川さんが微妙な気持ちになるだろう。
家族ではなく他所の家の人間に頼ったのだから。
私の父が風邪を引いたとして、そのときに一緒にいた早川さんに◯◯を作ってほしいと頼まれたらかなりヘコむと思う。
「あ、渡部先輩」
と、女の人が一緒に歩いていた。
ふたりの距離は物理的に近かった。
下手をすればいまにも手を繋ぎかねない雰囲気。
顔が見えないからどんな感じで会話しているのかはわからない。
「あ、危ないっ……」
ただ後ろを見ただけだというのに慌てて隠れてしまった。
そもそも、見るために意味もなく追うなんて最低なことだ。
先程のあれは見なかったことにして家に帰ることにした。
「ただいま」
とにかくいまは翼先輩が風邪を治して学校に来てくれることを望む。
ご飯を作って食べて、入浴もささっと済ませて他の家事もしていくことに。
「あ、もしもしっ?」
「今日は来てくれてありがとう」
「いえ、なにもできていないですからね」
辛そうというわけではなさそうだから明日には来られるだろうか。
「でも、お粥を作った後にまた来てほしかったな」
「あー……、私があそこにいるのはなんだか違う感じがしまして、それに早川さんのことを考えて複雑な気持ちになったんです」
「どういうこと?」
「……あの場で他所の人間になにかをしてほしいと頼むのは早川さん的に嫌なんじゃないかって、私が父にそうされたら間違いなく嫌なので……」
勝手に相手の気持ちをわかった気になって行動するのもだいぶ問題だ。
それでも、自分がされたら嫌だからなるべく避けたいことでもあった。
「菜緒にはいつも頼ってしまっているからね、それに僕は明日香ちゃんのところに行ってあげていたでしょ? だから、そろそろ明日香ちゃんにもなにかしてもらおうって思っていただけだからね」
「いつもありがとうございます」
「いや……、そこでお礼を言われちゃうと困るなあ。行ってあげていたとか偉そうに言っているのに怒らないの?」
「本当にありがたかったので」
渡部先輩には他に優先したいことが、人がいるということがよくわかった。
そんなときに甘えるわけにもいかない、そういうのもあって来てくれる翼先輩には本当に感謝しかなかったのだ。
もちろん、先輩にだって他に優先したいことや人がいるだろうけれど。
「ははは、じゃあ明日からも行ってあげようかな」
「無理はしないでくださいね。それではこれで、また寝てしっかり治してください」
「うん、ありがとう」
通話が終わって携帯を置いたタイミングでまた鳴った。
今度は渡部先輩からだった、こうなったら出るしかない。
「もしも――」
「今日、俺らのこと見ていただろ」
「な、なんの話ですか? 見てなんかいませんよ」
わざわざそれで電話をかけてくるということは、あの人が本命の人だった、ということなのだろうか。
もしそうでもそうなんですねだけで終わらせるというのに。
「言いふらしたりなんかしませんよ、仮に彼女さんといるところを見たとしても」
「彼女じゃない」
「そうなんですね」
お互いに話さないまま数十秒が経過。
切れたのかと思って確認してみたら秒数を変わらずに刻んでいた。
「さっき、翼が連絡してきたんだ」
「不安になったのかもしれませんね」
「佐伯が来てくれたって連絡してきたんだ」
「はい、早川さんが誘ってくれたんです。そうでなくても普段からお世話になっていたのでなにかをしたくて行かせてもらいました」
だらだらと家にいるよりよっぽどよかった。
お粥だけでも作れたから無意味というわけではないはずだから。
先程はあんなことを考えたが、本当はありがとうと言ってもらえて凄く嬉しかったのだ。
「元気だったか?」
「はい、私が来たことには驚いていたようですけど」
「ま、これまで来たことがなかったわけだからな。風邪を引いて、寝て起きたら佐伯がいた、なんてことになったら俺でも驚くよ」
私も父が知らない男性や女性を連れてきていたら驚く。
風邪のときとなれば余計にそう感じるはずだろう。
「とにかく、見ていないんだな?」
「見ていないですよ、仮に見られていたとしたらなにか不都合なことでもあるんですか?」
「いや、それは特にないな」
「それならいいじゃないですか、物理的な距離が近くても気にしませんよ? 元々、渡部先輩が毎日毎日女の人といるのは翼先輩から聞いているんですから」
これだけで判断すると取っ替え引っ替えしているみたいだ。
それでも先輩だって男の子なんだから近づいて来てくれる異性をそういう風に見ることもあるはず。
そうなっても仕方がない、責められるようなことではないのだから。
「あっ、絶対見てたろっ」
「見ていませんよ、髪が長い人なんて見ていませんよ」
「見てたんじゃねえか……」
「はは、隠れたのに間に合っていなかったんですね」
「それこそ長い髪が見えたからな」
なんとなく横髪をいじいじと弄ってみた。
母の髪が長かったから小さい頃からずっと真似してきた髪型。
問題があるとすれば朝に爆発していることもよくあることだろうか。
「まあいいや、とにかく彼女じゃないからな」
「そうやって何度も言われると逆に彼女さんなんじゃないかって思えてきます」
「事情があるんだ、それにあの女子には好きな人間がいるからな」
「わかりました、それなら彼女さんじゃないということで」
「おう、それじゃあな」
早川さんのときといい、彼女がいるとは思われたくないのだろうか。
まあ、とやかく言うつもりはない。
揶揄するつもりもないのだから忘れればいいだろう。
「明日香ちゃーんっ」
「おはようございます」
ベッドの上に弱々しく転んでいる翼先輩よりもこっちの方がよかった。
先輩は無意味に私を中心にくるくると回っていく。
「治ったばかりなんですから抑えないと駄目ですよ」
「あ、そうだね」
やっと落ち着いたと思ったらまた頭を撫でられて困惑する。
何気に先輩も私より背が高いから今度はしゃがむ必要もなかった。
「ありがとう」
「いえ……」
「ちょっと菜緒のところに行ってくるね」
「はい」
どういう種類の感情から撫でてくれているのかはわからない。
でも、意味もなく撫でられた場所を両手の平で触れていた。
父は絶対にこんなことをしないから少し……そう少し、嬉しかったりもする。
「なんで突っ立ってんだ?」
「なんでもないです」
それでも、昨日の早川さんのあの感じを思い出すと嬉しがっている場合じゃない。
あれは、翼先輩のことが気になっている……のかもしれない。
その人が他の女にどんな意味かはわからないがしていたとしたら、気になるはず。
「頭を撫でられたのがそんなに嬉しかったのか?」
「父がいてくれているとはいえ、ほとんど一緒にはいられないですからね。それに、遠慮もあってあんなこと絶対にしてくれないんです、だから……嬉しいですよ」
「誰でもいいんだな」
「誰でもいいわけではありませんよ、知らない人から触れられたら怖いですから」
渡部先輩はクラスメイトからも人気がある。
そういうのもあってあまり教室では話したくなかった。
あと、何気に翼先輩も人気があるからなるべく教室では関わるべきではないのかもしれない。
ひとりで戦うのは無理だ、どんなことをしてくるのかがわからない以上、気をつけて行動しなければならないのだ。
「佐伯、廊下に行こう」
「はい」
まだ弱く見えるのだろうか。
いや、弱いのは確かだが、そんな毎時間来てもらいたいと考えるほどでもない。
「ほい」
「飴ですか? ありがとうございます」
「隠れて舐めろよ? 見つかったら怒られるからな」
メロンソーダ味の飴。
昔からあまりお金を使わないタイプだった、なのでいまにも影響しているというわけ。
こういう機会でもないと飴を舐めることなんてほとんどないからありがたかった。
「なんか上の階よりもこの階にいる方が落ち着くよ」
「ついこの前まで1年生だったからじゃないですか?」
「そうかもしれないな」
私もこの前まで中学校に通っていたから不思議な気分になる。
でも、戻りたいとは思えなかった。
中学生時代は多感な時期ということもあって大変だったのだ。
勉強以外はできなかったから悪く言われることもあったし。
「なあ」
「はい?」
真剣味を帯びた顔。
早くもそのときがやってきたかと思ったらそうではなかった。
「もし昨日の女子が彼女だって言ったらどうする?」
「どうもしません、いない方が違和感しかないので」
ここで気になるなんて言ったら痛い人間の出来上がりだ。
先輩に彼女さんがいるとなっても驚きはしない。
冷静にそれならこっちになんか来るべきじゃないですって言っておいた。
「はぁ、やっぱり彼女だと思っているんだな」
「昨日違うって言われたのでそういうことで片付けたんですけど」
「いや、絶対に邪推しているだろ?」
そこまで先輩のことを考えているわけではないからそう言われても困る。
なるほど、異性が来てくれるからつい自分中心で回っているように考えてしまうのかも。
「勘違いされたくないんだよ、相手にも迷惑がかかるからな」
「だから、私はもう付き合っていないということで片付けていますから」
「そうか、それならいいんだ、ありがとな」
「あ……」
「なんだよ、やっぱり翼だから嬉しかったのか?」
違う、決してそんなことはない。
ただ、翼先輩のそれより大きな手が印象的だったのだ。
それだけではなくある程度硬い感じがまた、力強さがわかって……。
「……誰にでもそういうことをしているんですよね?」
「人を女たらしみたいに言うなよ」
「やめた方がいいと思います」
私が勘違いしてしまわないためにも。
そうでなくても他の人と違ってスタートラインが違うのだから。
人といることが苦手だとか言っておきながら結局それかって冷たく言葉で刺されそうだ。
それでもひとりでいるのは嫌いだ、悪いことばかりではない。
安心できるからなにも起こらないまま近くにいさせてほしい。
離れたいなら止めたり追ったりしないから、それまではずっと近くに。
「まだあんまり仲のよくない人間にされて喜んでいる佐伯に言われると少しあれだな」
「よ、余計なお世話ですよ。戻ってください、もうSHRが始まりますから」
「あいよ、それじゃあまたな」
「はい」
意地でも自分から距離を作りたくはなかった。
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