34作品目

02話.[昔からあそこに]

「よし、行くか」

「行こー」

　校門のところで集合となっていたから行ってみたらお兄さんもいた。

　渡部先輩が「……どうして翼がいるんだ？」と聞いてきたものの、私にはわからないから首を振っておく。

　とりあえずあまり余裕がないからと向かうことになった。

「新夜が誘ったんだよね？　なにか買いたいお菓子でもあるの？」

「あの炭酸要素がないコーラを飲みたくてな」

「あっ、あれは残念な気持ちになるから買わないけどなあ」

「いいんだよ、たまに飲みたくなるんだ」

　おふたりは仲がいいみたいだ。

　性格とかも似ていなさそうだから少し意外かもしれない。

　というか、私がこの場にいていいのだろうか。

　あれだけ優しいと渡部先輩は優しいだろうから女の子から人気が高そうからだ。

　もし今日のこれを見られていて言葉で攻撃されたらどうする？　と不安に。

　とにかく、駄菓子屋さんにはすぐ着いた。

　小さい子なんかも利用していて、みんなにとって必要なお店というか、童心に帰るために必要なお店という感じだと思う。

　私は予定通り１０円ガムを買って外で食べていた。

「佐伯さんっ」

「んぶっ――ごほごほっ」

「あっ、ごめんっ」

　あ、危ない危ない、喉に詰まってしまうところだった。

「ど、どうしましたか？」

「あ、うん、僕らふたりがいて落ち着かないんじゃないかと思って」

「そんなことないですよ」

「そう？　それならいいんだけどさ」

　一緒に行ってくれたからここにまた来ることができたのだ。

　謎の無駄なプライドがあるから誘ってくれていなかったらもしかしたらずっと行けなかったままかもしれない。

　だから感謝しかなかった。

「翼、早く買わないと閉まるぞ」

「あ、買ってくるよっ」

　なるべく噛まないでいれば味も長続きする。

　あとは単純に話しかけてくれているときに噛んでいるのも申し訳ない。

「悪いな、大丈夫か？」

「はい」

　多少落ち着かないものの、そこまでではない。

　逃げたりはしないから安心してほしかった。

「佐伯が一緒に来てほしいって言うまで今度から翼は意地でも連れてこないから安心してくれ」

「なんでさ、そんなに佐伯さんを独り占めしたいの？」

「人といるのがあんまり得意じゃないんだよ、それなのに知らない年上がふたりもいたら緊張するだろ？」

　……こういうところは勘違いする女の子もいるかもしれない。

　いや、絶対に優しいところに惹かれて好きになってしまう子もいそうだ。

　渡部先輩にそういうつもりは一切ないのだから気をつけておかなければ。

「え、知らない人がいたら仲良くなりたいって思うけどな」

「翼はな、でもみんながみんな翼みたいにいられるわけじゃないんだよ」

「そっかー」

　渡部先輩もお兄さんも私とは全く違うみたいだ。

　初対面の人間にも普通に話せる、たったそれだけなのに普通に羨ましい。

　どうしてもこちらはどもったりしてしまうから難しかった。

　だからといって普通を装おうとするとそれはそれで失敗する、と。

「うわやばっ、妹に呼ばれているから帰るよっ、佐伯さんもまたねっ」

「はい、今日はありがとうございました」

「こっちこそありがとっ、それじゃあねー」

　妹さんと上手くいっていないわけではないようだ。

　この前も追われながらどこか楽しそうだったから余計にそう思う。

「はは、あいつはいつでも元気でいいな」

「自分といるときに例え表面上だけだとしても楽しそうにしていてくれたら安心できます」

「ま、分かるわ」

「あ、おひとつどうぞ」

「ありがとな」

　難点は味がすぐになくなることと、すぐに飽きてしまうことだ。

　１度食べたら１年間ぐらいは買わなくてもいいかな、そんな気分になる。

「今日は泣かなくてよかった」

「小さい子たちもいますからね、さすがにここでは泣けませんよ」

　と言った１０分後。

　私たちはまたあの公園に来ていたのだが……。

「ここは違うのかもしれないな」

「す……みません」

　お母さんに会いたい。

　お父さんだってお母さんを好きになって再婚したのだから。

　多分、私だけが家で待っているよりもよっぽど疲労回復に繋がるはずだから。

　……考えても仕方がないことなのにやはり駄目だった。

「本当に好きだったんだな」

「はい……」

　名前を呼んでくれるのが好きだった。

　柔らかい笑み、態度が好きだった。

　私と違って母性がすごかったからいつも抱きしめてくれたのが嬉しかったのだ。

　怖い夢を見て寝られないときは寝られるまで必ず側にいてくれたし、昔から人間関係が上手くいっていないのを知っていてよく相談に乗ってくれたりもした。

　……そう考えると小学１年生ぐらいから人間関係で悩んでいたというのはなんとも言えない感じだけれど。

「羨ましいよ、俺の家なんて集まってご飯を食べているときでも会話なんかなにもないからな」

「それは……気まずいですね、私だったらひとりで食べたくなるかもしれません」

　でも、ひとりで食べなければならないよりはいいの……？

　家庭によっては話すことを禁止にしているところもあるかもしれないから一概に悪いとは言えないのかもしれない。

「でも、母さんが許してくれないんだ、それすらもなくなったら終わりだと考えているのかもしれないな」

「昔のように戻ってほしいのかもしれませんね」

　渡部先輩のお家の昔なんかわからないけれど、多分そうだ。

　そうでもなければ変なこだわりを見せつけずにそれぞれで済ませようとすることだろう。

　下手に押し付けると家にすら帰ってこなくなるかもしれないし。

　だから渡部先輩のお母さんは戦っているんだと思う。

　強い、素晴らしい。

「昔は俺の家族も明るかったんだけどな、でもあるときから駄目になったんだ」

　聞くことができない。

　明るかった家庭が暗くなった理由なんて絞ることができてしまうから。

　つまり悪いことが起きたということ。

　なにがあったんですか？　なんて聞くべきではなかった。

「帰るか、今日は付き合ってくれてありがとな」

「いえ、こちらこそありがとうございました」

　別れて帰路に就く。

　先程のそれ以外は普通に楽しい時間だった。

　私が年上と過ごしてそのように思えたのは何気に初めてのため、また今度も一緒にどこかに行ければいいなと早速考えてしまって反省したのだった。

「あ、この前の女の子っ」

「こんにちは」

　お兄さんの妹さん。

　性別が違うから当たり前かもしれないが、あまり似てはいない。

　ただ、元気なところはよく似ているから少し羨ましくはある。

「あ、私は早川菜緒（なお）だよ、よろしくねっ」

「私は佐伯明日香、よろしく」

　ということは早川翼先輩か。

　人と仲良くなるスピードが早（速）いから早とか、そんなわけがないか。

「そういえば兄さんを見なかった？」

「今日はまだ見ていないわね」

「そっか、あっ、連絡先交換しよっ」

　これでふたつ目の連絡先をゲットしたことになる。

　男の子ひとつと女の子ひとつというバランスのいい感じで気持ちがよかった。

「げっ、佐伯さんに会いに来たら菜緒がいるっ」

「あ、こらー！」

「な、なんで追いかけてくるのーっ」

　あれは妹さんなりのスキンシップかもしれない。

　少し追ってみたら暴力を振るっているわけではないし、あくまで所謂きゃっきゃうふふをしている感じに見えた。

「あ、来てくれたんだ」

「仲がいいんですね」

「うん、仲よくやれていると思っているよ」

　早川先輩は少し微妙な表情になって「追ってこなかったらもっといいんだけどね」と教えてくれた。

「あ、今日新夜は女の子の相手をしていて来られないから」

「そうなんですか」

「新夜さんはモテるよねえ」

「そうだね、これまで受け入れたことは１度もないけど」

　やはり早川さんも知っているか。

　すごいな、誰かから興味を持たれるのが普通みたいな感じなのは。

　こっちがいくら努力しても興味を持たれないままどこかに行かれてしまうから余計にそう感じてくるのだ。

「でも、なんだかんだで拒まずに女の子といるから恋愛に興味がないわけではないんだろうね」

「新夜さんの彼女さんかあ、想像できないなあ」

「意外とクール系が似合うかもよ？　それか母性が溢れるような人とか」

「あんまり人に甘えるタイプじゃないじゃん、寧ろ、優しくすることで相手に甘えられることが多いという感じだし」

「だからこそ甘えさせてくれるそんな女の子が合うと思うんだよね」

　恥ずかしさを捨てれば、こだわりを捨てればいますぐにでも叶うのではないだろうか。

　例えばここにいる早川さんとか。

　早川先輩といつ頃から関わっているのかはわからないが、他の女の子よりも距離感が既に近くてある程度の工程を飛ばせると思う。

「菜緒はどうなの？」

「え、えー、私は……好きな人、いるから」

「えっ、誰っ？」

「兄さんには絶対に教えないっ」

「がーんっ」

　本気で拒絶するのであれば限りなくトーンが低くなるはずだからやはりこのふたりは仲がいいのだろう。

　羨ましい、兄でも姉でも弟でも妹でもいてくれたらいいなってよく考える。

　そうすればひとりにならなくて済むからだ。

　家族とは仲よくいられるものだと考えているので、きっと楽しい時間が過ごせたはずだから。

「もういい、佐伯さんを連れて行くんだからー！」

「え」

　腕を掴まれてだいぶ遠くまで運ばれてしまった。

　意外と力強い、さすが男の子だと言うべきだろうか。

「そうそう、さっきの話なんだけどさ」

「はい」

「新夜の相手、佐伯さんでもいいんだよ？」

「無理ですよ、私なんかよりも魅力的な人がいっぱいいますからね」

　いまのところ同情を引こうとする女ぐらいにしか捉えられていない気がする。

　もちろんそんなつもりはない、ただただ公園に行くと涙が出てしまうだけで。

「早川先輩は渡部先輩とご関係が長いんですか？」

「うーん、中学２年生の秋からかな」

「意外と……短いんですね？」

　もっと小さい頃から一緒にいると考えていたから少し驚いた。

　短くてもきちんと仲よくできるところはさすがとしか言えない。

「うん、僕と菜緒は元々別の家族だったんだ」

「もしかして……」

「そうだね、母さんが菜緒のお父さんと再婚してこっちに引っ越してきたことになるかな。そのときに優しくしてくれたのが新夜だったってわけ。だから感謝しているんだよ？　あの子は相手が異性でも同性でも優しくできるからね」

　だったら余計に私なんか意識されることはないだろう。

　逆に安心して渡部先輩といることができる。

　来てくれるのならの話にはなってしまうものの、普通に友達らしく仲よくさせてもらえばいいだけだからだ。

　向こうに全くそういう意識がないのであればこちらも勘違いすることなく最後まで平和なままでいられることだろうから。

　渡部先輩のことを狙っている女の子や女の人たちから敵視されることもほとんどないはずだ。

　それぐらいなんてことはない無個性の女だった。

「でも、新夜を狙うなら気をつけてね、ライバルがいっぱいいるかもしれないから」

「私なんかまともにスタートラインにも立てませんよ」

　早川さんが友達になってくれれば当面は問題もなくなる。

　あとは早く授業が始まってくれればもっといい。

　早く時間が経過してほしいと願い続けた。

　２週間ぐらいが経過した。

　ある程度時間が経過したことで緊張することは減った。

　なにより授業が始まったことで黙っていてもなにも問題ないどころか歓迎されるということになったのもよかった。

　ただ、渡部先輩とは会える頻度がかなり減ってしまっているのが、いまは気になるところかもしれない。

　その代わりに早川先輩がよく来てくれるから寂しさはなんとか感じずにいられている、というのが現状だった。

「明日香ちゃーん」

「あ、こんにちは」

　早川兄妹はいつだって元気で一緒にいると楽しくなる。

　相変わらず素直になれないのか早川さんはお兄さんを追うこともあるが、それ以外は本当に一緒にいていいのだろうかと不安になるぐらいにはふたりだけの世界を構築してくれる毎日で。

「今日も新夜は来られないんだ。あ、ここだけの話なんだけどね？　毎日毎日一緒にいる女の子が違うんだよ？」

　少ししか一緒にいられていない自分でもだろうなとしか考えられなかった。

　こんな人間のところに来るぐらいなら可愛い後輩や同級生、または先輩と一緒にいることを選ぶことだろう。

　本当にぽんこつと言っても過言ではないような人間だから、いまもなお来てくれている早川先輩がおかしいのだと言える。

「さて、明日香ちゃん」

「はい、どうしましたか？」

「そろそろ名前で呼んでおくれよ～」

「翼先輩って呼べばいいんですか？」

「うんっ、それがいいっ、その方がいいっ」

　相手が許可をくれたのであればそうさせてもらうつもりでいる。

　とはいえ、どういうつもりなのだろうか。

　それこそ可愛い後輩や同級生、先輩の人と一緒にいた方がいいのに。

「おい、佐伯に余計なこと言うなよ」

「あー、女の子を放っておいて来ていいのー？」

「いいんだよ、それより帰ろうぜ」

　なんか久しぶりでどう話しかけていいのかがわからなくなっていた。

　そもそもの話、ほとんど渡部先輩が話しかけてきてくれたからなんとかなっていただけであって、私から気軽に話しかけられるような仲ではないのだ。

　あとは早川先輩からよく異性と一緒にいるということを聞いていたのもあって、出しゃばるべきではないと判断してのこと。

「佐伯」

「は、はいっ？」

「落ち着け、少しはましになったか？」

「はい、翼先輩がよく来てくれているのでましになりました」

　あとは実際に学校生活が始まってくれたのもある気がした。

　始まるまでは物凄く不安に襲われるタイプだから間違いなくそう。

「名前で呼び始めたんだな」

「はい、先程そうしてほしいと」

　あとは先輩同士で盛り上がり始めたから黙って歩いていた。

　別れ道がきて、挨拶をしておふたりと別れて家へ――の前にあの公園に寄って耐性をつけておくことに。

　渡部先輩が来てくれる可能性は最近のことを考えれば低いが、一緒に過ごすなら恐らくここだと思うからだ。

「よし、大丈夫」

「よかったな」

　いきなり現れたうえに、鉄の棒にぶら下がって懸垂を始める渡部先輩。

　そもそもこちらはジャンプをしたところで届かないからすごい。

「翼先輩に色々聞きました、色々な方が来てくれていると」

「ああ、結構な人間が頼ってきてくれるからな」

「すごいです、私には絶対に起こり得ないことですから」

　ベンチに座って違うところを見ておくことにした。

　ただ視線を向けただけでそこでなにをしたのか、そのときはまだまだ小さかったのに鮮明に思い出すことができる。

「佐伯」

「すみません、もしかしてなにか私に言いましたか？」

「いや、そんなことはないんだ」

　そうか。

　女としての魅力がなくても私がひとりだと不安を抱く人間だとわかっているから来てしまうのか、渡部先輩の時間を無駄遣いさせることになってしまうと。

「渡部先輩、私ならもう大丈夫ですよ」

「ん？　なんの話だ？」

「入学式の日と違って慣れましたから」

　最近は父の帰宅時間もそこそこ早くなっていて寂しい思いも少しで済む。

　それなのに、他に優先したいことがあるのに、こっちに来てもらうのは申し訳ないのだ。

「今日はこれで失礼します、ありがとうございました」

　でも、わざわざこっちから来なくていいなんて言うつもりはなかった。

　いてほしいというのはあるし、その気になれば向こうが勝手に離れる。

「ただいま」

　……本当は翼先輩みたいにもっと来てほしかった。

　それでも自分の立場というやつをよく考えた方がいいと言い聞かせて片付けた。

「醤油ラーメンをお願いします」

　今日はひとりでラーメン屋さんに来ていた。

　急に近所のラーメン屋さんのラーメンが食べたくなったのだ。

「いただきます」

　一切気にせずに啜って味わっていく。

　スープが美味しい、面が太いから満足感も高い、ネギ、メンマというシンプルな感じも私は好きだった。

「ふぅ、ごちそうさまでした」

　実はこれで４５０円だった。

　消費税が上がっているというのにすごい。

　すごいしか言えないのが情けないものの、本当にすごかった。

「あれ、明日香ちん？」

「あ、早川さん」

　と、どうやら渡部先輩と。

　好きな人がいると言っていたが、結局、渡部先輩のことなのかな？

「ひとりでラーメンを食べてきたの？　いいなー」

「あそこは安価で美味しい物が食べられるから」

「新夜さんっ、私たちも行きましょうっ」

「ま……、別にいいけど」

　ふたりと別れて帰路に就く。

「待ってくれ」

「どうしたんですか？」

　なんで先程は凄く気まずそうな顔をしていたのだろうか。

　あ、付き合っていることを知られたくなかったのだろうか。

　言いふらすことなんてするつもりはないのだから自由にしてほしい。

「あとで連絡する」

「はい、それでは」

　結局、メッセージアプリでのやり取りは最初の『よろしくお願いします』と『おう』というだけだった。

　これまでなんのためにあるのかがわかっていなかったので、送ってきてくれるということならありがたい気がする。

　これは夕食のつもりだったので入浴を済ませたりしていたら連絡がきて携帯を手にとった。

　内容は『誤解してくれるなよ』というものだけ。

　付き合っていないと言いたいのかもしれない。

　別に付き合っていようが付き合っていなかろうがとやかく言うようなつもりはないのだから安心してほしい。

「あ、返事をしないと」

　大丈夫ですよ、と送って携帯を置く。

　恐らく、そう何度も続くものじゃない。

　私の予想ではお決まりの『そうか』で終わらせてくるはず。

「わっ」

　だからこれは予想外だった。

　待たせるのも悪いから応答ボタンを押して耳に当てる。

「いま大丈夫か？」

「はい、やりたいことは一通り済ませたので」

「そうか」

　出た、私もそうなのねとよく言うから普通なのかもしれないけれど。

「月曜からまた行く」

「無理はしないでくださいね」

「菜緒のことも見ておかなければならないからな」

　そうか、翼先輩とは中学２年生の秋に出会ったとしても早川さんとはいつから関係があるのかがわからないのか。

　それはつまり、益々私の中で早川さん＝渡部先輩が好きだという可能性が増えたわけだが、口にするのはやめておいた。

「そうしたら仲よくなれていいですね」

「あ、付き合っているとかそういうのはないからな？」

　何度も否定されると逆にそうなのではないかと邪推してしまうのは綺麗ではないからだろう。

「それよりラーメン屋とかに行くんだな」

「はい、昔からあそこには１ヶ月に１度は行っているんです」

「そこもまた母さんとの思い出の場所とか？」

「そうですね、いつも柔らかい笑みを浮かべていっぱい食べられて偉いねっ…………て、ほ、褒めてくれて嬉しかったのを……思い出せますよ」

　こんなのじゃ歳を重ねたときになんてことはないことで泣いてしまいそうだ。

　もしかしたら枯れてしまうかもしれない。

　……公園とかお店とか単身でいるときには涙が出なかったのにどうしてだろう。

「いまから行く」

「……家はわからないですよね？」

「教えてくれ」

「それならこ、公園で会いましょう」

「それでもいい、いまから来てくれ」

　さすがにまだ家を知られるわけにはいかない。

　いや、いつまでも教えなくていいかもしれない。

　何故なら、確実に無駄な記憶となってしまうからだ。